新潟県三島郡出雲崎町 / 250916
日本海に面した延長四キロメートルの細長い町並み、通称・日本一長い夕日のまち出雲崎。日本海夕陽ラインに沿って潮風が吹き抜けるこの町で、古民家をリノベーションした小さな自家焙煎珈琲店「波止場ロースター」を営むのが、主人公の葉月(はづき)だ。二十代半ばの彼女は、東京のデザイン会社を辞めてこの地にUターンし、祖父が使っていた古い漁具倉庫を自分の手で改装した。
出雲崎といえば、江戸時代に天領として栄え、北前船の寄港地や佐渡金銀の揚陸地として数々の歴史を刻んだ場所だ。良寛和尚の生誕地としても知られ、町歩きの至る所に良寛ゆかりの史跡や「妻入り」と呼ばれる独特の建築様式が残っている。しかし、過疎化と高齢化の波は隠しようがなく、かつての活気が薄れつつあるのも事実だった。
「ただ古いものを守るだけじゃなくて、今の私たちの感度でこの景色をアップデートしたいんだよね」
朝の焙煎を終えた葉月は、店の窓から見える日本海に目を細めた。彼女の頭の中には、現実の地方創生プロジェクトである「出雲崎町まちなみ環境整備事業」や、地元の若手生産者たちと進めている新しい特産品づくりのアイデアが詰まっている。佐渡島を望む海岸線をドライブしながら、古民家の軒先に下がる干物や、風情ある木造建築の格子戸をスマートフォンで撮影しては、自分のSNSに「#ローカルデザイン」のハッシュタグをつけて投稿するのが日課だった。
ある初夏の日、東京の表参道でアパレルブランドのバイヤーをしている友人・葵が店を訪ねてきた。葵は出雲崎の持つ圧倒的なノスタルジーと、日本海に沈む夕日の美しさに一目で魅了された。
「ねえ葉月、この町ってただの田舎じゃないよ。この妻入りの街並み、そのまま一つのセレクトショップみたい。ここでしか買えないストーリーを形にしようよ」
葵の言葉に背中を押されるように、二人は動き出した。テーマは、出雲崎の歴史と現代のライフスタイルの融合だ。町内の職人と協力し、伝統的な漁業用ロープや漂着した流木をモチーフにしたアクセサリーの製作や、古い蔵を改装したポップアップストアの企画を立ち上げた。行政や商工会が推進する空き家活用補助金制度の窓口にも自ら足を運び、若い世代が気軽に挑戦できるスモールビジネスのモデルケースを作ろうと奔走した。
最初は戸惑っていた地元の年配の漁師たちも、葉月のひたむきな姿勢と自由な発想に触れるうちに、次第に笑顔で協力してくれるようになった。「昔はこの浜も船でごった返していたんだがね、お前たちがこうして新しい風を入れてくれるのは悪くない」と、毎朝のように採れたての魚を差し入れてくれる老人との温かい交流も生まれた。
夕方、仕事の区切りがついた二人は、海岸沿いの遊歩道へと繰り出した。日本海に沈む夕日が、空と海を鮮やかな茜色と紫色のグラデーションに染め上げていく。佐渡島が黒いシルエットとなって浮かび上がり、潮騒の音が心地よく響く。
「東京にいた頃は、正解を探すのに必死だったな。でも、自分で選んだこの場所で、風を感じながらゼロから形にしていく今の方がずっと自由だし、自分らしい気がする」
葉月は深く息を吸い込み、目の前に広がる景色を見つめた。歴史の重みを受け継ぎながら、自分の足で新しい一歩を踏み出す彼女の背中には、夕日の温かい光が優しく降り注いでいた。町は静かに、しかし確実に、新しい時代へと動き出している。
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