
インコの色鮮やかな羽根をあしらった頭飾りをかぶる生け贄にされた子どもの頭骨。その豪華な装飾品から、高貴な家の生まれだったと考えられる。(PHOTOGRAPH BY REBECCA HALE,NGM STAFF)
今から500年以上も前、南米ペルーに栄えたチムー王国で、269人もの少年や少女が殺された。神への生け贄とみられるが、その動機は今も謎に包まれている。
殺害された子どもが見つかったのは、ペルー北部の集落ウアンチャキトにあるごみが散らばる空き地からだった。地下浅くに掘られた墓に遺体はあった。
考古学専攻の2人の大学生が墓の両側で腹ばいになり、移植ごてを使って掘り始めた。最初に現れたのは、黒い髪の毛の付いた子どもの頭頂部だった。学生たちがブラシで砂を丹念に払い取っていくと、頭骨の残りの部分と粗い木綿の埋葬布から突き出た肩の骨が露出した。そして最後には、子どもの傍らで身をかがめる、金色の毛で覆われた小さなリャマの亡きがらが姿を現した。
ペルー国立トルヒーヨ大学の考古学教授ガブリエル・プリエトは墓をのぞき込むと、「95番」と言った。2011年にこの墓地の調査を始めて以来、彼は犠牲者の数を記録していて、これが95番目に出土した遺体だったのだ。プリエトたちの発掘調査により、最終的に、この墓地からは137人の子どもの遺体が見つかった。いずれも500年以上前の生け贄の儀式で命を奪われたとみられる。世界の歴史をひもといても、これほど多くの子どもが生け贄として殺されたのは前代未聞だろう。
「予想もしていなかった発見です」とプリエトは当惑した様子で言った。自らも子どもをもつ彼は、「ウアンチャキト=ラス・リャマス」と呼ばれる集団墓地から子どもたちの遺体が見つかるたびに、その意味を懸命に見つけようとするが、結局は見つけられずにいる。一体、どのような切迫した事情が引き金となって、多くの子どもたちを生け贄として殺したのだろうか?

ペルー北部の太平洋岸にある集団墓地で見つかった2人の子どもの遺体。15世紀半ば、チムー王国の都だったチャン・チャンの近くで、多くの子どもが生け贄として殺された。これまでに2カ所の集団墓地から269人の子どもの遺体が発見されている。彼らの多くが胸部を切り裂かれ、心臓を取り出されたようだ。(PHOTOGRAPH BY ROBERT CLARK
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