目に映るもの、出会う人、そして日々の生活……海外から新潟にやってきた人たちは、今、この街でどんなことを思い、感じているのでしょう。新シリーズ『New Eyes Niigata』では、海外出身の皆さんが歩んできたこれまでの人生の物語を振り返りながら、彼らが「新潟」という新しい環境で見つけた、小さな発見や気づきをお伝えしていきます。

 

第7回目は、イタリア・サボナ出身のエレナさんです。三条で110年続く洋品店を継ぎながら、自分たちのありのままを大切にする生き方「chinoライフ」を体現されています。日本の小説を入り口に日本語と出会い、縁あって三条の地へ。異国で歴史ある家業を背負う日々のなかで、いかにして自由な生き方を獲得していったのでしょうか。エレナさんが模索の末に辿り着いた、心と体が喜ぶ暮らしのヒントをうかがってきました。

 

 

企画/プロデュース・北澤凌|Ryo Kitazawa
イラスト・桐生桃子|Momoko Kiryu

 

好きな小説がきっかけで学びはじめた日本語と、三条で見つけた「職人文化」の共通点。

――エレナさんが、日本に興味を持った最初のきっかけって何だったんですか?

エレナさん:高校時代に、西洋文化のルーツを学ぶ学校に通っていて、ラテン語や古代ギリシャ語を学んでいたんです。それから次第に、現代で話されている言語にも挑戦してみたいと考えるようになって。いろいろ検討するなかで、大好きだった吉本ばななさんや、村上春樹さんの小説がきっかけで日本語に興味を持ちました。

 

――小説が入り口だったんですね。

エレナさん:そうなんです。高校卒業後は、ヴェネツィアの大学で、日本語や日本文化についての勉強漬けの生活を送りました。日本の小説って、未来の話から突然過去に戻る「フラッシュバック」という書き方が特徴的で、ヨーロッパの文学とは全然違うんです。俳句のように、少ない言葉で意味を持たせる表現にも惹かれましたね。勉強するうちに「ネイティブのように話せるようになりたい」と思うようになって、卒業後は絶対に日本で仕事をしようと決めていました。

 

――日本の中でも、三条を選んだ決め手は?

エレナさん:夫との出会いですね。大学生のころに出会って、在学中に結婚をしました。卒業後は夫の地元である三条へ移住したいと言ったんですが、建築の仕事をしていた夫は「三条ではキャリアを積むのが難しい」と反対していました。でも、私は三条が「子育てがしやすい町」だと確信していたので、絶対に暮らしたいと伝え続けて折れてもらいました。プロポーズも私からだったんですよ(笑)

 

 

――移住前から、どうして「三条は子育てしやすい」と感じていたんでしょうか?

エレナさん:在学中に何度か三条へ遊びに来ていたんですが、あるときスーパーで子ども連れの若い夫婦をたくさん見かけて「ここは絶対に住みやすい場所なんだ」と確信しました。

 

――若い人が子育てできる環境があったからなんですね。

エレナさん:あと、道路にライトが少ないことにも驚きました。イタリアでは防犯のために、どんな小さな道でも必ずライトアップされます。三条では、暗くなっても子どもたちが自由に出歩いている姿を見て、「なんて安全なんだろう」と思いました。

 

――イタリアと似ていると感じる部分はありますか?

エレナさん:いちばんは職人文化ですね。イタリアもモノづくりが盛んですが、三条の職人さんたちが持つ熱心さや、命がけでディテールにこだわる真摯な姿勢は、本当によく似ていると思います。

 

――三条はまさに「職人の町」と言われていますね。

エレナさん:金物といっても、包丁やカトラリーだけじゃなく、鍋やフライパン、農機具まで何でも揃っているじゃないですか。イタリアのフィレンツェなら革製品や紙づくりというように、ひとつの町にはメインの製品があるのが普通ですが、三条はあらゆる分野の技術とアイデアが詰まっている。本当に素晴らしいことだと思います。

 

ありのままの生き方を求めて行き着いた「chino ライフ」というスタイルとは。

――三条へ来たばかりの頃のことで、なにか印象に残っている出来事はありますか?

エレナさん:2010年末に移住してきて、翌年に東日本大震災が起きました。大使館からは「ジェットを出すから帰国しなさい」と連絡が来て、親からも日本にいることを猛反対されました。でも、住むと決めたばかりなのに、すぐに帰るなんて自分の中ではあり得ませんでした。当時はまだ日本語も不安でしたが、だからこそ、地域の人たちの話を一生懸命に聞いて、このコミュニティに早く入り込もうと必死でしたね。

 

 

――ご主人のご実家は100年以上続く洋品店なんですよね。エレナさんもお店の仕事を覚えていくのは、すごく苦労されたんじゃないですか。

エレナさん:そうですね。この店は座布団づくりからはじまって、時代に合わせて軍服や、婦人服、学生服とかたちを変えてきました。私が来た当時は、ご年配向けの婦人服や、小学校から高校までの制服、体操着をメインに扱っていました。でも、接客の仕方がまったくわからない状態だったので、とにかくお義母さんの電話のかけ方や返事の仕方をよく観察して、モノマネすることからはじめました。

 

――言葉も文化も違う中で、いきなり歴史ある家業を背負うなんて……。相当なプレッシャーがあったはずです。

エレナさん:その上、引っ越してすぐに義父が倒れてしまって、店を守りながら看病もする、大変な日々でした。そんな中で、初めて授かった子どもを流産してしまったんです。イタリアで私を育ててくれたおばあちゃんも亡くなって……。あのときは、本当にどん底のように辛かったです。でも、それらの出来事があったからこそ、「もっと身体と心を労わろう」と、それまで以上に自然な生き方へ意識が向いていきました。

 

――「自然な生き方」というのは、具体的にどんな生き方なんでしょうか。

エレナさん:「自分たちのありのままを大切にする」生き方のことで、当時の環境とはどうしても合わなくなってしまったんです。長女を出産したあと、茨城県の八郷地区という集落で3年間、自給自足の生活を送りました。そこは有機栽培の聖地で、初めて手植えの田植えを体験したんですが、その暮らしに完全に恋に落ちてしまって(笑)。三条へ帰ったあと、八郷での経験を落とし込んだ「chinoライフ」というスタイルをはじめました。

 

――「chinoライフ」はどんなふうにお店に現れていますか?

エレナさん:裏表なく、自分たちの暮らしが見えるようにしています。草木染め手織りの衣類やオーガニックの量り売り食品、環境に優しい日用品……、私たち「chinoファミリー」が普段から実際に使っているものを並べています。ただモノを売るだけではなくて、皆さんの体と心を整えるための商品やサービスを提供する、そんな場所にしたいんですよね。

 

 

――お店にはいろいろな調味料や食べ物があるようですが、どんなこだわりがあるのでしょうか。

エレナさん:その時々で、自分たちが良いと思った方法で作ることを大切にしています。ナチュラルな素材を使い、天然の仕込みでできている食品を、なるべく皆さんが手に入れやすい価格で選んでいるんです。あとはやっぱり、日々の食事が楽しくなるように「とにかく美味しい」ということもすごく大事にしていますね。

 

 

エレナさん:店の一角には、私たちがイチから育てたものを並べています。このガラス瓶に入っているのは、「はざかけ」にした3種類のお米や、イタリアの古代麦です。日本のスーパーはプラスチック包装が多いですが、うちはゴミを出さない「量り売り」のスタイルにこだわっていて。自分たちで工夫して形にするのが、私たちのスタイルですね。

 

――ひとつの枠にとらわれず、常にそのときの最善を取っているんですね。

エレナさん:私たちは店や農作業、ツアーガイドや語学の先生もやります。それは、いくつもの職業を持っていた「百姓」の生き方に近いと思っています。枠を絞らず、自分の心が喜ぶことをかたちにする。それが自分らしく自由に生きることだと思うんです。

 

――それでは最後に、これからの目標について教えてください。

エレナさん:2026年に、農地と空き家を活用して「三条ナチュラル研究所」をオープンする予定です。自給自足に興味がある人たちに、私たちが20年間で身につけた知恵をすべて教えたいんです。

 

 

――具体的にはどのようなサポートを考えていらっしゃるんですか?

エレナさん:「自分でお米を作りたい」と思っても、いちから機械を揃えて準備するのは本当に大変じゃないですか。だから、田植えの前の段階まではこちらで準備して、そこからやってもらうんです。すべて自分でやりたい人や田植えだけやりたい人の、希望に合わせて段階的にサポートしたいです。

 

――自分のペースに合わせて実践できるんですね。

エレナさん:他にも、薪ストーブのある生活や自宅出産に興味がある人のロールモデルになれたら嬉しいです。本当の自分と向き合って輝きたいという人たちに向けて、今後はいろいろな勉強会やワークショップも開いていきたいと思っています。「自分のありのまま」の生活をしたい人たちを、これからもサポートしていきたいですね。

 

※最新の情報や正確な位置情報等は公式のHPやSNS等からご確認ください。なお掲載から期間が空いた店舗等は移転・閉店の場合があります。また記事は諸事情により予告なく掲載を終了する場合もございます。予めご了承ください。

WACOCA: People, Life, Style.