──結果的には勝利を手にすることはできませんでしたが、「辞めない」という結論を出されました。なぜだったのですか。

周囲にかなり強く止められたことも、きっかけとしてはあります。でも、試合に向けて練習していたとき、自分がまだうまくなっていることを久しぶりに感じられていたし、絶対に負けない、自分は強い、そう自信をもって言える取り組みができた。これがまだできるのなら、現役を続けたいと思ったんです。

──若いころの「これからどうなるんだろう」という感覚は、強くなることへのワクワクだったのでしょうか。

強さに関していえば、10代で世界一になって、この世界で影響力も知名度もあった。むしろ、その先に何があるのか、ということにすごく興味があったんです。

いまでこそプロシーンがあって、強くなればリーグ戦やトップの大会に出られて賞金をとれる。スポンサーもつく。当時は、そういう当たり前のことさえイメージできない、むしろ名誉にすらならない時代でしたから、それが余計にワクワクさせてくれた。

強くなったあとに何が起こるのか。たかがゲームなんだけど、すごく強ければ何か変わるんじゃないか、人生が変わるんじゃないか。それを知りたい──というのが、いちばんの動機になったんですよね。自分でも変わり者だと思うんですけれど。

──保証がないことに対しては、むしろ“恐怖”を感じそうなものですが。

怖さもあったんですけれど、たぶん怖さが大事だったんですよね。怖くないと、人が寝ている間もやろうとか、人がご飯を食べている間もやろうという気にはならない。そういう鬼気迫るものを、勝手に自分のなかにもってやっていましたね。

梅原大吾|DAIGO UMEHARA

Photograph: Takeshi Oshima

「避難場所」だったゲームセンター

──MenaRD選手との対戦後には、「やっぱり自分には格闘ゲームがいちばん大事だと気づいた」と語っていました。30年以上のキャリアを経てのこの言葉は印象的でした。

年齢を重ねて景色が変わり、選択肢もある程度は増えて、おそらくほかの道も選ぼうと思えば選べるんですよ。普通は選んだほうがいいのかもしれない。でも、最初に始めた格ゲーが結局いちばん打ち込めて、充実できる。そういう気づきを得られたし、「帰ってきた」という感覚もありましたね。

──それでも帰ってきたのは、格闘ゲームの世界だった。ご自身で、それはなぜだと思いますか。

本当に勝ち負けだけがそこにある、平等な世界だからかもしれません。年上だから気を遣うようなことも、キャリアがあるからわざと負けようなんてこともない。そういうところが、やっぱり好きなんですよね。

若いときにちょっと社会になじめなかったのも、空気を読んで合わせるようなことが苦手だったからなんです。そんな自分の避難先がゲームセンターで、あの場所があったことはすごく大きかったと思います。

Daigo Umehara

2017年に米国で開かれたEvo(Evolution Championship Series)の予選での様子。梅原の対戦には、相手が無名の選手であっても人だかりができる。

Photograph: Carlo Cruz / Red Bull Content Pool

梅原大吾|DAIGO UMEHARA

10代にして世界の頂点に立った梅原。45歳にしてなお戦い続け、eスポーツ界を牽引する存在だ。

Photograph: Takeshi Oshima

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