今年も鈴鹿サーキットで「F1日本グランプリ」が開催される(3月29日決勝)。日本で初めて「F1世界選手権」が行われたのは、1976年の富士スピードウェイで、今年は50年の節目。1980年代後半から90年代前半にかけてのバブル期には世間を巻き込むF1ブームになった。その時代に日本人で初めてF1にフル参戦したドライバーが中嶋悟さんだ。先月73歳を迎えたばかりの中嶋さんに、日本におけるF1の50年、そして今のF1について伺った。(取材・文:辻野ヒロシ/撮影:近藤俊哉/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
73歳の現在は車通勤で300kmの距離運転
「移動は全部、車ですよ」
中嶋悟さんは自身のチーム「NAKAJIMA RACING」を率い、総監督として現在もサーキットに足を運ぶ。愛知県の自宅からサーキットへの移動は必ず、自分の運転で向かうという。東京のチーム本社に出社するときも300kmの距離を運転している。
「そんなびっくりする距離じゃないですよ、たった300kmぐらい。自分が運転しなきゃだめだよ。車も好きだけど、車を運転するのが好きだから。どこへでも走っていくし。雪山も走る。まあ、人生楽しんでますから」
遠い存在だったF1が目標に変わった瞬間
1976年10月、自動車レースの最高峰「F1世界選手権」が日本で初開催。今ではあり得ないことだが、当時はF1用エンジンが市販されていて、それを入手すれば単戦での出場が可能な時代。このレースには星野一義、長谷見昌弘ら日本人選手4人と日本のチームがスポット参戦した。
記念すべきレースを中嶋さんは「コースの脇で見ていた」と思い出す。当時の中嶋さんは全て自費で軽自動車のエンジンを積んだフォーミュラカーレースに出ていて、前年にチャンピオンに輝いた。まだプロドライバーにはなっていなかったのだ。しかし、誰もが憧れる舞台のF1を具体的な目標として見ていたのかというと、そうではない。
「とんでもございませんって感じだね。あまりに遠くの話で、全然そんな意識はないですよね。僕はそういう大志を抱くようなタイプではないので」

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