今から100年前、1人当たりGDPで世界5位に位置したアルゼンチンは、今や75位と低迷している。しかし、度重なるデフォルトやインフレに見舞われながらもアルゼンチン人は不思議なほど穏やかに生きている。経済的な豊かさを失う一方で、取り戻すものもある。連載『美しき衰退』最終回では、アルゼンチンで見た、衰退の中に立ち現れる、もう一つの豊かさについて考えたい。(ノンフィクションライター 泉秀一)



「不満と不幸は別の話」

衰退国家アルゼンチンが不幸ではない理由

 アルゼンチンの首都、ブエノスアイレスをたつ飛行機が離陸すると、眼下に広がる街の明かりが徐々に遠ざかっていった。


 ブラジルのサンパウロ、さらにトルコのイスタンブールを経由して時差12時間の地球の反対側へ。南米から日本に帰るには、実に30時間以上もの移動を迫られる。


 長旅を覚悟しながら飛行機に乗り込んでシートベルトを締め、ブエノスアイレスでの出来事を思い出していた。


電車に乗ると突如歌いだすミュージシャンに遭遇した。電車に乗ると突如歌いだすミュージシャンに遭遇した。 Photo by Hidekazu Izumi


 郊外の貧困地区、高級住宅街のすぐ隣に広がるスラム、公立学校の劣化による教育格差……。こうした現実を見れば、アルゼンチンの経済は決して好調とはいえない。


 かつては世界5位だった1人当たりGDP(国内総生産)は75位にまで後退し、国民の4割以上が貧困ライン以下で暮らす。通貨は何度もデフォルトを繰り返してきた。


 それなのに、頭の中に残っているのは、絶望した人々の顔ではなかった。


「木曜日の夜、友人たちと集まります。よかったら来ませんか」


 誘ってくれたのはタマシロ・ゴンザロさん、通称タマちゃんだ。アルゼンチン生まれの日系3世で、弁護士をしながら通訳の仕事もしている。本連載を通じて、ずっと通訳として同行してくれた人物だ。


 学校や病院への取材はもちろん、ビジャ31のスラム街にも気さくについてきてくれた。彼が初めて「プライベートな場」に招いてくれた。集合時刻を確認すると、夜の10時だという。


「えっ、遅くない?」


「いや、アルゼンチンではこれくらいから集まるのが普通だよ」


 アルゼンチンの人たちの夜は遅い。夕食自体が9時、10時から始まることも珍しくなく、金曜の夜ともなれば深夜2時、3時まで続くのが当たり前だ。大切な人と過ごす時間を最優先にするという感覚が、生活のリズムに組み込まれているのだろう。


 集まったのは、タマちゃんの剣道仲間だというアルゼンチン人たちだった。20代から60代までの男女15人ほど。中には小学生くらいの子どもと一緒に来ている人もいる。職業も出身地もバラバラな面々が、「センセイ」と呼ばれる剣道の講師の自宅に集まっていた。


 しばらくすると、宅配のピザが届いた。大きな箱が幾つもも積み重なり、それをみんなで広げる。ビールやコーラを各自でグラスに注ぎ、乾杯らしい乾杯もなく、なんとなく食べ始める。特別なものは何もなく、会話を楽しんでいるうちに時計の針は深夜2時を指していた。


 会話が弾んできた頃、隣に座った40代の男性に声を掛けられた。


「日本人から見て、アルゼンチン人はどう見える?」


 正直に答えた。「みんな、楽しそうに見えます。経済的には大変なはずなのに」。


 男性はしばらく考えてから、逆に聞いてきた。「日本人は幸せですか?」


 答えに詰まると、彼は続けた。


「アルゼンチン人はよく文句を言う。政府が悪い、経済が悪い、何もかもが悪い。でも、だからといって不幸かといえば……どうだろうね」。彼はビールを一口飲んで、少し笑った。


「不満があるのと、不幸なのは、別の話だと思っている」


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