村上春樹氏の新作『夏帆 The Tale of KAHO』。3年ぶりの新作を「文芸のプロ」はどう読んだか。
【写真で見る】村上春樹3年ぶり新作長編!紀伊國屋書店新宿本店の「発売解禁にあわせた販売イベント」の様子
中上健次から江藤淳、吉本隆明、阿久悠まで、数々の評伝を綴ってきた文芸評論家の高澤秀次氏が、「ネタバレ」は最小限度にとどめつつ、今回の「読みどころ」を解説する。
■女性単独の主人公は初めて
約3年ぶりとなる村上春樹の新作『夏帆 The Tale of KAHO』は、以前の記事(村上春樹新作「文芸のプロ」が読んだ驚く深い感想 『街とその不確かな壁』は“期待通りの傑作”か)でも取り上げた前作『街とその不確かな壁』や、前々作『騎士団長殺し』のような重厚な本格小説ではない。
ただし、喜寿を迎えた後期高齢者・村上春樹の健在を示すリーダブルな佳作には違いない。
本作の初出は、川上未映子とのコラボで2024年3月1日に早稲田大学大隈講堂で行われた「春のみみずく朗読会」で、作者が自ら朗読して発表された「夏帆」。その後、雑誌『新潮』2024年6月号に創刊120周年記念特大号の目玉として掲載され、以後3回にわたり断続的に連載された。
刊行にあたり作者は、計4回のシリーズに加筆修正して長篇の体裁を整えた。女性単独の主人公は初めてとの触れ込みであるが、問題はそこにはない。
重要なのは村上春樹が、この読者待望の新作で「ありくい」「シロアリ」という奇抜なキャラクターを、ヒロインとののっぴきならない関係で造形したことだ。
多くのハルキストは、おそらく四半世紀も前の旧作『かえるくん、東京を救う』(『神の子どもたちはみな踊る』に収録)を想起するに違いない。
ここで「かえるくん」は、東京の大地震を防ぐための「みみずくん」との闘いを前に、平凡な銀行員「片桐」の前に忽然と現れる。この作品は「阪神・淡路大震災後、3.11以前に書かれた」という意味で、象徴的な短編であった。
オウム真理教による地下鉄サリン事件に触発され、ノンフィクション『アンダーグラウンド』を書いた作家は、自然災害にも敏感に反応するセンサーを備えていた。
■「動物」たちの役割は?
今回の新作で、「ありくい」はヒロインに重大なミッションを課し、そこに見えない「ジャガー」や「シロアリ」が敵役として介在する。ただし、これらのキャラクターは、「かえるくん」VS.「みみずくん」の変奏ではあっても、本質的に意味は異なる。

WACOCA: People, Life, Style.