「今、目の前で語られていることは、果たして真実なのか――。」

 

韓国スリラーの真骨頂とも言える、息もつかせぬ心理ミステリー『白い車に乗った女』。

雪深い田舎町を舞台に、一台の車が運び込んだ「謎の女性」と「血まみれの事件」を巡り、物語は観る者の予想を鮮やかに裏切り続ける。

 

重層的なストーリーテリング、実力派俳優チョン・リョウォンと名バイプレーヤーとして知られるイ・ジョンウンの演技合戦が、「何が真実か」を何度も塗り替え、最後までスリリングな体験を味わわせてくれる。

 

本作は、コ・ヘジンの長編映画監督デビュー作で、2022年・第26回富川国際ファンタスティック映画祭ではコリアン・ファンタスティック俳優賞を受賞。ロンドン映画祭(BFI London Film Festival)など多くの映画祭に招待された話題作だ。

 

本稿では、このひねりの利いたスリラーの魅力をネタバレなしで紐解いてみたい。

 

目次:

 

韓国映画『白い車に乗った女』作品基本情報

作品名
白い車に乗った女(原題:하얀 차를 탄 여자 英題:The Woman in the White Car)

製作年 / 国
2022年 / 韓国

監督
コ・ヒギョン

脚本
チェ・ユンジン

出演
チョン・リョウォン、イ・ジョンウン、イ・フィジョン

ジャンル
ミステリー、スリラー

 

韓国映画『白い車に乗った女』あらすじ

(C)2025 SLL. & B.A. ENTERTAINMENT & BY4M STUDIO CO., Ltd.

雪深い山間の病院に、血まみれの女を乗せた白い車が滑り込む。

同乗していた女性ドギョンは「姉が暴力を振るう義兄を石で殴った」と証言するが、警察官ヒョンジュが調べを進めるうちに、ドギョンの言葉と食い違う事実が次々と浮き彫りになっていく。

病院に運ばれた女は誰なのか? 消えた義兄はどこへ行ったのか? 幾重にも塗り替えられる「真実」の果てに、驚愕の結末が待ち受ける。

 

韓国映画『白い車に乗った女』感想と評価

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雪が積もる山間の風景を空撮でとらえたオープニングから不穏な空気が漂っている。

谷(たに)沿いの道を一台の車が走り、ソルゥオン病院の前に止まると、飛び出して来た女性は裸足で、同乗していたもう一人の女性は大怪我を負っており、緊急手術が行われる。

 

地元の警察官であるヒョンジュ(イ・ジョンウン)と新人パートナーのヨンジェ(イ・フィジョン)は、連絡を受けて、病院に直行する。問題の2人はドギョン(チョン・リョウォン)とその姉と思われた。

ドギュンから聞き出した話によると、彼女が暮らす家に姉が「義理の兄」となる男を連れて来たことが事の発端らしい。男は姉に暴力を振るい始め、姉は両手を骨折させられた上、ナイフで刺されてしまう。ドギュンが助けに入り、三人がもみあっているうち、姉が夢中で振り下ろした石が義兄の頭を強打し、倒れた隙を見て逃げ出して来たという。

 

両手を骨折しているのにどうして重たい石を振り上げられたのかとヒョンジュが疑問を口にすると、ドギョンは急に目を泳がせ、しどろもどろになり、わからない、覚えていないなどと口走り始める。

後にヨンジェが調べたところ、ドギョンは数年前から心の病を発症しており、姉が仕事をやめて面倒を見ていたという。

 

ヒョンジュとヨンジェはドギュンから聞き出した住所を訪ねていくと、そこはこぎれいな集合住宅だった。首をかしげながら管理人に尋ねると、ドギョンではなく姉のミギョンの住居であることがわかる。

ところが病院に戻ると、手術を受けた患者はミギョンではなくまったく別人であることが判明。ミギョンはかつてこの病院の看護師だったので、看護師たちは皆、そのことに気付いていたのだ。では今、意識不明でベッドに横たわっている女性は誰なのか。実の姉は今、どこにいるのか。そして「義理の兄」はどこへ消えたのか。

 

なんとも魅惑的な導入部である。ここで提示される謎だけでも十分に面白いが、物語はここから二転三転する。誰かが口を開くたび、状況は塗り替えられ別の真相が立ち上がってくるのだ。

 

登場人物の誰もが「信頼できない語り手」であり、フラッシュバックで繰り返される「真実」のうち、何を信じたらいいのか、私たちは最後の最後まで翻弄され続けることになる。

 

主な舞台のひとつである山の奥深くにぽつんと佇む山小屋には、韓国スリラーらしい、暗く陰鬱な雰囲気が漂っている。

二転、三転する語りの中で、共通して出てくるものが「そうめん(ククス)」だ。韓国ではお祝いごとに欠かせない料理として知られているが、新しい「真相」が語られるたびに、その振る舞い方が違ってくるのが面白い。あるパターンでは、予想だにしなかった異様な形で登場し、「祝いの席」を不気味な瞬間に変えてしまう。

 

本作がひねりの利いたスリラーとして成功したのは、こうしたディテールの積み重ねやストーリーテリングの緻密な構成が大きな要因だが、俳優たちの素晴らしい演技と存在感によるところも大きい。

 

事件のキーマンであるドギュン役のチョン・リュウォンは、おびえたようにいつも大きく目を開きながら、精神的に不安定なキャラクターを見事に表現している。回想シーンのたびに、違った顔を見せるドギュン。果たしてどの姿が本当の姿なのか、観る者を惑わせる難しい役柄を果敢に演じている。

 

警察官役のイ・ジョンウンの姿を見て、コーエン兄弟の傑作『ファーゴ』のフランシス・マクドーマンドを想起した方も多いのではないか。雪深い田舎町で地道な調査を堅実に続ける姿がだぶって見える。男性を部下に持つベテラン警官であることも共通している。

だが、イ・ジョンウンの警官役といえば、なんといってもNetflixドラマ『誰もいない森の奥で木は音もなく倒れる』のユン・ボミ役だろう。新任署長として赴任して来た彼女は、見た目は冷静で愛想もよくないが、苦悩して自分を責める人々に対して「あなたのせいではない」と言葉をかけるような人物だった。

『誰もいない森の奥で木は音もなく倒れる』レビューはこちら☟

www.chorioka.com

 

本作のヒョンジュは、自身も家庭内暴力を振るう父親に人生の大半を振り回されて生きて来たという苦悩を抱えている。世の中には何をいっても改まらない「悪」があり、とりわけ家庭内の暴力は外には見えにくいことを彼女はよく知っている。傷ついた人に寄り添おうとする彼女は、事件を通して、自分自身の人生についても深く省察し始める。

全編不穏なムードに包まれた作品であるにも関わらず、思いがけない後味の良さを生むのはヒョンジュを演じたイ・ジョンウンの、あの深く慈悲深い眼差しがあるゆえだろう。

 

ジャンル映画としての面白さと人間ドラマが絶妙なタッチで共存している本作は、誰かに書かされたシナリオを破り捨て、自らの手で人生を切り開こうとする人々への暖かなエールでもあるのだ。

 

誰が嘘をつき、誰が真実を語っていたのか。その答え合わせが終わったとき、もう一度最初からこの物語を見直したくなるだろう。タイトルに込められた本当の意味を噛み締めながら、ぜひその目で見届けてほしい。

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