【廃墟巡り】伊豆の河津町にある廃道の先の廃寺院を見に行く #廃墟探索 #静岡 #街歩き #伊豆半島

#廃墟 #静岡 #街歩き #伊豆半島 #観光 #伊豆 #史跡 #廃墟探索 #廃墟巡り #歴史 #史跡巡り

今回は伊豆半島の河津町にある、林際寺の跡地を見に行きます。

ここは600年前の禅宗の寺院で、かつては修行僧たちが山にこもって修行行うという、典型的な山寺でした。昭和中期に山火事で被災して以降は、ふもとの集落に拠点が移り、今は歴代住職の墓地とわずかな参道の跡だけが残されています。

【Mr.Amano’s channel】
静岡在住の原付ライダー。学生時代は東京で過ごしたため馴染みが深く、神奈川や東京をはじめとした関東方面へツーリングに行く事も多い。愛車はホンダのスーパーカブとタケオカ自動車のアビーキャロット。アビーは四輪車のくせに50ccというイカれた乗り物。
現在は諸事情あって失職中。せっかく暇ができたからこれまでのんびりやっていたYouTubeでの活動に力を入れてみたところ、熱川の動画が当たってまさかの収益化達成。しかし次に繋げる方法がイマイチ分からなかった為、マーケティング業界で働く友人二人の助けを借りて試行錯誤中。

【廃墟探訪】
基礎体温の低さからくるスタミナ不足に悩まされていたので体力作の一環として山登りを始めた。しかしいつの間にか廃道歩きにシフトしていき、気付いたら廃墟を探す事が目的になっていた。
バイクや車で廃墟や廃道へ向かい、そこか見出せる自然と滅びの美学を発信し、視聴者の皆さんに非日常感をお届けできれば幸いです。たまに変な観光地とか変な地形の場所とかも配信するかもしれません。

【カメラ機材】
GoPro HERO9
GoPro HERO4

【編集ソフト】
ゆっくりムービーメーカー4

33 Comments

  1. アマノさんの動画はいつも「過去ここで誰かが語り通った」これを観せてくれる。寂しくもあるけど美しくもある。感謝です😊

  2. 興味深い動画をいつもありがとうございます。

    歯を分骨するとなると、ストゥーパの仏舎利が単純に思い浮かびます。和尚様の考えと言うより、和尚様の知識を受け継いだお弟子さまが敬愛を込めて分骨し仏舎利にしたのではないでしょうか。仏陀さまの故事を和尚様は伝え、お弟子さまは継承したと考えるのはロマンチスト過ぎますかねw

    私も14世紀に焼失した寺院跡を再発見しましたが面白いものですよね
    これからの動画も楽しみにしております、頑張ってくださいませ。

  3. 他の廃墟動画とは質も格も違う現代の廃墟のかたりべユーチューバーアマノさん🍀

  4. 元々王族だったガウタマ・シッダールタが出家してバラモン教の伝統を改革した事を考えると、彼こそがロックの大先達であり、松嶺道秀和尚は教義の本質に従っただけなんだと思います。それに宗教は世俗の権力と関係を持ち、維持出来ないと後世には伝わりにくいものですが、今のお寺の跡も諸行無常そのもので上手く教義を全うし、自然に還ったところを見ても松嶺道秀和尚のシナリオ通りなのかもしれません。

  5. お疲れ様です。林際寺が、もっと上った所にあったんですね。お話反れますが、ハイキングコースや、ウォーキングコースに、石碑や墓っぽいの見つけると気が引けます。何故かは分からないけど。

  6. 導入部を見たとき「あれ、林際寺はまだあったよな?」と錯覚してしまいました。現存している林際寺は元々は末寺だったんですね。知らなかった(;^_^A。
    毎回思うのですが、取材前の情報収集に大変な労力を費やしておられることに頭が下がります。
    河津は下田と違い、地元でもあまり文化財や史跡に対する関心が薄く(なにしろ、文化遺産というと「伊豆の踊子」で思考が止まっている)本動画のような情報は地元民にとっても有用です。
    ありがとうございます。

  7. 御疲れ様です。廃寺を探索するのは興味深いですね。建物は無くなってるのは普通ですが、石造物は大概残っているので
    製作年代や施主、石工などの情報が得られる事もあります。最初のは燈篭の土台に宝篋印塔の上部構造をの載せたように見えます。
    が印塔の時代は傘のように広がった四隅の角度で見ます。外に向かって広がってるようなら時代は下がります。全体が装飾的になってるのは
    江戸時代くらいですね。動画のは直角のエッジに見えるので室町初期頃でしょうか?洗骨の風習ではなく例えば埋めた地が崩れ
    骨壺などが割れて出てきて見つけた当時住職が再度、他の容器に移した実例をお寺で見たことがあります。聞けば聞くほど・・
    素晴しい開山住職ですね。有難うございました。

  8. 1:00河津川支流の右岸を進むと、2:30砂防ダムとセットでこの辺りは地すべり地のようですね。5:24お寺は自給自足が可能だったとのこと、だからこの地すべり地を選んだのかと思いました。ここは古いデイサイト溶岩台地で、少し北は新しい安山岩です。上に乗っかった安山岩溶岩からの地下水の通り道になった古いデイサイトが粘土化しすべったのでしょうか。
    6:15なんとこの山中で稲作が可能だったとは! 茅葺のお堂よりも稲藁に驚きました。やはり地下水豊富な地すべり地の稲作でカロリーはバッチリ確保できたのでしょう。6:32石垣=棚田だと思います、相当広い田畑を開拓したと思われます。8:11わさび田はその地下水を現代的な伊豆の低カロリー特産品に使うのでしょう。
    13:58下山時あらためてここの侵食谷地形を見ると、林際寺跡地の、標高が高いにもかかわらずなだらかな斜面の暮らしやすさを思ってしまうのです。

  9. 自転車にも使えるカーナビというのを買って焼津のなんという事もない一本道を走っていた時に「右からの合流があります」とアナウンスが流れて、
    はて?と右を見たら田舎によくある先祖代々のお墓の集合部があった時には「感受性が高い人だとこれが怪談話になるんだろうなぁ」という感慨がありました
    そのナビは自転車の自分をやたらバイパスに誘い込む誘導をして来たので、それは現実的なホラーでしたな

  10. こんにちは😊
    何故、一部のお骨が残っていたのか❓  わざわざ骨壷に入れて。
    考えてみていたら!
    熱海の仏舎利塔の関係者の方から聞いた話しを思い出しました。
    ここはお釈迦様のお骨、一部ですが祀られての 仏舎利塔、お寺です。
    インドから持って来られたと伺い当時はとてもびっくり‼️しました。御殿場にも有りますね。
    お釈迦様は仏教の開祖と言われ、その後色々な宗派になっていったようですね。
    ここのお寺には、まだ分骨などの風習は無かったかもと思われますが、それでもお弟子様が初代のお骨が自然に溶け込んでしまうのは望まれず、いずれは定期的に行かれていたお寺の何処かにと、、、
    祀られ様と思われたのかしら?と思いました。
    後、体の中でも歯は特に硬く残り易いと言う事も聞いた事がありました😅 関係無いと思いますがね。
    今日も不思議な知らない世界ありがとうございました😊

  11. またまたとても味わい深い素晴らしい映像でありました👏👏👏
    取材お疲れ様でございますm(__)m

  12. 配信ありがとうございます
    獣道からの古いお墓は
    驚きますね
    初代住職は質素倹約こそ
    仏の教え。みたいな感じがします。石垣は田んぼ畑の自給自足ですね。
    お寺が茅葺き屋根なのは
    民家にしか見えません。
    お墓はいらない。
    輪廻転生を実感していたのでしょうか?
    修行僧は比叡山は徒歩で登るとききました。
    次回も楽しみにしてます

  13. 普通の人は墓石を出くわすことは基本ないのです。近くを通っても気づきもしません。
    我々のような属性の人がその天性の感性で出会ってしまうのです。たぶん向こうから呼ばれてますw

  14. 素敵な動画ですね
    私も軽い山歩きをしたいのですが ヒル対策していますか?
    伊豆のほうにはいないのかな

  15. いつも拝見して思うのですが、暖かくなってきたのでマダニには十分お気をつけください。3月の終わりに掛川のトンネル入り口上部の鉄柵を散策したら、ズボンに小さいダニがビッシリ付いて閉口しました。

  16. 毎週動画が拝見できて嬉しいです。昔のお墓は、ただ石を置いただけのものもあるので見分けがつきませんよね。

  17. 伊豆は歴史に封印されたような、立ち入らない方がいいのかな?と思うような所があり面白いですね。温泉も食べ物もいいし地学的に日本でないような所も興味深い。鉄道ができるまで陸の孤島と言われ開発されなかったのがよかったのかも。私も時々探索しています。

  18. 僧侶に立派な墓は不要…、ロックですね。禅宗の宗派さんの、禅問答や坐禅などの自己に向き合う姿勢は、哲学に近い印象があります。極端に厳しい戒律や修行ではなく信仰する心が大切など、禅宗の宗派さんには共通の考え方なのかなと感じますね。
    関西地方などでは火葬後の拾骨(骨上げ)の際に、喉仏や歯の骨だけを別の骨壺に分ける習慣がある様ですね。西日本では、喉仏の骨を重要視していて、分骨されて本山のお寺様に納める慣わしがあると聞いた事がありますが、私は専門家でも僧侶でもありませんので悪しからず。鎌倉時代から続いていた由緒あるお寺様が河津町にあった事を知れて良かったです。動画、面白かったです。

  19. 河津町といったら河津桜しか思い浮かびませんでした😅
    こんな山の中、しかも室町時代のお寺とは
    夜は本当に真っ暗だったでしょうね
    こんな場所に篭ってたら、精神的にもかなり鍛えられそうですね

  20. お墓がきれいなので、誰かが定期的に掃除等に来ているのかもしれないですね。山中でお墓には出合っていませんが、2年前に熊さんと出会いました。熊が逃げてくれたので事なきを得ましたが、左手にザック(盾)右手に熊スプレー装備して周辺警戒しまくりながら逃げたことがありました。
    野生動物や虫類も活発に活動し始める時期なので、危険が危ないに出くわさないよう祈っております

  21. 風来のシレンみたいで恰好良い…
    あと伊豆地区メインに活動してますが富士市の江尾にあるゴゼかゴザの森かって調べて頂きませんでしょうか
    小学生時代に調べに行った記憶はあるけど久しぶりに行ったら全く覚えてませんでした…
    場所としては江尾で北に東名の防音壁のすぐ傍の小高い丘だったんですよね…軍人墓地よりもっと東側でした

  22. 顎と歯が別…自分が色々なことを知って、祝う言葉は転じて呪いにもなる可能性みたいなのでなんかあって化けても迷惑をかけないように別にしたとか??

  23. とても険しい山道の廃道の探索ご苦労様でした。
    動画の冒頭1:20、最後の13:50に出てくる石製の物体は、中世の墓石、供養塔の「宝篋印塔」と呼ばれるものです。塔は上から相輪、笠、塔身、基礎の部分から構成されますが、動画では相輪の一部、笠と基礎が確認できます。河津町とその周辺には宝篋印塔がいくつか現存しています。形状から14世紀から15世紀あたりと推定されます。その時代、林際寺に関係の深い武家の墓のように思います。北條氏、佐野氏かもしれません。貴重な中世の墓石を拝見することができました。ありがとうございました。

  24. 河津に次回いらっしゃるなら七滝温泉奥山中の反射炉用幕末レンガ焼成工場跡もおすすめです 町の史跡になってたかも

  25. 山奥を散歩してたら、藪の中に二つの真新しい地蔵様、とんでもなく寒気がして怖かったです、後程麓の人に、尋ねたところ、そこで母子が自殺したとのこと。。😢

  26. 灯篭と言われたのは宝篋印塔の崩れたもので通常墓石ですね。デザインから言って江戸時代以前の物。五輪塔も見えますがこれも古いデザインです

  27. 河津の林際寺って麓のほうにあって山奥のほうは一応管理地になっているはずなんですけどね。荒れ放題ですね。😅