かつて隆盛を誇った木地師たち、その裏には”君が代”誕生のルーツが眠っていた?【君ヶ畑町】

かつて隆盛を誇った木地師たち、その裏には”君が代”誕生のルーツが眠っていた?【君ヶ畑町】

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チャプター
0:00 オープニング
3:18 木地師のふるさと交流館
4:06 君ヶ畑と木地師の歴史について学ぶ
7:33 氏子狩について
10:42 惟喬親王に関するエピソード
14:36 伝承に纏わるスポットを巡る
16:11 惟喬親王が隠れ住まれたとされる髙松御所(金龍寺)
19:41 惟喬親王の御陵
22:07 木地師たちの聖地、大皇器地祖神社
26:03 君ヶ畑の現状
27:55 木地師の発祥と君が代の起源
37:44 髙松会の皆さまにお話しを伺う
42:33 君ヶ畑を散策してみよう
45:24 エンディング

#滋賀県 #君ヶ畑町 #木地師 #君が代

46 Comments

  1. 44:00 気になる骨盤のゆがみ(余談アワー)
    お久しぶりです、東近江のお散歩って楽しいですよね!

  2. historicaのオカヤスさん・アンドウさんこんばんは~
    お久しぶりです。木地師ふるさと交流館という素晴らしい場所があるんですね~
    展示してあるものみてるうだけでも勉強になりますね。
    交流館のお話も心に沁みるものがあり君ヶ畑は素晴らしいところなんだと思いました。
    君が代の発祥地でもあるんですね~素晴らしい取材の配信ありがとうございました。

  3. こんばんは。この動画を心待ちにしておりました南河内のおばちゃんです。コメント失礼致します。木地師の認識で私の最も記憶にあるお話は こけし です。先ずそれに触れさせて下さい。こけし に手が無い理由……それはかつて貧しい農村では堕胎する事ができず産まれた子を産婆さんがコッソリ息を止める処置をし死産として届け、その罪滅ぼしの為に産婆さんは廃業すると自らの両腕を切り落としたからという悲しい伝承があります。ある脊梁山脈(せきりょうさんみゃく)でこのお話を知り木地師の勉強を始めました。そもそも木地師について知りたいと思ったのは、実家の隣が わっぱ屋 とか 曲物屋(まげもんや)という屋号で今も呼ばれていて、木の器やお弁当箱を作っていたからです。まだメンバー登録をさせて頂けずにいますから、とりあえずこちらの資料館に入る一人分だけ払わせて下さいね。今回も素晴らしい取材で、菊の御紋と五本線の塀が天皇家との関わりを示し、君が代に繋がると思うと、このお話はかなり興味深いですね。格天井にはかつて綺麗な花柄が嵌め込まれていたかもしれませんね。京都の嵐山にある嵯峨天皇(華道の嵯峨御流の祖で清和天皇とも関係があります)の御所だったとされてるお寺と建築様式(特に屋根の形)が似てますね。また、能面が冒頭に沢山映りましたが、神社の境内に能舞台らしい建物も見受けられることから、やはり惟喬親王さんがいらした可能性に信憑性を感じました。木地師の事がきちんと文化財として残っている事に目を見張り、じっくりみさせて頂きました。太鼓橋を渡り本殿とまっすぐに育った御神木に行く神社の様子は、天武天皇を祀る桜木神社(奈良県吉野郡)に似ていて、いみじくも天武天皇の兄である天智天皇が滋賀に都を置いた事にリンクするのでロマンを感じます。それと、毎回思いますがオカヤスさんとアンドウさんの取材をするご姿勢に敬意が深くあり、鳥居を潜る際にもきちんと一礼されるので、みていて清々しくなりますね。熱い取材おつかれさまでした。毎回本当にありがとうございます。今夜も充実した日になりました。

  4. 藤原定勝の歌が「我が君」なのにそれを伝える地域が「君が代」の名を冠するとは権力者の闇を感じますね。
    木地師の文化はそれに続く伝統的「漆塗りに繋がる大切な文化、きっちりと調査して必要ならば国として発展・継続の施策として取り組みを進めて欲しいですね。

  5. 君が代のお話は知りませんでした。動画の中でも言われていたように一説なんでしょうけども歴史を感じるお話でした。懐かしさを感じる風景にも癒されました。日本がいかに山林に密接に関わってきたか感じました。

  6. 案内をされていた方の説明もわかりやすく、とても良い興味深い内容で良い勉強をさせていただきました。暑い季節はお二人の活動もままならないですね。配信を楽しみにしています。

  7. 木地師から国歌の歴史まで深掘りされて勉強になりました。
    それにしても凄い解説者見つけましたね😮

  8. 9:15 木地師の特権っていうのは朱雀天皇の綸旨と呼ばれる木の伐採許可書なんだけれども筒井八幡宮の宮司さんが偽造したものであることが確定してるんだよね

  9. 君が畑は子供の頃永源寺ダム上流で遊びに連れて行った貰い親に車で足を伸ばしました😊
    昭和50年頃はまだ学校に子供がおり人も車も有って地場の仕事が行われておりました😊
    こんな由緒正しい場所だとは知りませんでした😮

  10. 菊のごもんのごしょにびっくり😊そして、やはり神社の佇まい❤素敵でしたね🎵さざれ石❗️historicaさんと一緒にお話しを伺っているようで、とても心にひびきます

    自分の両親が宮城県出身なので、昔から鳴子コケシなど身近にあり、木地師のご先祖が尊い方と言うのはうっすらと耳にした覚えがあります
    あらら~リクエストを思いつきました❗️(^_^)/ついでにこちらに書き込み失礼します
    私の父方の名字が小松で、宮城県古川市岩出山?の小野田という山里がルーツだそうです(自分は行ったことはありませんが)
    平家のおちうど伝説があるとか。そんな話があるのね、ふーん(-.-)という感じでしたが、ふとどんなとこかな?と思うようになりました。historicaさんが以前、廃村の平家のおちうどの里を訪れていたので、よろしければみちのくも是非!と存じます🌸

  11. 私の住んでいる地域には、「〇〇木地」という名前の集落が2か所あります。離れた地域にも木地の名が付く集落があります。
    そこには、小椋性がとても多いんです。
    ルーツなんですね。繋がっているんだと感じます。

  12. 配信、ありがとうございます😊

    今回は久しぶりの滋賀県ということで楽しみにしてました。

    朝廷を追われた皇子と木地師の始まりの物語。弟宮の清和天皇の想いと、惟喬親王の19年の歳月の間に至られた境地。
    そして全国に繋がっていった木地師たちのコミュニティ。

    あのお社の神々しささえ感じられる佇まい。惟喬親王から1000年以上繋がっている、木地師たちの想いが伝わってきます。

    感動しました。

    オカヤスさんとアンドウさん、いつもながら地元の方々への敬意を込めた取材、ありがとうございました。

    これからもご安全に。

  13. 興味深いお話でした。
    滋賀県は古墳時代には渡来人が住んでいたこともあり、ミニチュア竈やオンドルの痕跡が出土します。
    また有史時代にも、特に湖北地域においては独特な信仰形態があったらしく、千「足」観音像や向源寺式十一面観音像など変わった仏像が祀られていたりします。
    そういった地域性を鑑みると、今回のような独特な文化が育まれていても不思議ではないような気がします。

    寒暖差の激しい折どうぞご自愛の上、次回の動画も楽しみにしています。

  14. サンカ民族とか簡単に語る人らが居るが
    特に鈴鹿山系ではありえない話で、昔の山間部は豊かで
    修験道だけでなく、鉱山・砂鉄採取・炭焼き・木地師
    山間を歩けば、埋もれた石垣を目にするし、石垣が無くても人為的にならされた土地に礎石を見つけることが出来る
    運が良ければ鉄器に出会う

    山で暮らすには高度な技術知識が必要で計画性も必要であり、そう言うのを度外視する事は出来ないし
    平野部の集落と密な関係も求められてくる(山を荒らせば簡単に戦になるからだ)
    こういう取材を見ると、如何に昔の山間部の人々の暮らしが普通だったかを教えてくれる。

    先日京都のホテルで食事を頂く機会があった、デンマークのレストランが臨時営業されていて、クルミの木の皮細工などの器を多用されていた。それらは、山間で暮らす日本人が、山で材料を採取し作っているものだが
    その値打ちを海外の人の方が評価し始めえてる事は興味深い。

  15. historicaさんの動画、待ちに待っていました!それまでは、過去の動画をひたすら再訪しつつ、この日をお待ちしておりました。惟喬親王というご存在は今まで全く知りませんでした。日本の伝統文化を下支えした、素晴らしい人々がいたのだな、と感銘を受けました。これからも動画を楽しみにしています。たまに醤油壺も出てくるといいな〜🎵

  16. 待ってました。
    とても勉強になります。特に君が代の件。
    素晴らしい動画をありがとうございます。

    新緑の時期でしょうか、鶯の声もいいですねぇ。

  17. 時折、息切れしながらも

    立て板に水のごとくしゃべり倒す

    過去一ウルトラガイド!

    オカヤウの存在感ゼロでいい動画です

    カップ麺は来来亭を持ってこうよ!滋賀だし

    神社行きてー

  18. 本当に待ち侘びてました
    廃村系歴史系も色々見ますがヒストリカのお二人の醸し出すゆったり感は他にないんですよね
    替えの効かないオンリーワンチャンネルだと思います

  19. 3.11以降、東北地方各地に残る伝統こけしの収集を始めて、現在に至ります。こけし産地の各地に惟喬親王をお祀りした神社が鎮座しており、木地師の流れをくむこけし工人を中心にした地域住民で毎年、お祭りもなさっておられます。興味深いお話でした。

  20. 境内の木🌲がすごい。
    確かに千年続いた神社なんですね
    すごい迫力。いままで大勢の人に守られて来た歴史を感じます。
    これからも長く続いてほしいです。

  21. とっても、わかりやすい説明も去ることながら、惟喬親王について調べたくなりました。木地師は、免許も必要な技能集団だったんですね。すごい勉強になりました✨

  22. 楽しみにしていました。
    ガイドさんの話が上手すぎですね。声が聞き取りやすいし、間の空け方が綺麗だし、身振り手振りも引き込まれるし。地上波歴史ドキュメンタリー1本の語り手を張れるレベル。

  23. 今回もとても濃い内容でもう一回見ます
    案内人の方、すばらしかったです

  24. 私の里には木地師の里があり小椋姓です その方が元は滋賀と言ってたが 長い歴史があるんですね
    確か富貴畑と言ったか
    木地師の里は畑がついてるのか  それと白洲正子の本で古い面があったと言うのが書かれた かくれ里はこの辺りの事でしょうか?昔読んだので曖昧ですが、、、 ヒストリカいつも良い企画ありがとうございます😊

  25. この ほんの半分くらいの歴史な地域で生まれ育ったんですが、神社の社殿前に舞台が有るじゃないですか
    幼い頃のほんの僅かな記憶だと、そこの舞台前に正月になると土俵を立てて(相撲の)いたような記憶が有ります。
    ボクの祖先の墓は、神社の裏山に有ったのですが祖父の墓を立てた際に移した時に(小学低学年の頃)神社の脇を登って
    墓石を持ちにゆき 今は新しく建てた墓石の後ろに立ててあります。
    ふと、昔のことを思い出したので

  26. 寺と神社を上手く使えばいろいろ出来そうな感じですかね。
    まあ、弊害も起きそうですが。

    てか、一升瓶になってますな。一年たったらしい。

  27. 『君が代』の伝承はあまり聞きませんからお話聞けて良かったです。

    『もののけ姫』の“地走り”も該当するのかな?

  28. ヒストリカさんのお陰で石垣に興味を持ちかけている者です
    山梨なんですが
    現代の特級呪物
    最強祟り初鹿野諏訪神社の「ホウの木」なんて取材できないでしょうか?

  29. 行ってみたい!と思える場所ですね
    土地から景観からお話から壮大な歴史ロマンを感じました
    もしかしたら私の住む土地にも木地師さんがおられるのでしょうか🤔
    君が代の歌詞も聞こえ方が少し変わりそうです☺️

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