【京都】新選組の痕跡を探して!|京都の街に残る幕末の記憶をたどる旅

この動画では、京都を歩きながら新選組ゆかりの地を巡り、
当時の出来事や背景をたどる“歴史の旅”をしていきます。

何気ない通りや建物の中に潜む、幕末の記憶。
そのひとつひとつを拾い集めながら、新選組が生きた時代に思いを馳せます。

観光地としての京都とは少し違う、
歴史の“奥行き”を感じる時間を一緒に歩いてみませんか。

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#京都 #新撰組 #そうだ京都いこう

29 Comments

  1. 天皇拉致計画は史実ではありません。
    あと、新選組隊士の死因の多くは内部粛清によるもの。倒した敵の数よりも処分した味方の方が多かったと言われてます。
    局中法度を盾にして近藤と土方の主観によって処分されてました。

  2. 京野菜に壬生菜があります。壬生村だった名残でしょうか?壬生菜のお漬物はおいしくてよく食べます。😮

  3. 先斗町とか木屋町歩くとなんか土方が走り回ってたのかなーってしみじみ思う。三条大橋の擬宝珠の傷とかね。

  4. 島原大門まで押さえているとはおみそれしました😊近所に住んでる私よりお詳しいです😂

  5. 私が子供の頃、テレビで司馬遼太郎作の燃えよ剣という番組が放送されていました。その中で土方歳三役を土方歳三似の栗塚旭という役者が演じていました。今でも心に残る作品です。あと、司馬遼太郎作品の燃えよ剣を一読してみてはどうでしょうか。時代背景が詳しく描かれています。

  6. やっぱり、好きなことを話している時、一番良い表情で、話すものだなぁ。と、ダリアさんの表情を拝見していて、思いました。幕末は、閉鎖的な日本が、ペリーを始めとする海外から、半ば、強引に開国を迫られた歴史があり、その後『このまま閉鎖していては、日本が危ない』として、開国に、徐々に移行していった時代です。その変化の時代に、大きな影響をもたらしたのが新選組で、異端児的な立ち位置だったのではないかと、何となく想像します。そんな新選組を、かくまったのが、京都にあるお寺と言うのが、興味深いなぁ。と、思いました。閉鎖的な京都だけど、江戸幕府維持派 と、尊王攘夷派 の、真逆の両者が、共存している環境で、徐々に、日本が開国されて行ったことを想像すると、ダリアさんが仰るように、ロマンを感じずにはいられない気持ちになりました。そんな風に感じられる動画をシェアしてくださり、ありがとうございました。

  7. ダリアさん日本人を超えています。他の旅系女性YouTuberにも土方さん大好きと言う人がいますが、新選組の1番人気かもですね。

  8. 松本市の佐藤ケイスケさんが、土方歳三が実際に使用していた刀を所持してるようですね。

  9. ダリアさん…こんにちは😃動画配信有りがとうございます💯💐🤪流暢な日本語ですね~素晴らしい😤お綺麗だし‥最高ですね~新選組の事、…かなり勉強📚️されてますょね~🙄😳新選組は/戒律…決まり事が,無茶苦茶,厳しかったそうですね~。浪人も…多かったみたいですね~😏私は、沖田総司が,好き🩵ですね~とにかく剣の、達人だったと言う話…が有りましたね~😉

  10. 新選組と呼ばれる偽りの歴史上の虚像、破たん寸前の政府に雇われた暴力団、テロリスト集団、その痕跡をたどることにどんな意味があるだろうか。
    日本歴史の恥部を掘り起こさないでください。

  11. 西洋と日本の拷問の主な違いは、その「目的」「手法」「思想的背景」にあります。

    西洋(特に中世から近世)では、拷問は宗教的な「異端審問」や「真実の証明」としての側面が強く、視覚的・装置的な残酷さが際立ちます。一方、江戸時代の日本における拷問は、あくまで「自白(泥白)」を得るための厳格な法的プロセス(証拠裁判の補完)として体系化されていました。

    1. 目的と法的位置づけ

    西洋: 宗教裁判や政治犯に対して、罪を認めさせるだけでなく、肉体を破壊することで魂を浄化するという宗教的な意味合いが含まれることがありました。

    日本: 江戸時代、死罪に相当する重罪(殺人、放火など)で容疑者が否認し、かつ証拠が明白な場合にのみ、奉行の許可を得て行われる「自白(泥白)」を得るための最終手段でした。
    2. 手法と道具の特性

    西洋は「機械的・複雑」、日本は「肉体的・単純」という傾向があります。

    西洋の拷問:

    装置の利用: 歯車や重りを使った複雑な機械装置が多いのが特徴です(例:体を無理やり引き伸ばす「ラック」、棘のついた「鉄の処女(鋼鉄の処女)」、車輪に縛り付ける「車輪刑」など)。

    損傷の激しさ: 肉体を切断したり、押し潰したりするなど、不可逆的な身体損傷を伴うものが多く見られました。
    日本の拷問:

    段階的な執行: 軽い順に「鞭打ち(むちうち)」「叩き(たたき)」「石抱(いしだき)」「海老責(えびぜめ)」と手順が決まっていました。

    苦痛の持続: 道具自体は単純ですが、不自然な姿勢を長時間強いたり、重力を利用したりして、外傷を抑えつつ耐え難い苦痛を継続させる工夫がなされていました(例:三角の角材の上に座らせて重い石を膝に置く「石抱」)。
    3. 公開性と社会背景

    西洋: 処刑や一部の拷問は広場などで「見世物」として公開され、民衆に対する威嚇や娯楽の側面を持っていました。

    日本: 拷問自体は獄舎内の密室で行われるのが原則でした。公開されるのは「市中引き回し」や「晒(さら)し」といった刑罰の段階であり、取り調べとしての拷問は組織的・事務的に管理されていました。(Google AIより抜粋)
    →イストリアさんにわざわざこの部分を切り抜いて申し上げたのは「拷問に対する考え方の違い」で西洋文化と比較した場合の感覚の違いに一石を投じるためです。

  12. 新選組が好きで、京都に通って20年になりますが…ダリヤさん めちゃめちゃ 勉強されてとても分かりやすく  ダリヤさんの見解も良かったです👍

  13. 新選組は、燃えよ剣を読んでから興味を持ちました。小説だけど面白いです。

  14. 日本史の解説動画、とても楽しく拝見しています。ただ、日本語が苦手な外国人の私にとって、もし動画にYouTubeの自動翻訳字幕機能(Auto-translate)があれば、内容をもっと深く理解できるようになるので、とても助かります。

  15. 局長の近藤勇は農家百姓の出身で武士に憧れて根っからの武士マニアだったと云う。
    その為武士の遊びに溺れて貸費を多額に使い込み隊が慢性的に金欠状態だったと云う。
    そこで暗殺された筆頭局長だった芹沢鴨が隊費を補う為に豪商ニ押し借りしたという話しもある。
    なので一番悪いのは近藤勇ということになる。
    近藤勇はかなりのクズだったともいわれています。
    とは言っても私は若い頃に一緒に会社を立ち上げた時の社長が近藤勇の末裔だったんです。

  16. 新選組好きで、色々見たり、読んだりしましたが、知らないこともありました!!
    とても勉強になりました!
    分かりやすく説明してくださって、ありがとうございます!

  17. 清川八郎は絶対に忘れないでください。近藤勇などが京都に行った経緯は面白いです。何故か、清川に騙されていたのです。