明治時代から、名古屋の発展を支え
高度経済成長期に市民の足として活躍した
名古屋市電1825号
解体危機にある車両保全にご支援を
かつて、名古屋の街並みの中を、路面電車が悠然と走る時代がありました。
名古屋駅前のロータリー、栄のテレビ塔、そして熱田神宮前――。高度経済成長という激動の時代にも、名古屋市電は市民の生活を支え、たくさんの人々と想いを乗せながら走り続けました。名古屋の街の情景には、いつも市電の姿が重なっていました。
そんな時代を駆け抜けた「市電1825号」。なごや市電車両保存会では、個人の方が所有するこの貴重な車両を、所有者の方と共に、8年に渡り見守り続けてきました。しかし今、この車両を取り巻く環境に変化があり、半世紀も守られてきた車両が、解体の危機に直面しています。
保存のためには車両の輸送が必要となり、移設先の土地確保はなんとか調整ができましたが、輸送のために多額の費用が必要で、私たちの力のみでは、保存の実現まであと一歩がどうしても届きません。
それでもなんとかして、かつて名古屋を駆けたこの車両の「歴史」と「想い」を未来へ繋ぎたい。
そんな思いから、どうか皆様にお力添えをいただきたく、クラウドファンディングへの挑戦を決意いたしました。
皆様の温かいご支援を何卒よろしくお願い申し上げます。


なごや市電車両保存会
代表 櫻井宏樹
私たちは、2018年に名古屋市中川区にて倉庫として利用されていた名古屋市電1913号の救出をはじめ、これまで3両の名古屋市電の整備・保存活動を行ってきました。
名古屋の市電は全線廃止から半世紀が経ち、名古屋に路面電車が走っていた事を知らない方も多くいらっしゃると思います。しかし長年、この市電を愛し、廃止から約50年もの間、大切に守り続けてきた方がいました。その方が守ってきた車両こそが1825号です。
この車両を解体の危機からの救い出し、未来へ繋ぎたい。そのためには新天地への移設が必要です。今回ご縁あって岐阜県岐阜市に保管場所をお譲りいただきました。これまで当保存会では1913号の輸送など、活動に掛かる費用を自己資金により賄ってきました。しかし、1825号の名古屋市から岐阜市までの輸送費や、土地の整備費用などを含めると総額が700万円を超え、自己資金だけでは到底足りるものではありません。
そこで今回、本プロジェクトに掛かる費用の一部を応援してくださる皆様からご支援いただくことで、約50年間大切にされてきた1825号を皆様と共に次の50年へ、未来へと繋いでいきたいと思います。皆様の温かいご支援・ご協力をどうぞよろしくお願いいたします。

東海道新幹線をバックに走る名古屋市電(笈瀬通電停付近)
名古屋の市電と1825号
名古屋の路面電車は、明治31年に日本で2番目の電気鉄道として開業しました。
戦後の高度経済成長期には市民の足として網の目のように路線網を広げていき、市民にとってなくてはならない存在でした。しかし昭和40年代になると自家用車の普及などにより市内の道路は慢性的な渋滞が発生し、市電もだんだんと思うように走れなくなっていきました。
昭和45年には名古屋市から市電を段階的に廃止をするという計画が打ち出され、昭和49年に残っていた全線が廃止となり、77年の長い歴史に幕を閉じました。


1825号は昭和29年に名古屋市熱田区の日本車輌にて製造されました。アメリカのPCCカーの技術を取り入れ、今では主流となったワンハンドルマスコンも装備するなど、従来の車両とは違う革新的な車両でした。車輪の内側に防振ゴムを採用したことで走行音が低減され、その静かさから「無音電車」と呼ばれました。 全車両が名古屋市中村区の稲葉地車庫に配置。 市電の花形路線である栄町線等で活躍し、稲葉地から名古屋駅前や栄、星ヶ丘までを走り、通勤・通学など市民の足として活躍しました。
昭和40年代に入るとマイカーの普及などにより徐々に路線網を縮小。それに伴い、市電全線廃止より一足早い昭和47年に1825号はその役目を終えました。
解体の中、引き取られた1825号
引退後多くの車両が解体され、魚の繁殖を促すための漁礁として利用された例もありました。1800型も例外ではなく、1825号を除く1821~1830号は愛知県 水産課へと引き取られ、渥美半島沖の海底へと設置されて魚の住処として利用されました。

漁礁にするため港で船積みされた名古屋市電3000型(金城ふ頭)
そんな中で唯一1825号は「市電を後世へ残したい」と尽力された個人オーナーの加藤 幹彦さんが名古屋市と交渉をして譲渡が決定。その際、加藤さんご自身が車庫へ出向き、その中で最も状態がよく、また整備がされたばかりであった事から1825号を選んだそうです。以来半世紀、加藤さんは自宅の庭にレールと枕木を敷き、我が子のように大切に手入れを続けてこられました。

加藤さんのご自宅へ搬入作業中の1825号
1825号は個人所有という事もあり基本的に非公開で、一部の鉄道ファンの間でのみその存在が知られていました。そんな1825号を一目見てみたいと思い、今から8年前の2018年に初めて当保存会のメンバーと共に見学をさせて頂きました。初の訪問にも関わらずオーナーの加藤さんは私たちを暖かく出迎えてくださいました。

保存会としての1825号の取り組み
1825号は台車やパンタグラフなど必要な部品が全て揃っている完璧な状態でした。車内も当時のままで、今にも走り出しそうな程の保存状態でした。 しかし、保存開始から50年余りが経ち、外装にはサビ等の傷みも見られました。そこで、私たちは加藤さんに「ぜひ車体の塗装修繕をさせてください」と申し出をしました。

当時の私は鉄道車両の修繕塗装の仕事をしており、ノウハウもあったことから、メンバーへの技術講習も行いながら作業を進めていきました。作業には保存会メンバーが休みの度に参加をしてくれて、サビを取り、パテを付けて塗装まで行いました。中には関東から新幹線に乗って駆け付けてくれたメンバーもいました。

その後、約半年をかけて修復作業を行い、現役当時のような姿に復元をすることができ、加藤さんにもとても喜んでいただけました。また完成後も車体の洗車や撥水コーティングなどを定期的に行い、「いつまでもきれいな姿を」と意気込み、メンバーのみんなで維持活動を行ってきました。
1825号に訪れた転機
ところが昨年末、転機が訪れました。加藤さんがご高齢になられたということもあり、長年連れ添った自宅や1825号と離れて暮らすことになりました。自宅を離れられた後も1825号の処遇について話し合いを進めてまいりましたが、1825号を所有する敷地を整理して更地にすることが決まり、車両を移動させられなければ、解体せざるを得なくなってしまいました。
これまで加藤さんが大切に守ってこられた1825号。
何としてもここで未来に繋ぐ歩みを止める訳にはいかない。その思いでこの数ヶ月間、メンバーと共に必死になって残す方法を模索してきました。
しかし輸送や場所の問題など、救出する為には様々な壁が立ちはだかりました。もう残す事は出来ないのか…。何度も最悪の結末が頭をよぎりましたが、その度にメンバーが「やれる所までやってみよう」と励ましの言葉をかけてくれました。その後、仮置きの場所を探していく中で、活動に理解のある方から移設先となる土地をお譲り頂けることとなりました。
残るは車両の輸送です。鉄道車両の輸送には専門的な知識・経験に加えて、道路を通行するための許可申請などが必要です。それらを含めると1825号を運ぶ為には約250万円が必要となります。(土地の整備費用などを含めると総費用は700万円にのぼります。)
しかし、これらを自己資金のみで賄うことは難しく、また移設へのタイムリミットが目前に迫っています。その事から、仲間と話し合いクラウドファンディングへの挑戦を決意しました。

プロジェクトの内容
1825号には時間が残されていません。このクラウドファンディングが達成出来なければ1825号は歩みを止め、解体されてしまい2度と見られなくなってしまいます。多くの人々の想いを乗せて走り続けてきた1825号を何としても守りたい です。
名古屋の歴史を、そして人の想いを、未来へ繋ぐために皆様のご支援・ご協力をよろしくお願いいたします。
プロジェクト内容(第一段階)
名古屋市千種区にて保存されている1825号を、鉄道車両の輸送実績が豊富にある専門業者様に依頼の上、岐阜県岐阜市の保管場所へと運びます。(本来であれば名古屋市電に所縁のある名古屋市内での移転が理想ではありますが、名古屋市内の土地は住宅が多く、整備のための十分なスペースも確保できない事から、活動に適した環境が整っている今回の場所が良いと判断しました。)
クラウドファンディング概要
◇資金使途:名古屋市電 1825号の輸送費用として活用
◇目標金額:250万円 ※移設のための総費用700万円の一部
◇期間:2026年5月17日(日) 23:00まで
◇形式:All or Nothing形式
※目標金額に1円でも届かなければご支援金は全てご返金となってしまいます。
車両の活用方法と今後の展望
今回、1825号の移設先として新たに岐阜県岐阜市にて土地をお譲り頂けることになりました。こちらで年に数回の活動報告会を実施し、皆様に実際に1825号を見て頂く機会を設けたいと思っております。
車内には資料を展示できるスペースを設け、名古屋の交通の歴史と発展についても学ぶ事ができる体制も整えます。実際に現在の1825号の車内には加藤さんが撮影された市電写真のパネルが掲示されており、往年の市電の姿を偲ぶことができるようになっています。また、車端部にはスクリーンが設置されており、講演会や会合などにも利用が可能です。私たちも、移設後はイベントを企画し、車両そのものを名古屋市電の歴史を伝える場として活用を目指します。

さらに岐阜市では2005年まで路面電車が走っていたことから、その多くの車両が保存され、維持活動も盛んに行われています。今後はこれらの保存団体様ともより連携を強化し、この場所を車両修復のノウハウを学ぶ事ができる技術交流の場としても活用していきたいと考えております。(日本の真ん中である東海地方から、鉄道保存活動の輪を広げていきましょう!)
さらに長期ビジョンとして、当保存会が創設当初より目標として掲げているのが、市電車両を公共的な場所で保存し活用をする事です。 冒頭でも触れましたが、廃止から50年以上が経った今、名古屋に路面電車が走っていたことを知らない人も多くいらっしゃいます。市電について知ってもらうには、本物の車両を実際に「見て・触れて・感じて」もらう事であると考えています。
写真や記録だけでは伝えることのできない、本物だからこその気づきや新たな発見ができるのだと思います。1825号は公共交通としての役目を終えましたが、今度は名古屋の交通の歴史・文化を後世に伝えていく語り部としての新たな使命を担い、再びみんなの路面電車として色んな人々に親しんでいただきたいと思っております。
そのためにも、まずはこの1825号を救い出し、スタートラインへと持っていくことが絶対条件です。いつか必ず、1825号を再び名古屋の街へ里帰りさせ、人々を乗せて笑顔になれる場所をつくれるように頑張ってまいります。
皆様のご支援をどうかよろしくお願いいたします。
プロジェクトへの、応援メッセージ

内山 知之 様 (名古屋レール・アーカイブス理事)
今回、クラウドファンディングにより移設を行う車両は名古屋市電高性能無音車群の第二弾、1820 型(または 1800 型 B 車)と呼ばれる高性能車で、従来の名古屋市電スタイルを 踏襲しつつ各部分が近代化された優秀な車両です。
騒音対策のため弾性ゴム入りの車輪を採用し、車輪の踏面ブレーキを使用せず車軸の外側両端部にドラムディスクブレーキを装備しているため、走行時にドラムブレーキが車輪とリンクしてクルクル回転して見えるユニークな車両でした。
全部で 10 両製造されましたが、市電稲葉地線の廃止に合せて廃車となり、市電最後の日までは活躍できませんでしたが、熱心な元オーナーの努力により今日まで保存されてきました。
元オーナーの方のこだわりと愛情によってその車両は現在もすこぶる良い状態を保っており、台車付で車外も車内も綺麗に整備されており、まるで現役時代そのものです。
現在、名古屋市電の高性能無音車群の車両は第 1 弾の 1800 型が豊田市で、第 3 弾の 1900 型がこのなごや市電車両保存会の手で、そして最終形の 2000 型が名古屋市市電地下鉄保存館(レトロでんしゃ館)にて保存されており、今回移設する個人所有の 1825 号はその名古屋市電高性能無音車保存車群の一翼を担う貴重な存在です。
私が所属する名古屋レール・アーカイブスは鉄道に関する貴重な資料の散逸を防ぎ、後世に引き継ぐための活動を行っていますが、スペースの問題から残念ながら実物の保存は手がけておりません。
そんな中、このなごや市電車両保存会の皆様は実物を保存しながら、弊会と同じ「後世に引き継ぐ」という思いを持って活動していますので、同じ志を持つ仲間として同会の本車両の運搬・移設に係る諸費用の資金調達のためにクラウドファンディングに挑戦することにエールを送ると共に、本プロジェクトに賛同される皆様のお力添えを心よりお願い申し上げます。

北九州線車輌保存会 代表
手嶋 康人 さま
名古屋市電 1825 号の救出プロジェクトに賛同いたします。
以前よりなごや市電車両保存会の皆様には大変お世話になっております。彼らはこれまで地元の中京地区で数々の鉄道車両の救出修復に携わって来られました。またその技術と知見を活かして他所の地域の保存車両修復事業にも多大なお手伝いを頂き、 数多くの車両を修復して頂きました。本当にありがとうございました。
作業の合間に時間今回の 1825 号の話を伺うことが度々ありました。保存状態が良く、何とか残したいと言う想い、搬出が技術的に難しい事など、いつかその時が来たら恩返しをせね ばと思ってきました。そして、いよいよ 1825 号のその時が来たようです。これまでの皆様の貢献をお返し出来るお手伝いをしていきたいと思います。

特定非営利活動法人にわてつ 理事長
庭箱鉄道 総裁
松田 勝義 さま
また面白いことを始めましたね。この名古屋市電は偶然残った車両ではありません。誰かが残したいと願い、時間と手間をかけて守ってきた結果、今ここに存在するのです。
つまりこの電車は単なる車両ではなく、人の思いの積み重さなりなのです。そして今回、その思いを次へ手渡そうとする人たちの、覚悟の引き継ぎが大きなテーマになっているような気がします。応援したい!そのための資金はどうするのか?ロマンは往々にして資金を必要とします。だからこそこのクラウドファンディングは意味があるのだと思います。
「残したい」 という個人の思いを、「関わりたい」という社会の意思に変える活動だからこそ、にわてつも地域や交通の記憶を未来に手渡す活動に関わってきました。それは過去を残す事業ではなく、未来へ続く事業だと考えています。この電車を見た誰かが「なぜここに電車があるのか」と疑問を持っても、その一言から歴史や街の記憶がつながっていく。そうした連鎖こそが歴史や文化を繋いでいく力になるのです。
名古屋市電1825号の歴史はまだまだ途中であり、このプロジェクトも将来への通過点です。「完成品」を支援するのではなく、未完成の物語に関わり興味を持った仲間としてこのプロジェクトを応援しています!

旧名鉄美濃駅保存会 事務局
吉川 正道さま
美濃駅保存会の吉川と申します。 鉄道車両をただ残すのではなく、歴史や背景を考えながら未来へ遺していくことは正直とても大変です。たくさんの車両と関わってきた保存会メンバーたちだからこそ、難しさもわかっています。それでも、しっかり準備して挑戦していくことには大きな価値があると思い、自分自身も、このプロジェクトに関われて大変嬉しく思っています。
多くの方が関わってきてくださったからこそ、今も残っている名古屋市電の車両 1825 号。 これからも 1 人でも多くの方に関わっていただき、共に未来に繋いでいくための大きな挑戦です。みんなで力を合わせていけば、きっとこの先も想いは繋がっていく。想いを繋げていってくれる電車だと思います。
この電車の歴史は廃車となり終わったわけではありません。まだその途中です。ぜひこのプロジェクトに関わっていただき、この先の未来、この電車の歴史を創っていくためのご支援をお願いいたします。
プロジェクト実行者のご紹介
幼少期より鉄道が好きで、小学生の頃の愛読書は名古屋市電の歴史をまとめた写真集「名古屋を走って77年」だったほど、根っからの名古屋市電ファンです。 1997年に生まれた私は当然現役時代の名古屋市電を知りません。
そんな私が名古屋市電を好きになったキッカケは、春日井市の交通児童遊園という公園に置いてあった市電1638号でした。この公園は祖母の家から近く、よくせがんで連れて行って貰っていました。他にもD51蒸気機関車や消防車などが展示されていましたが、中でも市電はお気に入りで、公園に到着するや否や、真っ先に市電を見に行っていた程でした。

お気に入りの市電の前で記念撮影をする私
でもある日突然、市電の周りに「立ち入り禁止」の柵が出来ました。色を塗り直したりするのかな…?そう思って祖母に訊ねると「電車、壊しちゃうんだって」…。本当にショックでした。こんなに綺麗なのに何で壊しちゃうの?残して欲しい!と何度も思いましたが、小学生だった私にはどうすることも出来ず、次に訪問した時には市電は跡形もなく姿を消していたのでした。あの時、幼いながらも感じた自分の無力さとやるせなさは今でも覚えています。そんな悔しい思いをしたからこそ、「これ以上名古屋市電の車両を減らしてなるものか!」と、今の保存活動の原動力にもなっています。
名古屋の市電は、若い鉄道ファンの皆様からするとあまり馴染みがないかと思います。しかし今でも日進市にある市電・地下鉄展示施設「レトロでんしゃ館」や中区伏見の「名古屋市科学館」ではそれぞれ市電が展示され、その姿を見ることができます。子供のころに親御さんに連れられて見に行ったことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。それらの車両にも50年前の廃止時に「未来へ残そう!」と働きかけ、努力した人が必ずいます。その人たちがいたからこそ今でもこうして見られることができるのです。
今度は私たちが次の50年を紡いでいく番です。そのためには多くの方のご支援とご協力が必要不可欠です。険しい道かもしれませんが、皆様と共になら必ず実現することができると信じております。1825号、そして名古屋の歴史と文化を後世に伝えるため、ご支援・ご協力を何卒よろしくお願い申し上げます。

▽ ご支援にあたっての留意事項 ▽
・支援完了時に「応援コメント」としていただいたメッセージは、本プロジェクトのPRのために利用させていただく場合があります。
・ご支援確定後にアカウント情報を変更した場合でも、ご支援時に入力したお届け先の宛名と住所は変更されません(個別にご連絡いただかない限り、原則としてご支援時に入力いただいた宛名と住所にリターンをお送りさせていただくことになります)のでご注意ください。
・加藤 幹彦様から本プロジェクトの実施、ページへのお名前と画像掲載を行うことの許諾を得ております。

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