「美味しい」を入り口に、遠く離れた地域を想う
「美味しいものを囲む時間が、遠く離れた地域を想う『きっかけ』になる。」
そんな想いを体現する1日限定の特別なイベント「きっかけ食堂」が昨日、岐阜市内で開催されました。
会場に集まった人々を笑顔にしたのは、東北から届いたこだわりの食材を使った料理の数々です。
今回、この岐阜でのイベントを主催したのは、愛知県出身の加藤優貴さん。彼はこれまで40回以上も東北へ足を運び、現地の生産者さんと家族のような関係を築いてきました。
今回のレポートでは、加藤さんが東北の海や大地を巡って仕入れた食材の裏側にある「復興への歩み」と、この食堂に込められた切なる願いに迫ります。

毎月11日に全国で開催される東北の食材を使用した1日限りの東北酒場「きっかけ食堂」
ゼロから立ち上がった三陸の海。肉厚なホタテが教える命の力
イベントに向けて加藤さんが向かったのは、まだまだ厳しい寒さが残る岩手県大船渡市の三陸町。
お目当ては、この地を代表する海産物である「ホタテ」。
ホタテ漁を営む中野圭さんと加藤さんは、もう6年来のお付き合いになります。
中野さんが手塩にかけて育てるホタテは、ふっくらと盛り上がった肉厚な貝柱と、ぎっしりと詰まった卵が特徴です。
「漁師さんに一番美味しい食べ方を聞くのが間違いない」と笑う加藤さんに、中野さんは「酒蒸しにすると甘みが際立って最高だよ」と太鼓判を押します。
しかし、この豊かな海も、2011年の東日本大震災では巨大な津波によって何もかもが飲み込まれ、一時は「空っぽ」になってしまいました。
港も船も養殖用のいかだも流され、漁を再開するまでに5年もの過酷な歳月を要したのです。
加藤さんは、このホタテの美味しさの裏側にある、決して平坦ではなかった復興への道のりを、岐阜の人々にも届けたいと強く願っています。

ホタテ漁師の中野圭さん(右)と加藤さん(左)
二重の苦難を乗り越えて。生産者と家族のように歩む岩泉町
続いて加藤さんが訪れたのは、同じく岩手県の岩泉町です。
ここで仕入れるのは、岩手県出身の大谷翔平選手も絶賛したという、もっちりと濃厚な味わいが特徴の「岩泉ヨーグルト」。
この町もまた、幾多の困難を乗り越えてきました。
震災による物流の寸断を経験し、さらにその5年後には台風による河川の氾濫で工場が浸水するという二重の被害に見舞われたのです。
愛知県出身の加藤さんが初めて岩泉町を訪れたのは、この台風被害のボランティアとしてでした。
震災からようやく立ち直ったばかりの町が再び被害に遭い、嘆く人々の声を間近で聞いた彼は、「被災地の現状を知ってもらいたい、復興の道を一緒に歩みたい」と強く決意しました。
以来、生産者さんたちにとって加藤さんは
「うちの商品が遠くで食べてもらえるなんて夢みたいだ。改めて君には感謝している」
と語られるほど、かけがえのない家族のような存在となっています。
岐阜で咲いた笑顔。食卓に並ぶ「現地の味」
そして迎えた、岐阜でのイベント当日。
「実は料理が苦手なんです」と語る加藤さんですが、飲食店の仲間の力も借りながら、現地の味を心を込めて再現しました。
大船渡のホタテは、漁師・中野さんのアドバイス通り、素材の甘みを最大限に引き出す「酒蒸し」に。
岩泉のヨーグルトは、濃厚で優しい甘みをそのまま味わってもらうため、味付けをせずにデザートとして提供しました。
さらに、加藤さんが大切にしている岩泉名物の「ホルモン鍋」も登場し、会場は寒さを吹き飛ばすような温かな香りに包まれました。
提供された料理を口にした参加者からは、「本当に美味しい」「こうして東北の味に触れる機会があると、現地のことを思い出すきっかけになる」といった嬉しい声が次々と上がりました。
食卓を囲む和やかな時間の中に、東北と岐阜を繋ぐ確かな架け橋が架かった瞬間でした。
「忘れない」ための優しい灯火を、これからも
東日本大震災から15年が経過しようとする今、加藤さんは、月日と共に人々の記憶が薄れていく「風化」への強い危機感を肌で感じています。
だからこそ、彼はこの「きっかけ食堂」という場を作り続けているのです。
「『美味しいね』と言い合えるちょっとしたきっかけがあれば、その場だけでも東北に思いを寄せていただける。その瞬間を作れることが、私にとっても何よりの喜びなんです。」
遠く離れた被災地の痛みを無理に背負い込むのではなく、まずは目の前の「美味しい」を入り口にして、少しだけ想いを馳せてみる。
加藤さんが作り出すこの優しい「きっかけ」は、これからも岐阜と東北をしっかりと結び、次世代へと記憶を繋ぐ大切な灯火として輝き続けます。
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