【原生林の蝶を求めて】紀伊半島最南端の古座川を上流までさかのぼり希少種ルーミスシジミを追った40年前の記憶|真夜中に四輪駆動車で紀伊半島を縦断した若き日の情熱を描くファンタジー
その蝶は 大人の親指ほどの小さな蝶で、黒地の翅の一部に鮮やかなブルーの輝きが広がっている。
陽光を受けると一瞬、青い閃光のようにきらめくその姿は、蝶マニアなら誰もが憧れる存在だ。
温暖多湿な常緑照葉樹の原生林や渓谷沿いにのみ生息し、日本では限られた地域でしか見られない。
8月半ば、暑さが極まる時期に数を増すので、私は毎年この時期になると紀伊半島南部へ足を運んでいる。
夜のうちに奈良県川上村、上北山村、下北山村を抜け、熊野灘の海へ出る。
そこから海沿いを南下し、夜明け前には紀伊半島最南端の古座川町に辿り着く。
さらに古座川沿いの林道を北上し、古座川上流の目的地へ…。
神戸を夜11時過ぎに出て、5〜6時間の行程である。
しかし、この夜は上北山村あたりで、急に強い眠気が押し寄せてきた。
休みたくても、食堂もドライブインもない。
路肩も狭く、安全に車を停められる場所すら見つからない。
さらに真夜中の林道では、突然、鹿の親子がハイビームの光に飛び出してくることがある。
一瞬、鹿の瞳がライトを反射して宝石のように光り、その直後、森の闇へと消える……そんな瞬間に何度も肝を冷やしたことがある。
やがて舗装道路は、いつの間にか未舗装の細い道に変わっていた。
車同士のすれ違いも困難なほどの狭さだが、不思議とカーブが少なく、山あいを真っすぐに貫いている。
どうやら昔、伐採木を運んでいた森林鉄道の廃線跡らしい。
路面は平坦で、両側には苔むした石垣が続き、かすかに古い枕木の残骸のような影も見えた。
突然、ハイビームの先に、ぽっかりと口を開けた小さなトンネルが現れた。