ドローン空中散歩/秋田県仙北市角館・田沢湖へ

大変遅くなりましたが、4月19日から22日まで北上する桜前線を追いかけて秋田県仙北市に出かけました。19日は角館の武家屋敷を通って桧木内川公園の桜並木を下見して帰りました。翌20日は良く晴れていて、朝から桧木内川の対岸から空撮をしましたがもうかなり散り始めていました。この日はその後、田沢湖のロケハンに行き、夜は角館・桧木内川公園の夜桜を見に行きました。翌々日は予報通り雨模様でしたので角館の武家屋敷を巡りました。次は近々、田沢湖の様子をお送りする予定です。

<以下Wikipediaより>

前史
角館は戦国時代には戸沢氏の本拠地であった。関ヶ原の合戦後の1602年(慶長7年)、戸沢氏が常陸多賀郡へ転封、佐竹氏が秋田へ入部し久保田藩領となる。翌1603年(慶長8年)、佐竹義宣の実弟にあたる蘆名義勝が所預(ところあずかり)として角館に入った。

角館城下町の建設
蘆名氏の入部当時、角館の城下町は角館城の築かれていた小松山(現古城山)の北側の麓にあったが、狭隘な上に、水害や火災にしばしば見舞われたことから、1620年(元和6年)、現在の位置である古城山の南麓へ町を移転させた。現在地は、西の檜木内川が自然の堀となっており、北が丘陵地となり、東には小残丘が点在して、南にひらけ、南西側は檜木内川と玉川の合流点があって天然の要害をなしている。

新しい城下町では、道路の幅員を広げるとともに見通しを避ける工夫をこらし、下水を整備し、火事対策を施して武家地、町人地、寺社を配置した。火事対策としては、南北に細長い町を東西に貫く形で中央に土塁を築いた「火除け地」をつくり、その北側を武士の居住区である内町、南側を町人の居住地である外町とした。同年、一国一城令により、角館城は破却された。なお、蘆名義勝は、当初は小松山の中腹に館を構えたが、義勝夫人が城中で妖怪を視たため居館を麓に移したという伝承がある。

蘆名氏の支配は3代続いたが、1653年(承応2年)の蘆名千鶴丸の死により蘆名氏が断絶。代わって1656年(明暦2年)に佐竹氏の分家である佐竹北家の佐竹義隣が角館に入り、以降明治まで11代続いた。

撮影機体:Mavic4Pro 許可申請:仙北市建設課都市計画係

5 Comments

  1. 秋田、田沢湖😊高校の修学旅行で夜行列車に乗って、次は車の運転免許をとってすぐ、会社のボロ車で…以来東北にはほぼ行ったことなく、この度はドローンに連れられて行ったような心持ちになりました。
    見事な桜😮

  2. いつも素晴らしい映像をありがとうございます❤ 角館、黒塀と武家屋敷の街並み、ステキですね❤❤

  3. 台風も近づく、この梅雨時に満開の桜を見させて頂き非常に和みますね🤔🤔多くの動画ストックがある様で、これからのUPが楽しみです🤣🤣👍

  4. この時期に こんなに素敵な絵を 見せて頂き ありがとうございます。
    武家屋敷、桜、澄みきった川の流れ すべて気持ちを 落ち着けてくれます。