【宮浦 健人 選手】
「アジア選手権は五輪の切符がかかる今季一番重要な大会だと思う。熊本を代表して、日本を代表して頑張りたい」

バレーボール日本代表・宮浦 健人。

宮浦の武器と言えば、レシーブごと吹き飛ばす破壊力抜群のスパイクやボールの軌道の予測が難しい変幻自在のサーブ。攻撃専門のオポジットで活躍する日本が誇るポイントゲッターです。

荒尾市出身、鎮西高校時代には春高全国大会でチームを準優勝に導くなど活躍。

しかし10年前、キャプテンとなった高校3年生のタイミングで、熊本地震が襲いました。

【宮浦 選手(当時 高3)】
「体育館でできるのが当たり前じゃないと感じたので、そういう環境にもっと感謝してやっていきたい」

【宮浦 選手】
「その当時はバレーの練習、練習、練習でやっていたが、体育館さえも使えなくなったのは、今となってはいろいろなものを得れたが、当時はやはりすごく難しかった」

当時の畑野 監督から教わったのは、『当たり前のことを当たり前に』。十分な環境でなくても、今、自分に何が出来るのかを考え取り組むこと。畑野 監督の教えが宮浦を強くしました。

【宮浦 選手】
「畑野 先生はあまり言葉は多くない先生でしたけど、とにかく慢心するなと、謙虚でいろと。いつまでも、じゃないと成長できないぞと口酸っぱく言われてきたので、そこはもうずっと変わらず自分自身の土台となっている」

念願のオリンピックにも出場。持ち味を存分に発揮し、世界を相手に堂々たるプレーを披露しました。

オリンピックの報告のため、母校を訪ねた宮浦。その時、畑野監督から送られたのは、さらなる成長を求めるこの言葉でした。

【ロスに行け!鎮西高 畑野】

【宮浦 選手】
「これは家に飾っておきます。頑張ります、これを見ながら。鎮西が僕の土台となっている部分が大きいので、この言葉を胸に頑張ります、ロスまで」

そして、この日が宮浦が恩師と話した最後の日となりました。

【畑野 久雄さん(享年80)】

亡き恩師との約束を果たすため、そして、再び地震の被災地となったふるさとにエールを。宮浦は特別な思いでアジア選手権に挑みます。

【宮浦 選手】
「自分にできることは、コートの上でいいパフォーマンスをして、熊本の皆さんに元気を与えることだったり、このアジア選手権で優勝して、感動やうれしい気持ちとかを共有できることなのかなと思うので。そこは自分にできることをやっていきたいと思うし、それが力になるか分からないが、少しでも力になれたらと思う」

優勝すれば、ロサンゼルスオリンピックの切符を獲得するアジア選手権。恩師と約束したロスへの戦いがいよいよ始まります。

男子のアジア選手権は4日開幕。TKUでは日本戦の全試合を生中継します。ぜひご覧ください。

テレビ熊本

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