台湾の鍾乳洞の奥地で新発見された「旧日本兵の生々しい“落書き”」を見てきた 切羽詰まった“最後の叫び”とは?

近年発見された台湾・高雄の鍾乳洞の中にある「石川」「野元」という日本人兵士のものとおぼしき「落書き」(2019年、松田義人撮影)

太平洋戦争末期、台湾屈指の空襲を受けた高雄に残る「猩猩洞」

 台湾全土の中でも特に親日的な感情を持つ人が多いと言われる南部の大都市・高雄は、日本統治時代に「南進政策」の重要拠点となり、軍港や軍事関連施設の重要機関が集中して建設されたエリアです。

 その高雄市に隣接する寿山(柴山とも)の中に、2020年代に一般公開された4つの鍾乳洞があります。このうちの一つ「猩猩洞(Orangutan Cave)」という鍾乳洞の中には、旧日本兵による「落書き」が生々しく遺っていました。

「鍾乳石や石筍(せきじゅん)が、ゴリラやオランウータンに似ている」とされ名付けられたこの鍾乳洞は、近年まで自然の地質や生態系を保護するため、立ち入りが厳しく制限されていました。しかし2020年代より規制が緩和され、寿山の管理当局に事前申請をし、資格を持つガイドが同行することで一般人でも入ることができるようになりました。

 この「猩猩洞」が公開されたことで同時に発見されたのが、鍾乳洞内の壁に掘られた旧日本兵たちによる「落書き」です。

 日本統治時代の高雄は軍事関連施設が数多くあったことから、1944年から1945年にかけて米軍からの大規模な空襲を受けることにもなりました。その爆弾の数は約2500トン以上とも言われ、高雄エリア全体で死者1600名以上を出し、軍事関連施設だけでなく、多くの家屋が全半壊しました。

 この被害から逃れるため、高雄エリアには防空壕などが急ピッチで掘られたことも知られていますが、一部の人たちが防空壕代わりに使ったのが、この「猩猩洞」をはじめとする鍾乳洞でもあったようです。

草むらの向こうに鍾乳洞の小さな入り口が

 今回「猩猩洞」を案内してくれたのは、台湾の学⽣向けの社会科⾒学などを企画引率し、⼀般に対しては歴史的遺構を案内する活動をする寿山・洞窟保護員の孟憲徳さんです。元中華民国軍人でもある孟さんは体力があり、こういった自然・歴史散策にとてもアクティブです。

「鍾乳洞まではそんなに遠くはないですよ」と流暢な日本語を話しながら、寿山をどんどん登っていきます。その寿山の中腹に差し掛かった草むらの向こうに小さな穴が見えてきました。ここが近年、規制が緩和された「猩猩洞」です。

追い詰められた日本兵が自らを鼓舞するために書いた「祝皇軍」「連戦連勝」の文字

 孟さんはここでヘルメットを被り、鍾乳洞の中へ案内してくれました。寿山自体がサンゴ礁の隆起によって形成される石灰岩の山であり、「猩猩洞」もまた、ウネウネとした自然美あふれる洞内です。洞内は実に涼しく快適で、夏場はとにかく暑い高雄の外部とのギャップに感動を覚えるほどです。

 しかし、孟さんは「この鍾乳洞の興味深さはこれだけじゃない」と、さらに奥へと進んでいきます。鍾乳洞の入り口の穴から50mほど進んだところの一番奥の壁に辿り着くと、孟さんはペンライトで壁を照らしました。そこには無数の日本人、韓国人(韓国藩兵)とおぼしき名前がありました。

 その中には「祝皇軍」「連戦連勝」といった文字もあります。「戦後、誰かが書いた落書きではないか」と見ることもできますが、前述の通りこの鍾乳洞は近年まで厳しく制限・管理されていて、今も自由に行き来できるところではありません。

 そんな経緯から、これらの落書きは80年以上前に書かれたものだとされ、これもまた前述の「⾼雄⼤空襲」が起きた1944年から1945年の時代とも合致しています。

 ちなみに、台湾は日本と全く同じ漢字・言葉を使うことはありますが、ここで書かれた「連戦連勝」という言葉は、終戦後(日本統治が終わった後)の台湾では使わない言葉だと、孟さんは言います。

 つまり、この落書きを書いたのは当時の日本兵たちであり、「高雄大空襲」で追い詰められた日本兵たちがこの洞窟に逃げ込み、切羽詰まって、あるいは死を覚悟し、自分の名を遺すべく書いた「落書き」だったことがうかがえます。

まだまだ他にもある「高雄の知られざる歴史遺構」

 元中華民国軍人でもある孟さんは、当時の日本兵たちの心情に寄り添い、「追い詰められ、この鍾乳洞の中で、自分の名や日本軍への忠誠心を最期まで残そうとした彼らの気持ちを想像すると、とても切なくなる」と話します。同時に、こういった日本人が遺した遺構や、日本兵たちによる痕跡を「目に見える歴史」「体験できる歴史」として未来にも継承していくべきだとも言い、そんな思いもガイド活動を行う源だと語っています。

 どの時代、どの国でも「軍の施設」は、当然一般には知らされないものが多くあります。日本統治時代、台湾屈指の軍事拠点だった高雄もまた、誰にも知られることなく今日に至っている遺構がまだまだ多くありそうです。孟さんは日本語堪能でもあることから、日本人向けにも「高雄の知られざる歴史遺構」を案内しています。

もし見学・体験を希望される方はKKdayのようなチケッティングサイトか、筆者のSNSなどでアポイントを取ることをおすすめします。

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