4月15日夜、京都府南丹市で当時小学校5年生の安達結希さんが行方不明になっていた事件で、養父・優季容疑者の逮捕が報じられると、Xのランキング上位5つを「遺体遺棄事件」「父親が関与ほのめかす供述」「やっぱり父親」「父親の逮捕状請求」「男児遺体 父親」が独占。
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その他でも「やっぱ父親」「やはり父親」というフレーズ違いが20位以内にあったほか、「結局父親」「とうとう出たね」などもランクインしていました。
さらに「本当に父親だけなのか」「母親もあやしい」「家族ぐるみでは」という臆測を広げるようなフレーズもランクインするなど最大の関心事となり続けています。
さらに同日、新潟県長岡署が、9日に見つかった身元不明の遺体が十日町市で行方不明だった中学3年生・樋口まりんさんであることを発表。
最寄り駅などの防犯カメラに姿が映っていなかったこと、1月末に行方がわからなくなってから長い時間が過ぎていたこと、まだ15歳の若さだったことなど、京都の事件と似たところがあったからか、ネット上には同じような臆測が多数書き込まれました。
■「他人の家庭事情」を語る傲慢さ
本人を悼み、家族を案じる声を上げながら、それだけで終われないのか、「ご冥福を」「いたたまれない」などのフレーズを免罪符にして、「寒い中外に行ったのはそういうことかと」「誰かに呼び出されたのではないか」「自分で川に身を投げたんだろう」「本当に転落したのかわからない」などの臆測が書き込まれ、違和感を覚えました。
京都と新潟、どちらの報道にも、なぜ「悲しすぎる」「やりきれない」などと嘆きながらも無遠慮な言葉を書き込んでしまうのか。ましてや「もっと詳細を明かすべき」「対応が遅すぎる」などと警察に迫るようなコメントも少なくありません。
そもそもどちらの事件も家庭内の問題が多分に含まれているだけに、なぜ被害者の身内ではない人々に詳細を知らせなければいけないのか。せめて警察の発表を待つことさえできないのか。いくつかの点で疑問を感じさせられます。
なかでもネット上に「やっぱり父親」と書く人の多さに怖さを感じさせられました。
「やっぱり」と書くからには、第一報から現在までの間に報じられている内容だけで養父が犯人とみなしていたのでしょうし、それをSNSや記事のコメント欄に書き込んでいた人も多そうです。

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