広尾晃の野球ビジネスモデル考察
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2026.4.20(月)
4月5日、ナショナルズ戦に先発登板した佐々木朗希(写真:AP/アフロ)
MLBに移籍して2年目を迎える佐々木朗希だが、今シーズンも厳しい状況が続いている。なぜ佐々木は、チームメイトの大谷翔平や山本由伸のように、華々しい成績を上げることができないのか、今回はそのことについて考えたい。
高校時代に163キロ
佐々木朗希の名前がメディアに上るようになったのは大船渡高3年の2019年4月のことだ。高校日本代表候補による研修合宿の紅白戦で、非公式ながら「163km/h」を記録したのだ。
これは、大谷翔平が保持していた「160km/h」の高校記録を上回っていた。佐々木は「第2の大谷翔平」として大きな注目を集めることになる。
筆者は、この時期、神奈川県川崎市にできたスポーツクリニックに取材に赴いた。診察室前で待っていると中から見上げるような長身の高校野球選手が出てきた。佐々木だった。
彼は大船渡高の國保陽平監督(当時)に連れられ、スポーツドクターの診察を受けていたのだ。ドクターは「今は何も話せない」と語った。しかしこのあと國保監督は「佐々木はまだ骨端線が閉じていない。年齢よりも骨が若く、成長途上にあるため、無理をさせると故障する恐れがあると医師から告げられた」とメディアに話した。
この年夏の岩手県大会では、佐々木は2回戦・遠野緑峰戦で2回零封、3回戦・一戸戦では6回完投零封、4回戦・盛岡四戦では延長12回を投げて自責点2。準々決勝の久慈戦は登板せず、準決勝の一関工戦は9回完封したが、翌日の花巻東との決勝戦はひじの負担を考慮して欠場した。
高校野球夏の岩手大会準決勝で、一関工を完封し、決勝進出を決めた大船渡高校時代の佐々木朗希(写真:共同通信社)
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決勝で大船渡は花巻東に2対12で敗れ、甲子園出場はならなかった。佐々木を登板させなかったことで、國保監督は地元の批判を浴びて、のちに監督を辞任することになった。
この年9月に韓国で行われた「U18ワールドカップ」には、佐々木は日本代表の一員として参加、宮城大弥(現オリックス)、奥川恭伸(現ヤクルト)ら同世代の選手とチームメイトになったが、登板は1イニングだけだった。

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