太田映子さん
赤道を越えた南半球の地で、日本語の短詩形文学を守り継ぐ人々がいる。ラテンアメリカ俳句研究会(代表=白石佳和・松蔭大学教授)は10月24日、「移民俳句オンライン」の第3回を開催し、日本とブラジル側合わせて30人以上が参加した。聞き手を務めたのは、俳誌「藍花」主宰で「世界こどもハイクコンテスト」審査委員長の大高翔さんだ。今回はサンパウロ在住の太田映子さんが登壇した。
異国で紡がれる「コロニア(日系社会)俳句」は、単なる文芸趣味を超えて言語的アイデンティティや記憶の継承という深い意義も持つ。太田さん個人の移住史は、そのまま詩情の源泉となる。1世と2世の狭間に立つ「子ども移民」の眼差しは、日本の原風景とブラジルの現実をしなやかに、温かく結びつける。
太田さんは194
3年生まれの83歳。昭和34年(1959年)、中学卒業直後の15歳で、6人家族と共に北海道旭川からサントス港へ渡った。旭川で呉服屋を営んでいた一家は農作業の経験がなく、男手のない4人姉妹の家族であったため、配属先の猛暑と酷使に耐えかね半年で全員が病に倒れた。父の決断でサンパウロ市へ転住、既製服の仕立て卸で生計を立てた。
「現地の大学へ進む子どもと対話できない親にはなりたくない」との思いから、毎朝ブラジルの新聞を繰り、辞書を引いてポルトガル語を独学で修得した。太田さんが抱いたのは現地社会への深い感動だった。「ブラジル人のおおらかさ、心の大きさにびっくりしました」という大らかな風土に支えられ、新天地に根を張った。
生活基盤を築いた太田さんが俳句の門を叩いたのは、人生の大きな喪失が契機だった。定年後に夫婦で俳句を楽しもうという約束を果たせぬまま他界した夫を追悼するため、一人で句会へ通い始めた。現代俳句の結社「俳文学」では間嶋稲花水氏から「俳句は作るものでなく、産むもの」と教えられ、「胸に生まれる感情を大事に。ふっと降りてくるものを素直に詠む」姿勢を学んだ。「砂丘句会」「くろしお句会」といった伝統俳句の句会でも研鑽を積んだ。
自選句鑑賞では、生き生きとした生活実感と哀愁が浮き彫りとなる。『朝市や籠いっぱいに春を買う』は、アパート前で金曜日に立つ朝市(フェイラ)の活気と、新鮮な花や食材を手にした幸福感を鮮やかに切り取る。
『行く春や我が歩幅にて生きるなり』には、加齢を受け入れ、自らのペースで穏やかに歩む決意が滲む。『春風をつれて句会の席に着く』は、全伯俳句大会へ臨む高揚感と華やぎを静かに凝縮させる。
一方、北国の記憶と夫婦の絆を映すのが『しばれるね ふる里しのび 言ってみる』だ。函館出身の夫とブラジル南部の冷え込む街グラマードを旅した際、南極おろしのあまりの寒さに夫妻揃って思わず口をついて出た北海道の方言「しばれるね」の瞬間を捉えた。南半球において、ともに北海道出身という移民夫婦の共感と愛情を、方言という形で切り取った句だ。
『ジャカランダ君と犬と口笛と』は、夫の好む黄色いイペーが右手に、自身の好む紫のジャカランダが左手に咲き誇る散歩道での記憶だ。歌は音痴だが口笛だけは美しく吹く夫と、足元で落ちた花びらと戯れる白い子犬。至福の情景ゆえに、夫の没後17年を経た今も思い出が深すぎてその道を歩めないという切なさが潜む。
大高さんは「詠まれた情景は短い時間の出来事かもしれないですが、俳句にするとそれが永遠に刻まれて、いつでも思い出すことができる。映子さんの心の中には、その時の夫との幸せな時間が一瞬で蘇ってくるという句なんですね」と愛おしそうにコメントした。
そして『終の地と決めし養国イペー咲く』では、祖国への想いを抱きつつ自身と家族を育んでくれたブラジルへ感謝を込めてコロニアの先人たちが紡いできた「養国」という言葉を掲げ、夫の愛したイペーの黄色い花に万感の想いを重ね合わせている。大高さんは「これもやっぱり映子さんがここまで歩まれてきた人生がないと詠めない句なんだなと感じました。本当、歴史が詰まっている句ですね」と感嘆した。
太田さんは俳句を「生きている証」「これから生きていく力」と表現した。最後に参加者からは「太田さんは10代で移住して、ブラジルという土地に馴染んでおられるのかなと感じました。旦那様が亡くなられてから俳句を始めたということですが、夫やご家族への愛情ですとか、ポジティブなお話が多くて、非常に温かい後味を印象として感じました」などとしみじみとした感想が語られた。
第4回は11月6日(金)に開催予定。詳細は別報。現在、コロニア俳句界は1世の高齢化や句会参加者の減少といった課題に直面している。しかし、その言霊を記録として残そうという取り組みが進む。2028年のブラジル日本移民120周年に向け、代表的な移民俳句2千句を収める『ブラジル俳句選集』の編纂が進行中だ。その刊行資金を募るクラウドファンディングも11月7日から開始される。

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