(CNN) 豪シドニーにあるボンダイビーチで14日に発生し、15人が死亡した銃撃事件について、オーストラリア当局が銃撃犯たちの行動の追跡や動機の解明に努める中、ある重要な焦点が浮かび上がってきた。それは銃撃直前の先月に行われたというフィリピンへの渡航だ。
当局によると、サジド・アクラム容疑者とナビード・アクラム容疑者の父子が渡ったのはフィリピンの南部。同国はイスラム過激主義にまつわる痛ましい歴史を抱える。
父子は約1カ月間現地に滞在した。フィリピンを出国して2週間後、上記のビーチで開催されたユダヤ人の祝賀行事を狙い、大量殺戮(さつりく)を実行。オーストラリア国内で数十年ぶりとなる規模の銃乱射事件を起こした。後に父子の車からは、過激派組織イラク・シリア・イスラム国(ISIS) の手作りの旗が発見された。
事件を巡っては多くのことが不明なままだ。当局は、父子がフィリピン国内でどこを移動し、何をしていたのか、そしてこの渡航が襲撃と直接関連していたのかどうかについて、詳細を明らかにしていない。
しかしオーストラリアの対テロ当局は、父子がフィリピン滞在中に軍隊式の訓練を受けたと認識している。公共放送ABCが16日に報じた。
専門家らはCNNに対し、近年フィリピンにおけるテロ活動は減少しているものの、多くのイスラム過激派グループが依然として活動を続け、より遠隔の地域で武装していると指摘する。これらのグループは、長年同国に集まっている外国人戦闘員の訓練にも意欲的だという。
「アルカイダの時代以来、フィリピンは常にアジアにおけるテロリズムのアカデミーと見なされてきた。その立地条件に加え、既存の過激派グループが訓練活動に適した環境を提供しているからだ」。フィリピン平和・暴力・テロリズム研究所のロンメル・バンラオイ所長はそう述べた。
フィリピン政府は今週、オーストラリアの法執行機関と連絡を取っていると発表した。
AP通信によると、フィリピンのエドゥアルド・アノ国家安全保障顧問は17日、銃撃容疑者がフィリピンの武装組織と訓練を受けていたかどうかを突き止める捜査において、まだ証拠は出ていないと述べた。
一方、フィリピンのマルコス大統領の報道官は、「フィリピンをISISの訓練拠点とする誤解を招くような描写」を大統領が否定したと述べた。
過激派の拠点はどこか
バンラオイ氏によると、過激派グループは数十年にわたりフィリピン南部で活動しており、米ニューヨークでの米同時多発テロ以前から外国人を引きつけていたという。
フィリピンの組織アブサヤフは、初期にはアルカイダと同盟関係にあった。ただ近年では多くの過激派組織がISISへの忠誠をより公然と誓ったり、連携したりするようになった。これは世界各地で見られる傾向だ。
テロ活動のほとんどはフィリピン南部ミンダナオ島に集中している。カトリック教徒が多数を占めるフィリピンの他の地域とは異なり、ミンダナオ島の人口はイスラム教徒が多数派だ。
ミンダナオ島は数十年にわたり、騒乱と紛争に苦しんできた。そこには当局と地元の分離独立運動との衝突も含まれる。
そうした活動はジャングルだけに限定されているわけではなく、都市部でも行われている。
オーストラリアでの銃撃犯らが最終目的地として挙げていた沿岸都市ダバオは、「外国人テロ戦闘員にとって常に最も好まれる集合場所だった」とバンラオイ氏は指摘。そこは「会合の場であり、計画、資金調達、兵站(へいたん)の拠点となっている」と述べた。
銃撃犯の父子がダバオ市外へ移動したかどうかはまだ明らかではない。
なぜフィリピンなのか
フィリピン、特にミンダナオ島が過激主義の温床となっている理由はいくつかある。
一つには、同国は歴史的に「良好な統治の実現に苦慮してきた。比較的最近まで民主主義は存在せず、経済成長も安定しておらず、経済の発展も遅れていた」と、豪ディーキン大学でイスラム政治の研究を統括するグレッグ・バートン氏は述べた。マレーシアなどの近隣諸国と比較すると、「ミンダナオ島ははるかに未開の辺境地帯だった」。
また、深い森林に覆われた山岳地帯と沿岸部という環境は、過激派グループがキャンプを設営し、戦闘員を訓練し、人目につかない場所やアクセス困難な場所に物資を調達することを可能にしている。
「ミンダナオ島は外国人テロ戦闘員にとって安全な隠れ場所となっている。彼らは容易に身を隠せるからだ。そして、我が国の法執行機関には、これらの地域に踏み込むだけの十分な能力がない」と、バンラオイ氏は述べた。
フィリピンは国境が緩やかで、主要な観光地でもあることから「外国人に対し非常に寛容」だとバンラオイ氏は分析。合法的か否かを問わず、人々は容易に出入国できるという。

紛争のため、所有者から放棄されたフィリピン南部ダトゥ・ピアンの家屋/Jes Aznar/Getty Images via CNN Newsource
理由の最後には、数十年にわたって確立されてきた既存の過激派グループが非常に多く存在するという事実が挙げられる。これによりフィリピンは、「アジアだけでなく、世界のさまざまな地域からの外国人戦闘員にとって最も好ましい目的地」となっていると、バンラオイ氏は述べた。
しかしバンラオイ氏によれば、誰でも過激派キャンプに入隊できるわけではない。訓練を希望する外国人戦闘員は、現地の武装集団や過激派ネットワークとの確固たるつながりを確立している必要がある。
オーストラリア国家安全保障局(ASIO)のウェブサイト上の説明によると、地元の新兵の中には、より良い経済的見通しを期待して入隊する者もいれば、フィリピン南部にイスラム法(シャリア) に基づくイスラム国家を樹立するなど、グループのイデオロギー的目標を共有する者もいるという。
現時点での広がりは
これらのグループは過去数十年にわたり、さまざまな暴力的攻撃に関与してきた。
中でもアブサヤフは、外国人の誘拐と身代金要求で特に悪名高かった。2001年の米同時多発テロ後、米政府はフィリピン軍と協力して、このグループの活動を阻止しようと尽力した。

武装組織との紛争で荒廃したマラウィの町に帰還した住民/Jes Aznar/Getty Images via CNN Newsource
しかし、ドゥテルテ前大統領(現在、「麻薬戦争」をめぐる人道に対する罪で国際刑事裁判所に勾留されている)が20年に包括的な反テロ法を可決して以来、フィリピンにおけるテロ活動は全体的に減少している。
バンラオイ氏によると、以前は実際に暴力的なテロ攻撃を実行した個人のみが起訴されていたが、この法律により暴力行為を支持または促進した者や、過激派グループに資金、隠れ家、兵站支援などを提供した者も起訴できるようになった。
その結果、こうしたグループは資金調達が著しく困難になった。多くのグループが現在「逃亡中」で、「困難に直面している」と、バンラオイ氏は述べた。
政府はまた、過激主義を取り締まるために多角的なアプローチを実施。地方自治体や団体を活用して地域社会への働きかけを行い、テロ組織に向かう地元からの支援を削減した。
また複数の過激派グループと和平交渉も行った。これらのグループはミンダナオ島における自治権の拡大と引き換えに暴力行為を停止し、民間人としての生活に移行することに同意した。
こうした取り組みが奏功し、25年版世界テロ指数(テロの影響を測る尺度)において、フィリピンの順位は79カ国中20位。当該の法律が施行される前の19年は9位だった。
だからといって、危険がなくなったわけではない。
和平協定を締結した過激派グループの一部は依然として武装しており、いまだに活動を続けている可能性のある反乱分子も存在する。「テロの脅威は消えていない」と、バンラオイ氏は警告した。

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