「No one left behind」という言葉を知っているだろうか。
誰も置き去りにしない——もともとは軍隊の言葉だ。
戦場で負傷した仲間を必ず連れ帰る、捕虜になった兵士を取り戻すために手を尽くす。米軍の正式なルールに書かれているわけではないが、部隊の文化として深く根づいている。仲間が自分を絶対に見捨てないと知っていること。それが戦場に向かう兵士を支える。
この言葉はいま、まったく別の場所でも使われている。2015年に国連で採択された持続可能な開発目標(SDGs)は、「誰一人取り残さない(leave no one behind)」を基本理念に掲げている。
なぜ急にこんな話をするかというと、今シーズン、私はこの言葉のことをずっと考えているからだ。
◆才能はあるのに、勝てない。
私はいま、ニュージーランドのオークランドで、ラグビー・リーグ(13人制)のクラブでプレーしている。実質的に、NRLニュージーランド唯一のチームであるウォーリアーズの選手供給源として機能し、ウォーリアーズの下部組織でプレーするような選手が何人もいる。
(※詳細は以前記載した【ラグビーと暮らす NZ編/Vol.2】所属チーム探しで、本場の洗礼。Fox Memorialへの参加と崩れた「アジアの自信」にあり)
つまり、才能は揃っている。それなのに、私たちは勝てていない。最後の最後に負けるような僅差のゲームを何度も落とし、リーグ下位に沈んでいる。
「Most talented squad, but losing team」という言い方がある。最も才能のある集団でありながら、勝てないチーム。今の私たちは、まさにそれだと思う。
何が足りないのか。しばらく考えて、ひとつの答えにたどり着いた。このチームには、支え合うカルチャーがない。
◆お互いをケアしない文化。
例えば、Bチームでの練習の中で。スタメン13人がアタック、残りのメンバーがディフェンスの的になり、アタックの相手を務めるとき。残りのメンバーは、アタック側のために必死にディフェンスをする。
途中で、試合時の選手交代を考え、スタメンの数人と入れ替える。そんなとき、もともとスタメン側にいてディフェンス側に回った選手は、ディフェンスをせず、ゴールラインで傍観している。
そして、コーチはそれに関して何も言わない。
リザーブがディフェンス練習を手伝っても、スタメンから礼の一言もない。
ずーっと練習に来ていたのに、試合メンバーから外されたとき。前節何トライもするなど絶好のパフォーマンスをしたのに、ウォーリアーズから選手が降りてくるなどの影響で試合メンバーから外れたとき。
そういった選手たちに、コーチが声をかけることもない。
練習後のグラウンド、クラブハウスで一杯飲もうぜ、ちょっと飯食おうぜみたいなカルチャーはなく、皆すぐに帰る
怪我などで試合メンバーや練習メンバーに不足が出たとき、控え選手にプレーする機会を与えるのではなく、コーチが代わりにプレーをしてしまう。「勝つために良い選手を選ぶ」という名目で。
「良い選手」というのは極めて主観的であるのにも関わらず。
サイドラインでは、「あれよくないよね」と選手達が愚痴をこぼしている。でもその愚痴をこぼしている選手同士、名前を知らないこともある。
チームを支える人たちにとってもそう。試合の映像をとってくれた人に対する感謝もほとんどない。試合映像をとってくれたことに関する待遇改善をするといいつつ、具体的な行動は起こされない。
フィールド外で一緒に過ごそうという気持ちも起きない。考えてみれば、たくさんの選手で試合後飲むことも、練習後ダラダラ一緒に話したりすることも少ない。練習や試合以外で遊びに行くこともない。お互いをケアすることがない。
こうなると、チームに愛着を持つ選手が減っていく。試合に出られないとき、少しタフな状況に置かれたとき、人はそのチームに来なくなる。ここが自分の居場所だと思えていないから、足が遠のく。
仲間のために貢献したいという気持ちも、良いプレーがしたいという気持ちも、薄れていく。すると、日々の練習に真剣に取り組む理由も、食事を管理する理由もなくなる。地道な努力を支えていたものが、いつの間にか消えている。
ニュージーランドでは特に、気に入らないことがあれば練習に来なくなり、すぐ他のチームに移っていく選手が珍しくない。移籍のハードルが低い分、この傾向はさらに加速する。
◆チームを去った選手の言葉。
実際、シーズン途中でチームを離れた選手が何人もいる。その中の1人に話を聞いた。練習きてくれないかなという期待も込めて。
すべての練習に出ていたのに、続けて試合に選ばれなかった。代わりに選ばれたのは、ほとんど練習に来ていない選手だった。時間と労力を注ぎ込んで、出番はゼロか、あってもわずか。もう疲れた、と彼は言った。
実際の会話の一部。このほかにも選手選考が主観的でコーチの好みで選んでいるなど、様々な問題点を挙げていた。実際私自身も、ハイボールキャッチを3度続けて落とした選手がずっとスタメンで、すべてキャッチした自分がリザーブである理由を聞きに行ったこともある。客観的な理由は得られなかった
人としては悪くない、ただマネジメントとしては違う。そういう言い方だった。トップチーム(Aチーム)もリザーブチーム(Bチーム)も勝てていないのは、そこに理由があるのではないか、とも。
彼はチームを離れ、その時間を別のことに使うことにした。自分の時間を無駄にしている気がしたから、と。
最後に、こう書いてきた。「俺たちは、このコンペティションで最も才能があって、最も勝てないクラブだ」。
◆試合メンバーだけでは戦えない競技。
ラグビーは、試合に出るメンバーだけで戦う競技ではない。ユニオンなら23人、リーグなら17人。だが、その17人を作るのは、それ以外の全員だ。
ディフェンスの相手をする選手がいなければ、アタックの練習は成立しない。コンタクトを受ける選手がいなければ、ブレイクダウンの練習はできない。スコッドに厚みがなければ、練習そのものが成り立たない。そして選手がそのチームに年数をかけて定着するほど、連携のレベルなども上がり、成熟していく。
日本のある大学チームが、かつてこの罠にはまっていた。160人規模の部員を抱えながら、Aチームで起用されるのは春から固定された30人から40人前後。競争は生まれず、サポート側も育たない。肝心なところで勝てない時期が続いた。
監督が代わり、方針が変わった。春のシーズンから、可能な限り多くの選手を起用した。Aチームレベルの経験を持つ選手を増やしていった。「全員を見ている」という姿勢を、起用という形で示した。
結果として健全な競争が生まれ、数年後に日本一に届いた。私はあくまで外部の人間なので、内情のすべてを知っているわけではない。ただ、その監督が書いた本にも、同じようなことが書かれていた。
◆支え合いが先、競争があと。
なぜそうなるのか。
支え合う関係があれば、選手は練習に来る。自主性に委ねすぎると、「今日は気分が乗らないから」という欠席が普通に起きる。だが、自分がいないと誰かが困ると知っていれば、人は来る。
それだけではない。練習に来るのが当たり前の環境であっても、支え合う関係があると、そこからさらに循環が生まれる。
少し早めにグラウンドに着くようになる。空いた時間で自主練をやろうと思う。練習が終わっても残って、もう少しだけボールを触る。クラブハウスが汚れていれば、片づけようという気が起きる。誰かに言われたからではなく、この場所に何かを返したいと思うからだ。
来れば、練習の質が上がる。質が上がれば、層が厚くなる。層が厚くなって初めて、競争が生まれる。
今のチームには、その最初の一歩がない。
試合前のロッカールームの様子
試合後のクラブハウスの様子。50-60人選手はいるが、試合後に集まるのはいつも10人前後
◆置いていかない、ということ。
前職時、海外オフィスで海外のプロジェクトに携わっていた頃、ずっと気にかけていたことがある。ジュニアのメンバー、初めてプロジェクトに入る後輩を、どう気にかけるか。
辛そうにしている後輩に、少し言葉をかける。それだけのことだった。
成果のためにやっていたわけではない。評価されるからでもない。ただ、目の前で誰かが取り残されているのが、放っておけなかった。泣きながら苦労を話してくれた者、助けを求めてくれた者もいた。
自分にも覚えがあったからだと思う。名古屋から東京に出てきたとき、どこか地方出身者の引け目のようなものがあった。海外に出てからは、英語が十分ではない中で、会話の輪の端に押しやられる感覚を何度も味わった。マイノリティであるとは、そういうことだった。
それでも、あのとき自分を気にかけてくれる人がいた。だから今度は、自分がその側に立ちたいと思った。
置いていかない。ただそれだけのことが、時間を置いて自分に返ってきた。
ケニアで、ベトナムで、インドネシアで、一緒に働いた仲間から、今も連絡が来る。何年も経って、国も職場も変わって、それでも連絡が来る。
あの頃の自分が何を積み上げていたのか、当時はわかっていなかった。
◆勝つためではない優しさ。
冒頭の「No one left behind」に戻る。
良いチームは自然と支え合う文化があると思う。全員を勘定に入れなければ成立しない競技という側面もあるし、練習や試合はキツイからこそ、支え合わないと乗り越えられないからかもしれない。
だが社会には、そういう前提がない。勝ち負けもなければ、順位表もない。誰かを置き去りにしたまま、回っていってしまう。それでも人が他者を気にかけるとしたら、それは勝つためではない。ただ、そうしたいからだ。
社会の優しさとは、たぶんそういうものだと思う。
このチームが終わったとき、連絡を取り合いたいと思える相手が、何人いるだろうか。おそらく、ほとんどいない。それは私だけの話ではないはずだ。
ただ、ひとつ引っかかっていることがある。
私はこのチームで、誰かを気にかけられているのだろうか。
美しいグラウンド。対戦相手の試合グラウンド。ニュージーランドの多くのグラウンドがこんな感じ
【プロフィール】
おおたけ・かずき/Kazuki Otake
ニュージーランド、オークランド在住。1996年愛知県名古屋市生まれ。愛知県立明和高校、早稲田GWRC、University of Washington Husky Rugby Club、Seattle Rugby Club(共にアメリカ)、Kenya Homeboyz、Kenya Wolves(共にケニア)、St. Albert(カナダ)等を経て、ニュージーランド・オークランド1部のラグビーリーグチームでプレー中。13人制ラグビー日本代表副将(現在キャップ6)。早稲田大学、University of Washingtonを経て、外資系戦略コンサルティングファームの東京オフィス、ケニアオフィスなどに勤務したのち、独立。

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