6min2026.7.22

「パックス・アメリカーナ」の終焉

Photo: Hennadii Minchenko Ukrinform Future Publishing / Getty Images

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Text by COURRiER Japon

ウクライナ戦争が長期化するなか、実際に現地へ足を踏み入れたことで見えてきた、悲壮感漂うイメージとは異なるキーウのリアルな光景。首都防衛をめぐるロシアの思惑、さらには一極構造の終焉と大国秩序への回帰という世界情勢の大きな転換点について、『現代戦争論』著者の小泉悠が解説した。
戦争以前とまるで変わらないキーウの日常
──2026年に入り、実際にウクライナを訪れたとのことですが、現地の様子をお聞かせください。

小泉 第一印象は、街の様子がびっくりするほど変わっていないということでした。戦争一色の悲壮感が漂う雰囲気もなく、建物が次々と破壊されているという惨状もそこにはありませんでした。

戒厳令が出ているので夜中になると外出禁止になりますが、バーも営業していますし、若者たちも道端で音楽に合わせて踊っています。ところどころに軍隊の募集ポスターがあったり、役所の窓が土嚢で塞がれたりと戦時の雰囲気はありますが、たとえば戦時中の日本のような追い詰められた感じはありません。







これには「キーウまで敵が攻めてくるかもしれない」という本当の危機は、戦争の初期段階で去ったというのが理由の一つ。それと、私のような外国人から見て、ウクライナは豊かな国だと思われるように、首都は見栄えよくしておかないといけないという考えがあるようです。「キーウは空爆を受けても、とにかく一瞬で修復する。爆撃で壊れ、見すぼらしくなった建物は残さない」と現地の人からも聞きました。ところが、修復できないままかなり破壊された状態で残っている、前線により近い地方の街も多く「そういう現実を忘れないでくれ」とも言われました。

──なぜここまで、戦争が長引いているのでしょうか。

小泉 おそらくプーチン大統領は「ウクライナに一瞬で勝てるはず」と考えていたのでしょう。しかし2022年から4年も戦争が続くなかで、何らか一定の答えを出していると思います。

ウクライナは小さな国というイメージがありますが、じつは近辺のEU加盟国よりもはるかに大きな国です。開戦前の人口はおよそ4400万人。かなり古くはありますが重工業と食料自給ができ、軍隊も大きく国力もあって、旧ソ連で言えば、2番目に国土が広く人口も多い。これらはプーチン大統領も熟知しており、ウクライナを一発で殴り倒すのは物理的に難しいと考えて、心理的なショックをウクライナに与えるために、キーウ占領に踏み切ったのでしょう。しかし、それがうまくいかなかった。キーウ市内への突入が叶わず、ゼレンスキー大統領も逃げなかった。

実はロシアは入念な欺瞞作戦を仕掛けており、ウクライナ軍の主力を引き剥がすために「東から攻めていくぞ」というポーズを取りました。実際にウクライナ軍の主力はそれにつられて東側へ移動してしまい、その隙を狙ってベラルーシから別のロシア軍の部隊が一気にキーウを襲撃しました。



首都に残されていたのは、ごく少数の警備隊や内務省の部隊(警察)、そして一部の特殊部隊だけでしたが、訓練部隊から古い大砲を引っ張り出し、わずかな兵力と火力だけでとにかく2週間持ちこたえました。その間に、主力部隊が東部の前線から引き返してきたので首都陥落は免れた。こういう凄まじい綱渡りがありました。

ただし、この綱渡りがなぜうまくいったのかは、正直なところ誰にもわかりません。数値化しにくい「現場の凄まじい頑張り」だけで持ちこたえていたので、ゼレンスキー大統領が首都を脱出していてもおかしくはなかったと思います。

最近になって、ゼレンスキー大統領は、開戦当初に米国や英国から「特殊部隊とヘリを送るから、首都から逃げてこい」という打診を受けたと明らかにしています。しかし、ゼレンスキー大統領はそれを断りました。

もともとお笑い芸人であったゼレンスキー大統領に対し、プーチン大統領はおそらく「どうせすぐに逃げ出すだろう」と高を括っていたのだと思います。たしかにゼレンスキー大統領はポピュリスト政治家という側面もあります。しかしそうした芸人としての一面を持つからこそ「ここでウケたい」という芸人としての本能が働いたのではないかと私は見ています。あそこで首都から逃げずに踏みとどまれば、「ドッカンドッカンウケる」という絵を描いていたように思います。

大統領府長官のイエルマークはゼレンスキー大統領の芸能活動にかかわっていた仲でした。命がけのショーとして首都に留まり「我々は誰も逃げていない」というビデオメッセージまで発表した。これがウケるのか、それともシラけてしまうのかはやってみるまでわからなかったはずですが、大ウケした。その結果、国民的結束が弱いと言われていたウクライナの人々があの瞬間に結束し、普段は醜い争いをしている政治家たちも一時的に闘争をやめて一丸となりました。

いまだ浮上する「キーウ侵攻」の懸念
──今後、再びロシアがキーウに侵攻するということはあり得ますか。


小泉 あり得ることだと思います。特に2026年の3月頃から、ウクライナ側は「また北方のベラルーシ国境で怪しい動きがある」と言い続けています。4年前の前例があるため、再びそこを足がかりに仕掛けてくるのではないかという懸念は根強く残っています。

しかし、現在のメイン戦線である東部ドンバス地方の戦いは、すでに死闘となっています。ロシアもウクライナもほとんど予備を残さずに、主力を前線に投入しています。そのため、もう一度キーウを本気で攻め落とすだけの大規模な予備戦力が、いまのロシア軍に残されているかというと、おそらくは相当に厳しいでしょう。

加えてキーウの北側からベラルーシに至る地域は湿地や森林地帯が多く、軍が進撃できるルートがきわめて限られています。そこを無理やり切り開いて攻め入るには、かなりの精鋭部隊や、高い機動力を持つ空挺部隊などが必要になりますが、こうしたリソースはこれまでの激戦でかなり消耗してしまっています。では代わりにベラルーシ軍を行かせるかと言えば、彼らは数万人にも満たないきわめて小規模な軍隊です。したがって、ロシアが本気でキーウの制圧を目指して攻めてくるのはおそらくは難しいでしょう。

一方で、北側から首都を攻めれば、ウクライナは首都防衛のために一定の兵力を北部に張りつけざるを得ない。敵の兵力を引きつける効果をロシアが狙っている可能性は否めません。

ウクライナ戦争が終わらせた「パックス・アメリカーナ」
──ウクライナ戦争後、世界の勢力図はどう変わったと実感していますか。

小泉 冷戦終結後、それまでの米ソ二極構造から、政治・軍事・経済・テクノロジーのすべてにおいて米国が圧倒する「一極構造」へとシフトしました。ソフトパワーも含めて米国最強の時代が到来し、かつて肉薄していたソ連は急速に崩壊していきました。当時、中国はまだそれほど強くなく、日本も米国に追いつくかと思われた直後に失速したため、いわゆる「パックス・アメリカーナ」がその後30年ほど続きました。

しかし、このパックス・アメリカーナは、米国自身にとっても維持が非常にしんどいものでした。国内からは「なぜ名前も聞いたことがない国に我が国の兵士を送り、死なせなければならないのか」という批判と同時に「ヨーロッパや日本、韓国などは、相応の経済力があるにもかかわらず、真面目に防衛努力もせず、米国にタダ乗りしている」という議論もくすぶり続けていました。



転換点となったのは2010年代です。「米国は世界の警察官を無理してやることもないんじゃないか」という雰囲気が漂いはじめ、実際にオバマ大統領が「米国は世界の警察官ではない」と明言した。そうした流れのなかでトランプ大統領が登場し、いよいよ、世界の警察官から本格的に撤退する姿勢を見せはじめました。

世界が動揺するなかでバイデン政権が誕生し、バイデン大統領自身はおそらくは世界的なコミットメントに積極的ではなかったものの、この戦争に関しては何とか踏みとどまってウクライナを支援しました。そうしたなかで、第2期トランプ政権がはじまり、いよいよ「他国の支援もしたくない」「ヨーロッパの防衛は自分たちでやれ」と強く主張するようになりました。

この戦争がもたらした最大の効果の一つは、米国が国際秩序から手を引く速度をさらに加速させたことにあるのではないかと思います。米国はむしろ、南北アメリカ大陸の要所を支配下に置き、体制を作るという方針に傾きつつあります。そしてこれは、ロシアにとってはきわめて都合のいい振る舞いです。「ユーラシアの管理は我々に任せ、南北アメリカはあなた方の好きにしてください。南のほうは中国とインドに任せればよい」と。こう考えると、この戦争は米国とロシアの間で、何か大きな秩序構想の響き合いのようなものができてしまった側面があるとも言えます。

この戦争だけでこうした構図ができ上がったとは言い切れませんが、大国間が互いに縄張りを認め合うような「大国秩序への回帰」が加速してしまったと言えます。その結果、より直接的な変化を迫られたのがヨーロッパです。彼らは「もう米国の庇護のもとに留まっているわけにはいかない」という自覚を持たざるを得なくなりました。

ウクライナ戦争は今後も長期化するだろうと見ています。ロシアもウクライナも、それぞれに戦争をやめる動機がいまのところありませんし、いますぐ戦争が遂行不可能になるような状況でもないからです。


前線に目を向けると、ロシアが依然としてじわじわと前進してはいるものの、それほど著しく進撃できているわけではありません。対してウクライナも逆襲に転じる局面はありますが、ロシア軍を完全に叩き出せるほどの決定打にはなってはいません。つまり、軍事的には決着がつきにくい状況にあります。

この構図はイラン情勢にも似ています。イランとイスラエルの間でも、双方が戦争を継続できなくなるという段階までは追い込まれていません。なによりイランは、約160万平方キロメートルという非常に広大な国土を持つ大国です。その大部分が山地で、その地下にトンネルを掘ってミサイルなどを隠しています。これほどの作戦能力を外部から強制的に奪い、停止させることは、米国の軍事力でも非常に困難です。

唯一できる方法があるとすれば、米国が地上軍を送り込むことですが、現時点でそこまでするつもりがあるのかどうかはわかりません。そうなると軍事的な解決はここでも非常に難しく、この先は政治的な落としどころを探れるかどうかにかかってきます。(続く)

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PROFILE

小泉 悠(こいずみ・ゆう)


東京大学先端科学技術研究センター(国際安全保障構想分野)准教授


1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO RAN)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現職。専門はロシアの軍事・安全保障。著書に『「帝国」ロシアの地政学──「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版、2019年、サントリー学芸賞受賞)、『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書、2021年)、『ロシア点描』(PHP 研究所、2022年)、『ウクライナ戦争』(ちくま新書、2022年)、『オホーツク核要塞』(朝日新書、2024年)他多数。

〈聞き手〉


佐藤 友香(さとう・ゆか)


「クーリエ・ジャポン」キャスター兼編集者。
早稲田大学法学部卒業後、伊藤忠商事にてロンドン駐在を含む事業投資業務に従事。その後キャスターへ転身し、NHK宮崎、TBS NEWS、日経CNBC等で活動。上場企業200社以上の社長インタビューを経験する。現在は、SBIネオメディアホールディングスにおける新しいメディア構築にも携わる。メディア業界において、ビジネス実務と表現者の両面から挑戦中。

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