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はじめに(本クラウドファンディングを始めたわけ)

 

 太平洋戦争勃発前、フィリピンには約3万人の日本人移民が在留し、現地の人々とも良好な関係を築いて全般に豊かな暮らしを送っていました。フィリピン人女性と結婚し、家庭を築いた邦人男性も多くいました。

 日本が始めた戦争は、こうした日比カップルの平和な生活を崩壊させました。在留邦人とその子どもたち(2世)は進攻してきた日本軍に徴兵・徴用され、その多くが命を失いました。

生き残った邦人は日本に強制送還され、フィリピン人の妻と子どもたち(2世)がフィリピンに残されました。2世たちは、日本とのつながりを絶たれ、法律上は日本国籍であるにもかかわらず、「無国籍」状態で放置されました。

 私たちフィリピン日系人リーガルサポートセンター(PNLSC)は、このフィリピン残留2世の国籍問題の解決を目指して発足、活動して23年目となりますが、いまだ数十人が日本国籍回復を求めて法的闘いを続けています。 家庭裁判所への申立ての前提は申立人が生存していること。いま80代、90代の2世たちに残された時間は極めて限られています。そして、審理の場はいま高等裁判所や最高裁判所に移りつつあり、そこにおける専門家の意見書や新たな証拠書類収集が急がれる事態を迎えています。その費用が不足しているため、私たちは本クラウドファンディングを立ち上げました。

期間は3か月、最低限必要な300万円を初期目標と設定しました。一人でも多くの皆さまのご協力をお願いいたします。

詳しくは以下をお読みください。                                         

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▼戦争に巻き込まれ、国と国のはざまで「いないもの」とされてきた残留2世   

 

太平洋戦争中、日米の激戦地として戦争に巻き込まれていくことになるフィリピンには、戦前、多くの日本人移民が暮らしていました。現地のフィリピン人女性と結婚し、家庭を築いた日本人も多くいました。そして、たくさんの2世の子どもたちが誕生しました。戦争がなければ、両国の架け橋となったであろう子どもたちでした。

 

 

 

 

平和な日本人移民家族の暮らしは、日米開戦と日本軍のフィリピン侵攻によって一変しました。

戦争中、日系人の家族は国と国との衝突の最前線に立たされました。父の国と母の国のはざまで、まさに引き裂かれていったのです。

日本人の父が戦死し、あるいは日本に強制送還され、多くの日系2世がフィリピン人母とともに、あるいは孤児となってフィリピンに残されました。私たちが把握しているだけでも、その数は3800人以上にのぼります。

 戦後、彼らは反日感情が強かったフィリピンで、出自を隠し、社会的・経済的に苦しい生活を送ってきました。父の国・日本とのつながりを絶たれ、出生証明書などもなく、法的には「存在しない」ものとされてきました。それは、自らの半分を否定して生きるような孤独な道のりでした。いくら出自を隠しても、顔をみれば日本人だとわかり、学校でいじめられたり、フィリピン兵に追いかけられたり虐待を受けたりした2世も少なくありません。

 

 

   

日本人の子であることをカミングアウトできたのは、反日感情の和らいだ1970年代以降でした。アイデンティティを取り戻そうと、2世たちはフィリピン各地で日系人会を結成して声を上げ始めました。「父がどうなったのか知りたい」「自分を日本人と認めてほしい」というのが彼らの願いでした。 父親の身元が判明し、日本とのつながりを取り戻した2世たちがいた一方で、証拠がないために、そうしたつながりを断たれたままの2世たちも数多くいました。  

 

 

 

 

                      ↑2世とその息子

▼「父が日本人。だから私も日本人です」ーその当たり前の事実を認めてもらいたい  

 

2世の望みは自分自身の”ルーツの確認”と”日本国籍の回復”です。

私たちは彼らの声に応えるため、市民、弁護士、経営者らとともに「NPO法人 フィリピン日系人リーガルサポートセンター」を立ち上げ、活動してきました。

 

 <日本国籍回復の方法>   ↓↓↓ 

戦前の国籍法は「父親が日本人ならば子は日本人」と定めていますが、彼らは自身の「戸籍」がないため「事実上の無国籍者」です。そこで私たちは、「父親が日本人である」という証拠を揃えて家庭裁判所に「就籍許可」の申立てをおこなうことで、2世の日本国籍の回復を支援することにしました。( ※戸籍法110条1項「本籍を有しないものは、家庭裁判所の許可を得て、許可の日から十日以内に就籍の届出をしなければならない」との規定に基づく。)

 

裁判というと、原告と被告が争う「訴訟」を思い浮かべがちですが、この「就籍許可」の申立ては、家庭裁判所の裁判官が提出された証拠に基づき最終的な決定をくだす「審判」手続で、相手方はありません。個々の2世が「申立人」となって家裁に「就籍許可」を申立てます。 審理を経て「就籍を許可する」という審判(訴訟でいう判決)が下りると、その審判書と「就籍届」を市役所に提出すれば、戸籍が作られる、という流れです。

フィリピン残留日系人では前例のない方法でしたが、弁護団とNPO、そして現地の日系人会がしっかりとタグを組み、試行錯誤した結果、2006年2月、フィリピン残留日系人の就籍に突破口が開かれました。

そして地道な活動の結果、22年間で、760人の2世の父親の身元が判明し、331人の2世が家庭裁判所の「就籍許可」の審判を得て、新たに戸籍をつくりました。

 

 
▼立ちはだかる「法の壁」、残された時間はわずか。

     

しかし今、私たちは大きな壁にぶつかっています。 ひとつは、証拠が少なく難しいケースが残されているということ。申立てを待つ人は2026年3月現在28人。このうち9割が、出自を示す書類を持っておらず、父母の婚姻証拠も見つかっていない人たちです。書類がないのは、激しい地上戦で役所や教会の書類が滅失したため、また戦後の混乱や反日ゲリラの怒りを恐れ、書類を処分せざるを得なかったためで、2世に責任はありません。戦争こそがこのような状況を生んだのです。

昨年、8人の2世が就籍可を申立てましたが、6人が、婚姻事実を証明できていない/父母が結婚していない、という理由で(許可ではなく)「却下」されました。しかし父母の法律婚をしているか否かで子どもの国籍が左右されるというのは、法の下の平等に反しています。 弁護団は、6件について高等裁判所に即時抗告。1件は高裁で抗告棄却され、特別抗告して最高裁判所に係属中、残る5件は高裁に係属中です。  

 

 

 もうひとつの課題は、残された時間が少ないということです。2世の平均年齢は84歳。国籍回復が叶う人がいる一方で、2000人近い2世たちが日本国籍を待ち望みながら間に合わずに亡くなりました。日本政府が彼らに責任を果たす機会は永遠に失われてしまいました。

 これまで、申立ての「却下」に対し抗告や再申し立てをおこない、数年がかりの裁判によってようやく国籍回復を実現させた2世もいますが、今後、同様のペースで裁判闘争をおこなっていたのでは、現在生存している2世全員の国籍回復は間に合いません。

 

 今、私たちが所在を確認できている国籍回復を希望する生存者は約40人にまで減っています。「間に合わなかった」というご家族の悔し涙を、もうこれ以上見たくありません。そして、戦争によって家族と引き裂かれ、日本人であるがゆえに苦難の戦後を送ってきた彼らを、もう置き去りにしたくありません。

 誰一人取り残すことなく国籍回復を実現させる。その決意を胸に、私たちは「戦中戦後の特殊な状況を鑑み、両親の婚姻の証明が不十分であっても、生物学的な親子関係さえ証明できれば国籍回復を認めるべき」「政策転換によって救済を加速させるべき」との主張で、最高裁までを視野に入れて法廷での闘いをスタートさせています。

 

こちらの95歳の2世、神庭ロサリナさんを中心に、PNLSCの活動と現在の問題を伝えるYoutubeがこちら↓↓

~断滅~私は棄てられた日本人 95歳で果たした父との約束 日本国籍回復求めるフィリピン残留日本人

 
▼今、緊急に必要な取り組み・皆さまにお願いしたいこと

 

 現在、家裁、高裁、最高裁に係属中の2世が8人、そしてこれから就籍許可を申立てたい2世が28人います(新たな名乗り出があって増える可能性はあります)。この方々の日本国籍取得を急ぐため、以下のことが必要です。↓↓↓

 

⑴ 裁判所(特に高裁、最高裁)に提出する「専門家の意見書」の取得とその広報活動

 旧国籍法は「父が日本人なるとき」は、子は出生時に日本国籍を日本国籍を取得すると定めています。この「父」が法律上の父(つまり婚姻している父か、認知をした父)に限らず、血縁上の父まで含む、とする法解釈が可能であり、そのように解釈すべきである、という意見書を提出します。

最高裁は法律審といわれ、純粋な法解釈を展開する場であるので、法解釈の専門家意見書は特に重要となります。また、意見書は立法や行政などに必要に応じて提出すると同時に、広報活動において広く展開し、世論を喚起します。

 

⑵ これから就籍許可申立てをする人たちのための証拠収集、調査の強化

①フィリピンでの現地調査

 フィリピン残留2世の父親が「日本人である」ことを証明するため、フィリピン各地の日系人会と協働して、2世に直接またはオンラインで聞き取り調査を行います。2世の隣人や家族ぐるみで付き合いのあった友人などからの証言など、さらなる証拠収集も行います。

 

 

② 日本国内での調査と条件が整った2世の就籍許可申立て(順次)

 日本国内では、父親の身元捜しのため、外務省外交史料館の記録や厚生労働省の保有する軍関係資料、引揚資料、その他文献資料等を調べます。

 

↓外務省外交史料館に保管されている外国旅券下付表

 
▼目標金額と使途

 

 上記⑴⑵ を実施する費用の一部に充てるため、クラウドファンディングに挑戦します。

 

<目標金額> 300万円

<資金使途> 

⑴ 裁判所(特に高裁、最高裁)に提出する「専門家の意見書」の取得費、広報活動費

⑵ これから就籍許可申立てをする人たちのための証拠収集費、現地調査費

 

※本プロジェクトは、NPO法人フィリピン日系人リーガルサポートセンター(PNLSC)と弁護団が責任をもって遂行します。

PNLSCの団体概要、活動実績はWebサイトからご覧ください。

※本クラウドファンディングはAll-In方式で実施します。寄付総額が期日までに目標に届かなかった場合でも、自己負担するなどして必ず予定していた規模の実施内容の通り実行いたします。

 

 ◎ 税制上の優遇措置について 

PNLSCは東京都から認証を受けた認定NPO法人です。本プロジェクトを通じたご寄付は、税制優遇を受けることができます。

・個人の場合、寄付金額のうち2千円を超える部分について、所得税が控除されます。「税額控除」か「所得控除」のうち有利な方を選択できます。詳しくは国税庁ホームぺージ

・法人の場合、「寄付金特別損金算入限度額」の枠が適用され、当該限度額の範囲で損金算入ができます。

・個人、法人いずれの場合も、税制優遇を受けるためには「寄付金受領証明書」を添えて確定申告を行う必要があります。

・寄付金受領証明書は「ギフトお届け先」にご登録いただいたお名前で作成し、ご登録いただいたご住所に、2026年7月末までに発送します。「確定申告(2027年2月中旬~3月)までご自身で大切に保管ください。「寄付受領証明書」におけるご寄付の受領日は、READYFORから当所に入金された日付となります。あらかじめご了承ください。

 

◎プロジェクト実施にあたっての留意事項 

・就籍許可申立ては個々の証拠状況等にもよるため、申立て時期はまちまちとなります。また申立ての結果、全ての2世が日本国籍を取得できることを保証するものではありません。途中で万が一2世が亡くなられた場合、申立てはその時点で終了となります。また却下され、抗告ないし別の裁判所への再申立てを余儀なくされるケースもあると思います。しかし集まったご寄付は最大限に活用し、一人でも多くの希望ある成果(日本国籍回復)につなげます。

・本クラウドファンディングで「応援コメント」としていただいたメッセージは、本プロジェクトのPRのために活用させていただく場合があります。

 

▼プロジェクトの展望・ビジョン

 

フィリピン残留日系人の方々が日本国籍を取り戻すことは、単なる手続きではありません。 歴史の継承であり、人としての尊厳を取り戻す挑戦です。 今年は日比国交回復70周年という節目の年ですが、日本とフィリピンの未来は、過去の歴史の問題に正面から向き合い、解決したうえにこそ成り立つものです。実際、フィリピン政府は、法務省をはじめとした各省庁、そしてフィリピンの国会議員たちも、残留2世の無国籍問題は甚大な人権侵害だとの認識に立ち、その救済に前向きな姿勢を示し続けています。今、国際世論は日本政府、日本の裁判所の対応に注目しています。

私たちは、時間切れになる前に、残された2世全員が、日本国籍を認められるよう最善を尽くします。2世たちの「死ぬ前に日本人と認めて」という切実な思いに応えるため、お力をお貸しください。

みなさまのご支援を、心よりお願い申し上げます。

WACOCA: People, Life, Style.