2026年4月、人工知能学会傘下の研究会のひとつとして、ゲームAIを研究する「DG-AI:デジタルゲームAI研究会」が発足しました。この鼎談では、発起人となったゲームAI開発者の三宅陽一郎氏(東京藝術大学 映像研究科 ゲーム・インタラクティブアート専攻教授)、賛同人となった人工知能学会元会長であり、現在は京都橘大学工学部で情報学教育研究センター長を務める松原仁教授、そして同じく賛同人の株式会社モリカトロン代表取締役社長の森川幸人氏が集い、研究会設立の背景や今後の展望について語ります。
生成AIに限らないゲームAI研究者が交流する場所
三宅陽一郎(以下、三宅):2026年4月、人工知能学会のなかにデジタルゲームAI研究会が発足しました。この研究会は、学会発表をしようとしてもなかなか受け皿が見つからないゲームAIの研究者と、ゲーム業界でAIを開発していて最新の研究動向を知りたいゲーム開発者が出会う場として立ち上げました。まずは松原先生と森川さんが、デジタルゲームAI研究会に期待していることを教えて頂けますか。
松原仁(以下、松原):アメリカやヨーロッパでは、デジタルゲーム開発とAI研究の距離が近くて、人材交流が盛んです。一方で日本はゲーム研究と言えば、将棋や囲碁といったマインドゲームのことを意味していた時代が長く、そもそもこうした研究はどちらかと言えば日陰の存在でした。しかし、現在ではゲームといえばデジタルゲームで、学生たちから「『ぷよぷよ』を修士論文のテーマにしたい」という相談を受けるほどです。もっとも、ぷよぷよで論文を書いても、学会発表では浮いてしまうんですよね。デジタルゲームAI研究会では、ゲームAI研究者が居場所を得て、活発に交流できる場になることを期待しています。
森川幸人(以下、森川):ゲーム産業では、(プログラムの)if文をAIと言ってしまうような、ある意味定義の緩いスタンスから始まりました。そんなところに機械学習がブームになったことで「ゲームにも機械学習を使った方がいいんじゃない?」と言われる状況が続きました。
その後、生成AIが現れて、ゲーム産業は一気に生成AIに染まってしまいました。今ではAIといえば生成AIを意味するだけになってしまい、それだけではあまりにも狭すぎるのではないかと思っていたところ、三宅さんからデジタルゲームAI研究会にお誘い頂きました。この研究会が、AIは生成AIだけではなく、他のモデルを活用できる可能性もあることをもう一度整理する場にできればいいと思います。
デジタルツインやフィジカルAIに接続可能なゲームAI
三宅:森川さんがおっしゃったように、昨今はAIといえば生成AIという状況です。人工知能学会はAIマップを公開していますが、デジタルゲームAIとは何かを一言では言い表せません。こうしたなかで、デジタルゲームAI研究会ではどのようなトピックを扱って欲しいと考えていますか。
AIマップβ2.0(2023年5月10日版)、画像出典:人工知能学会
森川:現在ゲームに使われるAIには、ゲーム開発をサポートしたり、ゲームアセットを生成したりするゲーム開発支援AIと、ゲームに登場するキャラクターAIなどゲーム内AIがあります。私の経験では、ゲーム開発支援AIを使えば人件費が削減できるような話をすると、ゲームスタジオとしても予算を確保しやすいため、ゲーム開発支援AIのほうが圧倒的に話題になりやすい傾向があります。こうしたAIに関する偏った状況を、デジタルゲームAI研究会が打破してくれると嬉しいです。
松原:ゲームAI開発は、デジタル世界で動作する人間に似た知能を持ったエージェントの開発とも言えます。こうした意味で、ゲームAI開発はデジタルツイン研究でもあります。ゲームAIがより高度かつ精緻になれば、生身の人間ではできないような実験や体験を、デジタル世界内のゲームで実現するというトレンドが広がるのではないかと思っています。デジタルツインでうまく行くようになったら、今度はそのAIエージェントを物理世界で動かそうとするでしょう。ゲームAIは、デジタルツインを介してロボティクスと地続きなのです。
現在ロボティクスはフィジカルAIという言葉でとらえ直されていますが、物理世界でロボットを何度も動かして訓練していていたら、訓練中に壊れてしまいます。デジタル世界で訓練すれば壊れないし、訓練スピードも速くなります。そうした訓練に使えるゲームAIとフィジカルAIは、非常に相性がいいと思っています。
日本における1990年代のゲームAIとは?

三宅:ところで、森川さんは1990年代からほとんど孤立無援の状態でゲームAIを開発されていました。その時の状況を教えて頂けますか。
森川:僕は工学系の大学の卒業ではなく、芸術学部卒で当時はCGクリエイターだったのだけど、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE、現SIE:ソニー・インタラクティブエンタテインメント)さんがPlayStationをリリースするということでお声がかかりました。その当時は今より企画審査が厳しくなく、工学系大学卒でなくてもAIプロジェクトに参加できたのです。そして、これをきっかけにAIについて勉強し始めました。当時の演算能力で無謀な最新のニューラルネットワークであるバックプロバケーション(誤差逆伝播法)や遺伝的アルゴリズムをゲームに使っちゃいました。
三宅:1990年代当時は、森川さんによるAI活用をフォローしていた人がいなくて、ずっと森川さんひとりでゲームAIを開拓していた状況が続いていました。その当時を知る貴重な資料には、森川さんが1998年に人工知能学会に投稿した記事や、森川さんの著作『マッチ箱の脳』があります。
松原:2001年には、森川さんと対談しました。ほぼ日刊イトイ新聞で『マッチ箱の脳』を再編集して掲載していた時に、おまけ企画として森川さんと話したのです。また、かなり後の時代になりますが、2014年にデジタルゲーム学会で三宅さんと森川さんの3人で鼎談したこともありました。
【参考記事】ほぼイトイ新聞「<おまけ_AI対談#1>」「<おまけ_AI対談#2>」
疎外されていたゲームAI研究が、研究予算を取れるようになるまでに
三宅:松原先生から見た、日本のデジタルゲームAIの歴史について教えて頂けますか。
松原:日本では、デジタルゲームより前にマインドゲームの研究が始まりました。1999年にマインドゲームの研究会が発足し、その前にプログラミングワーキンググループがありました。デジタルゲーム学会が発足したのは、2006年でした。
IBMが開発したDeep Blueがチェスチャンピオンに勝利したのが1997年なので、マインドゲーム研究でも日本は欧米に大きく遅れをとっていました。というのも日本では、ゲーム研究が不真面目なものと見做されて疎外されていたのです。そんな状況に対して、1998年に「ゲームと情報科学—ゲームの研究はなぜ日本で疎外されてきたか」(1998年共立出版『ゲームプログラミング』収録)というエッセイまで書きました。
2000年代になると、ゲームAI研究の主流がマインドゲームからデジタルゲームに変わりました。そして、2005年にデジタルゲーム研究でCREST(※1)の予算がとれたのです。
(※1)CRESTとは、国立研究開発法人科学技術振興機構が運営する、独創的で国際的に高い水準の基礎研究を支援するプログラム。研究機関は5年6ヶ月以内、研究予算は1.5~5億程度。
デジタルゲームが研究テーマに立てづらかった理由には、市販ゲームではアルゴリズムが公開されていないことがほとんどなので、研究目的で内部パラメータを変えるようなことができなかったからでした。
森川:バイブコーディングができるようになった今では、研究対象のゲームを簡単に開発できるようになるだろうから状況が変わるでしょうね。
ゲーム産業と学界の交流があった欧米と、なかった日本
松原:ゲームAIを忌み嫌っていたアカデミックなAI研究で、基礎中の基礎として教わるA*(スター)アルゴリズム(※2)にしても、もっとも使われているのはデジタルゲームなんですよね。
(※2)A*アルゴリズムとは、最短経路探索における代表的なひとつ。ゲームでは、敵キャラクターの探索などに使われる。
三宅:欧米では、PCゲームのFPSからA*が使われ始めました。3Dゲームでは俯瞰視点で探索できないで、このアルゴリズムを使うようになったのです。日本はPCゲーム文化が弱かったので、このアルゴリズムの活用は10年くらい遅れました。2004年にフロムソフトウェアが発売した『クロムハウンズ』の開発にぼくは関わったのですが、このゲームでのパス検索にA*アルゴリズムを使いました。この時は、そんなアルゴリズム知りません、という人のほうが多かったです。
【参考記事】CEDEC2006講演「クロムハウンズにおける人工知能開発から見るゲームAIの展望」

話を欧米に戻すと、2000年過ぎにはAI研究とロボティクス研究が融合して、そんな研究をしていた人材がゲーム産業に参入してきました。そして、ロボティクスAIの研究成果が、FPSやリアル系のゲームに生かされたのです。こうしたアカデミズムとゲーム産業の交流は、日本ではほとんど起こりませんでした。
日本におけるゲーム産業と学界の交流は、なぜ起こらなかったのか?
三宅:日本でゲーム産業と学界の交流が欧米のように起こらなかった理由について、松原先生はどのようにお考えですか。
松原:お互いが冷たかったからですね。アカデミズムから言えば、40年前からあったA*アルゴリズムをゲーム業界に伝えなかったことが、反目の一例として挙げられます。
こうした反目は、お互いをよく知ろうとしなかったから生じたと言えます。アカデミズムがゲーム業界を知っていれば、もっと早くにA*を伝えていたかもしれません。ゲーム業界もアカデミズムと交流していれば、ゲームに使えそうな研究を発見していたでしょう。デジタルゲームAI研究会は、今までの反目を乗り越えて、お互いを知るきっかけになるんじゃないか、と思っています。
三宅:ゲーム産業の人たちは、自分たちのアイデアにはあまり価値がない、と思い込んでいることも問題です。そうしたアイデアが、実はアカデミックな観点から見ても価値があったりするのですが、そうした視点がないばかりに捨ててしまっています。
ゲーム発祥のAI技法として有名なものとして、2004年に発売されたゲームの『Halo 2』で採用されたビヘイビアツリーがあります。今ではNPC制御の約8割でこの技法が使われていますが、ソニーのaiboをはじめとするロボティクスにも活用されています。森川さんは、ゲーム産業とアカデミアがうまく交流できなかった理由をどうお考えですか。
森川:たまにアカデミアの方からお声がかかって講演をするのですが、そんな時にAI研究者の方々からお話を聴くと、ゲームのネタになりそうなアイデアを持っていらっしゃるんですよね。こんな風にお土産はもらえるけど、自分たちはどんなお返しができるんだろうかと自問しています。
ゲームにおけるAI活用の活用例みたいな話はできそうですが、最先端のAI研究とそれらのゲーム活用の隔たりはまだ大きいなと思っています。こうした敷居を超えるゲーム産業とアカデミアの橋渡しを、三宅さんやデジタルゲームAI研究会に手伝ってほしいと思っています。
三宅:ありがとうございます。ゲームAI研究といった場合には、ゲーム開発者はゲーム開発技術におけるAI、ゲームの中で動作するAIのことを思い浮かべます。一方で、アカデミックの研究者は、作られたゲームを対象として研究・分析することがほとんどです。同じゲームAI研究でも、双方で異なるイメージを持っています。そして、ゲーム開発者にはゲームを客観的な対象として見るという視点が新しいし、アカデミックの研究者にとっては、ゲームは創るものであるという視点は新しいものです。
お互い反対の立場にあるからこそ、研究を結び合う効果は大きいはずです。またゲーム産業におけるAI研究の規模は、一企業で行える規模を超えつつあります。日本のゲームAI研究を推進するためには、企業・アカデミックをつなぐ連携が必要とされる時期に来ています。
学会とCEDECの中間を目指すデジタルゲームAI研究会

三宅:僕も大学でゲームAIの発表をすると、「新規性はどこですか」と聞かれます。しかし、ゲームにおけるAI活用では、AI技法自体にはまったく新規性がない場合が多くあります。ゲームに使われるA*やプランニングは、ずっと前からあった技法です。
ゲーム産業においては、AI技法の新規性より、このゲームにはうまく使えた、という応用範囲の可能性と広さを示す事例が大事になります。この点が、ゲーム産業とアカデミアの価値観の違いかな、とも思います。
松原:新しい領域に応用できたという事実は、本来は十分に新規性があることです。ですが、アカデミズムがアルゴリズム自体の新規性にこだわり過ぎていたことも、ゲーム産業との交流を阻害していた原因でしょう。
三宅:CEDEC(※4)では、性能評価とか比較実験の話がほとんどありません。学会発表であれば、既存技法に比べて何%向上、みたいな感じで新規性を伝えられますが、CEDECではそれがないんです。というのも、発表するゲームでの活用が初の事例となり、比較する事例やゲームがないことが多いからです。また、アカデミックでは研究の潮流の上で発表するので、潮流を知らないゲーム開発者には、なぜこの研究が重要なのかがわかりにくい。
逆にCEDECのように、それぞれの発表の独立生が強いカンファレンスはアカデミックの方にはわかりにくい。個々の発表以前に、ゲーム開発者にはアカデミックの潮流を知ることが大切だし、アカデミックの研究者は個々の開発で何が重要なテーマになっているかを知ることが大切です。これこそ、研究会で一番最初に共有するべきことかと考えています。将来的にはアカデミックの研究者にCEDECに参加して頂き、ゲーム開発者は人工知能学会大会(※5)や、秋の合同研究会(※6)に参加して頂くのが理想です。
(※4)CEDEC :毎年、7~8月に行われる日本のゲーム開発のカンファレンス。近年はパシフィコ横浜で3日間に渡って開催されている。2026年は7/22-24で予定されている https://cedec.cesa.or.jp/2026/
(※5)人工知能学会大会:人工知能学会が主催する全国大会。毎年5~6月に1週間に渡って開催される。今年は6/8-12に高崎で開催された https://conf.ai-gakkai.or.jp/jsai2026/
(※6)秋の合同研究会: 人工知能学会が主催する各研究会が集まって開催される研究発表会。近年では毎年、慶応義塾大学日吉キャンパスで開催されている。https://www.ai-gakkai.or.jp/sigais2025/
松原:CEDECで何度か発表したことがありますが、ふつうの学会発表とは明らかな違いを感じます。学会発表のように生真面目に淡々と話すと、CEDECのオーディエンスにはつまらなく感じてしまうでしょう。CEDECと学会発表では、発表でのテンションが違うのです。CEDECでは新製品のプレゼンみたいに発表するのが正解なわけで、そうした違いもゲーム産業と学界の交流を妨げているようです。
三宅:デジタルゲームAI研究会を学会発表みたいに厳粛に運営すると、ゲーム産業の人たちが離れてしまう。かと言ってCEDECみたいなノリでやると、アカデミズムの人たちが敬遠してしまう。学会発表とCEDECの中間になるような、研究会運営のさじ加減が重要になると思っています。
デジタルゲームAI研究会のサイト
https://sites.google.com/view/jsai-sig-dg-ai/home
会員登録のサイト
https://sites.google.com/view/jsai-sig-dg-ai/join?authuser=0
Writer:吉本幸記

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