コラム:ベネズエラ攻撃は為替市場にどう影響するか=佐々木融氏

 1月3日、米国は南米ベネズエラに対し大規模な軍事作戦を断行し、マドゥロ大統領夫妻を拘束した。佐々木融氏のコラム。写真は2025年、イラン・テヘランの両替所で撮影(2026年 ロイター/Majid Asgaripour/WANA)

[東京 7日] – 1月3日、米国は南米ベネズエラに対し大規模な軍事作戦を断行し、マドゥロ大統領夫妻を拘束した。国際法上の評価は分かれるが、今回の行動の背景には、世界最大の原油埋蔵量を誇るベネズエラの経済が反米政権の失政で破綻し、不法移民の流出が米国内政を圧迫していたこと、さらには中国やロシアが同国への関与を強めていたことへの強い危機感があったと考えられる。

ウクライナ紛争のような長期的な消耗戦に発展する可能性は低く、当面の実体経済や為替相場への影響は限定的だろう。しかし、中長期的な視点では、為替相場のトレンドを左右し得るいくつかの展開が考えられる。

為替市場において最も注視すべきは、ドルに対する影響である。昨年、主要通貨の中でドルは最弱となった。その端緒は、2月のトランプ大統領とウクライナのゼレンスキー大統領の対立、および4月の高率相互関税の導入にある。トランプ政権の強硬な自国優先主義を懸念し、世界の投資資金が米国・ドルから逃避した結果、昨年は北欧通貨やユーロが強含み、金(前年比プラス60%超)や銀(同プラス140%)が史上最高値を更新し続けた。

今回のベネズエラ攻撃も、ドル離れを加速させるリスクをはらんでいる。トランプ氏がデンマーク自治領グリーンランドの領有権に再度言及したことは、北大西洋条約機構(NATO)加盟国に対してさえ自国の防衛論理を優先させる姿勢を鮮明にしており、国際秩序の不安定化に伴う「ドル回避」の動きが続く可能性がある。

一方で、米国がベネズエラの石油インフラを管理下に置くことは、ドルの魅力を再浮上させる要因にもなり得る。ベネズエラは約3000億バレルという世界最大の埋蔵量を誇りながら、国有化と投資不足により生産量は日量90万バレル程度まで低迷している。トランプ大統領は今後、ベネズエラの石油インフラ再建のために、即時に数十億ドル(数千億円)規模の投資を行うとしている。本格的に生産を回復するためには数百億ドル(数兆円)の投資が必要となるとの見方もある。例えば、昨年の関税合意を根拠に、こうした投資を日本や韓国、欧州連合(EU)が一部を担うことになるなら、ドル買い圧力となる可能性もある。ベネズエラの通貨はボリバルだが、ハイパーインフレにより実質的に米ドルが定着しており、ベネズエラへの投資増加はドル買い需要増加につながる可能性がある。

また、米国はベネズエラに対する影響力を高めることにより、米国自身と、2015年に発見された油田をめぐりベネズエラと領土紛争が続くガイアナを含め、世界の原油埋蔵量の3割近くを影響下に置くことになる。加えて、ベネズエラは天然ガスの埋蔵量でも世界で7─8番目に大きい。減税効果でサポートされることが予想される米国経済が、エネルギー安全保障が強化されることにより、ますます独り勝ちの様相を強め、投資資金が米国に集まらざるを得なくなることも考えられる。さらに、活況な経済を背景にインフレ圧力が高止まり、利下げ期待が後退し、ドルを支える可能性もある。

このように、今回のベネズエラ攻撃は、「トランプ流の強引な手法によるドル離れ継続」か、あるいは「エネルギー覇権掌握による米国経済の独り勝ちによる投資資金の米国回帰」かという、相反するドルの将来像を市場に突きつけている。そうした意味では、ベネズエラのロドリゲス暫定政権との協力関係と、米国石油メジャーによる投資再開のスピード感が重要となると考えられる。

今後、ベネズエラのロドリゲス暫定大統領との協力関係が続き、米国企業がベネズエラに戻り、原油生産が増加すれば、ベネズエラの原油生産量は2年程度で日量130─140万バレルまで増える可能性があるとの見方もある。そうなれば、原油価格を数ドル程度押し下げる効果はあると考えられる。また、ベネズエラは石油輸出国機構(OPEC)の加盟国であるため、米国主導で増産を行えば、OPECプラスによる生産調整の枠組みが崩れ、価格を押し下げる可能性もある。

円に関しては原油価格を通じた日本の貿易収支への影響と、台湾有事などの地政学的リスクを通じた影響が考えられる。

ただし、昨年、日銀のみが利上げを行う中でも、円は5年連続で主要通貨の中で最弱争いをする結果となり、構造的な弱さが露呈した。実質金利の大幅マイナスや資本流出という構造問題が解決されない限り、原油下落による貿易収支改善(原油輸入額は日本の輸入額全体の約1割)だけでは、円高トレンドへの転換には力不足だろう。

また、米国が主権国家に軍事介入したという前例は、中国にとって台湾への行動を正当化する論拠として利用される可能性も排除はできない。米国とベネズエラの関係と、中国と台湾の関係は事情が全く異なるのは明らかだが、単純なロジックだけで考えれば、リスクは排除できない。今回の軍事介入が台湾有事などの地政学的リスクにつながる、あるいは市場参加者がそうした想定を行うようなことがあった場合、生活必需品の多くを輸入に頼る日本の通貨は売られることになるだろう。また、前述のようにベネズエラ再建コストの一部を日本が負担させられる事態となれば、実需面でもドル買い・円売り圧力が加わる可能性もある。

ベネズエラ情勢の行方は、エネルギー市場や為替市場、さらには国際秩序の再編にまで波及する可能性を秘めている。トランプ大統領は今年も年初からマーケット参加者に難題を振ってきたと言えそうだ。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*佐々木融氏は、ふくおかフィナンシャルグループのチーフ・ストラテジスト。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。2010年にマネージングディレクター就任、2015年から2023年11月まで同行市場調査本部長。23年12月から現職。著書に「弱い日本の強い円」、「ビッグマックと弱い円ができるまで」など。

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