横浜から一駅。「大正時代のニュータウン」はなぜ三年で崩壊した? 鎌倉市大船に隠された夢と挫折の跡を歩く

神奈川県鎌倉市の大船駅東側に、かつて東京の田園調布を超える巨大なニュータウンを作る壮大な計画があったことをご存知でしょうか?

その名も「大船田園都市計画(新鎌倉)」。
大正時代、理想の高級住宅街を目指してスタートしたものの、強気な価格設定と不況が重なり、この計画はわずか数年で「幻」となって消え去ってしまいました。

今回は、その計画の失敗後に土地を引き継いだ「松竹」の歴史や、100年前の区画の痕跡、現在の鎌倉女子大周辺の様子をお伝えします。

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#ニュータウン
#田園都市線
#大船

18 Comments

  1. 競馬場は関東大震災の復興事業として神奈川県が設置したという経緯のようですので、田園都市計画のあとの設備のようです

  2. 大船駅前は道の狭いゴチャゴチャした商店街という印象だったけど、もともと住宅地だったからなのね

  3. 挫折してくれて良かったあ〜!! 綺麗で整備された街並みって、少しも面白ない。人生・生活は、やはり楽しくないと。このゴチャゴチャ感が面白い。そして何よりもいろんな人がいるのが良い。大船は、適度な怪しさがあるのも良い。そこそこ変な人が居るのも面白い。ジジババがふらふら出かけられるところもサイコーだ。話少し変わるけど、商店街に、大きめの惣菜屋さんが出来ると嬉しいのだが‥‥。そこんとこ、ヨロシク!!

  4. 別に住宅も店もいい塩梅で問題無い
    映画文化は無くなっちゃったけれどね

  5. 大船で生まれましたが、競馬場があったなんて知りませんでした!
    松竹撮影所と言えば寅さん。懐かしいな。
    「おほふな」かぁ…鎌倉市ですが、なんか違う寺社町と違うんだよなぁ。

  6. 昔、40年位前までは駅前道路も拡張して今の横浜銀行の手前迄道路になる予定でした。大船は色々ぶち上げるけれど直ぐ萎む(笑)街です。それがまた心地好い町並みになっているのかなぁ

  7. 大船田園都市株式会社の倒産は親会社の東京渡辺銀行が昭和金融恐慌の大蔵大臣の失言による取り付け騒ぎで
    営業停止(倒産)が直接の原因で、これで完全に事業継続できなくなったようです。

  8. 大船に住宅地を作るのはあって、たしか新鎌倉みたいな名前にするという話でした。

  9. 大船の古名は「アワフネ」。粟舟とも泡船とも書いたらしい。名前からして水害がある土地とわかる。観音様側の柏尾川も、駅の下を流れる砂押川も、けっこう最近まで氾濫していた。1980年代にも「水が出たから大船駅使えなくなってる」というときがあったように思う。大船在住の友人は「小さい頃は家にボートがあった(氾濫時のため)」と言っていた。

  10. 大船田園都市が完成していたらヨーロッパのように旧市街と新市街として栄えてたのかな。そんな世界線の鎌倉を見たかった。

  11. 父に連れられ、月光仮面を見た大船オデオン座は、もうなくなってしまったのですね。

  12. 当時から考えると微妙な位置なんですよね。
    すぐ近くに高級別荘地鎌倉山があるし、権太坂という峠を一つ越えないといけないほど、離れていたり。
    でも大好きな街です。大船。

  13. ヨーカドーや松竹撮影所辺りが競馬場だったのでしょうか?

  14. 砂押川に掛かる小さな橋に昭和一桁竣工のものがあったり、砂押川の整備された護岸が相当古めかしかったりするのも
    松竹撮影所以前の都市開発計画の名残だったりするのかな。
    その砂押川沿いの大船駅前から大学近辺までの広大の敷地に今よく話題になるキオクシアの研究開発施設棟があり
    この動画でもチラチラと映りこんでいます。
    一方で駅前商店街に大きなパチンコ屋が今時複数あったりと胡散臭さもあって面白い街だと思います。

  15. 大船近辺で育ったのに、戸塚競馬場は知ってるけど 大船に競馬場あったの知らなかったです。
    ありがとうございます。