――夏の夕暮れどきでございます。
和歌山県は田辺の町はずれ、道すがら横にのぞきますと、そこからほんの少し下り坂になっておりまして、その先に、静かに吊り橋が架かっております。
眼下には清らかな富田川が流れておりまして、水はさらさらと音を立てて、夕映えを映しこみながら過ぎてゆく。川面からは涼しい風が上がり、夕暮れの空気に、ほのかな湿り気を添えております。
この時分と申しますと、あたりは虫の大合唱でございます。草むらの中から、林の奥から、耳を澄ますまでもなく、あちらこちらで音の波が幾重にも押し寄せてまいります。ときに重なり、ときに抜け合いまして、ひとつの大きな調べを奏でる。人の声はなくとも、自然の座敷に上がり込んだような賑わいでございます。
さて、その吊り橋の向こう、薄明かりにかすんで見えるのが春日神社。木々の影の中に鎮まりまして、鳥居が闇に沈みかけ、社の気配だけが凛として漂っております。まるで夕暮れの帳がゆるやかに舞い降り、神さまを包み隠そうとしているような趣。
人の往来は途絶え、ただ自然と神域とが語り合うひととき――。この場に立つと、時の流れがゆるみ、夏の声と川の息吹とが、心の奥まで沁みてまいります。
――まことに、情趣あふれる景色でございますなぁ。
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