若狭国(現 福井県大飯郡高浜町、おおい町、小浜市)の古社(延喜式神名帳に記載の式内社)を巡る。

若狭国(現 福井県大飯郡高浜町、おおい町、小浜市)の古社(延喜式神名帳に記載の式内社)を巡る。

2025年5月下旬に若狭西部(福井県大飯郡高浜町、おおい町、小浜市)の古社を巡りました。
巡った神社は、延喜式神名帳に記載されている神社から十社を選びました。
延喜式神名帳が作成されたと言われる延長5年(西暦 927)頃には存在したであろう神社がこの地域には多数存在します。
それらの神社が延長5年(西暦 927)のどれくらい以前から存在していたかを知るのは非常に難しいでしょう。
数少ない手掛かりを拾い集めてそれらを積み上げていって一つの方向性(仮説)を出すのは気の遠くなるような時間がかかると思います。

若狭西部(福井県大飯郡高浜町、おおい町、小浜市)には、多くの式内社があります。
高浜町に四社、おおい町に六社、小浜市に十社があります。
今回は巡ることはできませんでしたが、若狭町には十社、美浜町には八社があるそうです。

この動画では、今回訪れた式内社を順に紹介していきます。
各神社の深掘りなどはせずに一般的な内容となっています。
個人的に拘った内容の動画をこの後に制作する予定です。
参拝した神社を順に紹介すると、青海神社(高浜町青)、佐治伎神社(高浜町宮崎)、香山神社(高浜町下車持)、苅田彦神社(おおい町名田庄小倉)、苅田姫神社(小浜市名田庄下字宮山(元は、おおい町))、新鞍神社(許波伎神社 おおい町川上)、静志神社(おおい町父子)、丹生神社(小浜市多良庄字丹生森)、若狭彦神社(小浜市龍前)、若狭姫神社(小浜市遠敷)となります。

【動画の目次】
0:00 オープニング
2:40 青海神社
4:40 佐伎治神社
6:35 香山神社
9:05 苅田比古(彦)神社
11:00 苅田比売(姫)神社
12:45 新鞍神社(許波伎神社)
14:50 静志神社
16:20 丹生神社
18:30 若狭彦神社
20:45 若狭姫神社
22:50 エンディング

下記は公開しているお薦め動画です。
【わが故郷の神社 長田神社 遡れば数千年の歴史 「超お節介版」】
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わが故郷の神社 長田神社 遡れば数千年の歴史 「超お節介版」(Nagata Shrine, my hometown shrine.「Super meddling version.」)

【書寫山 圓教寺(西の比叡山 文化財の宝庫 天台宗三大道場 書写山 円教寺) 兵庫県姫路市書写2968】
 書寫山 圓教寺は兵庫県姫路市の北部に位置する寺院です。 書写山全体がお寺(圓教寺)となっています。 圓教寺には多くの文化財があります。 その中でも、本堂の摩尼殿、大講堂、食堂(じきどう)、常行堂、開山堂、護法堂、護法堂拝殿、金剛堂、鐘楼など多くの国指定重要文化財があります。 圓教寺にお参りは、通常ロープウエイに乗ります。 この動画では、ロープウエイに乗ってから志納所で志納金を納めて鐘楼(慈悲の鐘)を見学しました。 その後、摩尼殿 ➡ 大講堂、食堂、常行堂 ➡ 不動堂、開山堂、護法堂拝殿、護法堂のルートで動画を編集しています。武蔵坊弁慶、紫式部、左甚五郎などの逸話が沢山あります。
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【能・狂言の始祖 秦河勝を祀る赤穂 大避神社 (Akaho Ohsake Shrine, which enshrines Hata no Kawakatsu)】
秦河勝は聖徳太子の側近と言われ、太子開基の寺の建立などに尽力したことが兵庫県加古川市にある鶴林寺の案内板などに
書かれています。河勝は猿楽(現在の能・狂言)の始祖と言われ、大避神社の絵馬堂に沢山の絵馬が奉納されています。
絵馬は坂越の港に関わる海上安全など願って納められたものや、河勝が猿楽の始祖に因んだ絵馬も奉納されています。
 https://youtu.be/1Laq5Yt4CRw

【泉生山(せんしょうざん) 酒見寺(さがみじ) 行基菩薩開基のお寺(兵庫県加西市北条町北条1319)】
 酒見寺の開基は、天平17年(西暦745)に行基と言われています。日本史でいえば大化の改新(西暦 645)のちょうど100年後になります。 当初は、酒見寺の横に鎮座する住吉神社の別当寺だったそうです。 別当寺だった頃(明治時代以前)は、住吉神社ではなく酒見明神社と呼ばれていたようです。天正年間の兵火により文化財はほとんど焼失しており、現在残っている貴重な文化財は江戸時代以降のものです。
泉生山(せんしょうざん) 酒見寺(さがみじ) 行基菩薩開基のお寺(兵庫県加西市北条町北条1319)

【隠れキリシタンの里と言われる兵庫県加西市を訪ねる(Visit Kasai City, Hyogo Prefecture, which is said to be a hidden christian)】
兵庫県加西市の羅漢寺の石仏をゆっくりと拝観してから、大日寺、多聞寺と西脇市の西林寺の隠れキリシタンの人たちが
お祈りしていただろうと思われる背面十字架地蔵像を拝見しました。 兵庫県の加西市周辺はその歴史的な背景があって、隠れキリシ
タンが沢山居たそうです。 キリシタンが、当時の為政者に翻弄された結果として、隠れキリシタンになった訳です。 体制側に阿る者は、棄教と言う道を選んでいます。 名を知られた武将の中でも、キリスト教を棄教した黒田孝高(官兵衛)や、信仰 を守り通した高山右近など、様々でした。
 https://youtu.be/1Laq5Yt4CRw

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