三菱一号館美術館(東京都千代田区)で、「トワイライト、新版画―小林清親から川瀬巴水まで」が26年2月19日から開催されます。

最後の浮世絵師のひとりと呼ばれる小林清親が明治9(1876)年に開始した『東京名所図』は、明治期の風景版画へ大きな変革をもたらしました。彼の描いた「光線画」は、光と深い陰影により江戸の情緒まで捉えています。明治末期に浮世絵復興を目指した新版画は、その技術ばかりでなく清親らが画面に留めた情趣を引き継いで、新しい日本の風景を発見しようとしました。清親から吉田博・川瀬巴水らに至る風景版画の流れを、スミソニアン国立アジア美術館のミュラー・コレクションによって辿ります。

井上 安治《鹿鳴館》明治14-明治22(1881-1889)年 スミソニアン国立アジア美術館 © National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O.Muller Collection
チャールズ・W・バートレット《神戸》大正5(1916)年 スミソニアン国立アジア美術館 © National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O.Muller Collection
井上 安治《銀座商店夜景》明治15(1882)年 スミソニアン国立アジア美術館 © National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O.Muller Collection

トワイライト、新版画―小林清親から川瀬巴水まで

会場:三菱一号館美術館(〒100-0005 東京都千代田区丸の内2-6-2)

会期:2026年2月19日(木)〜5月24日(日)

開館時間:10:00〜18:00
※祝日除く金曜日、第2水曜日、会期最終週平日は20:00まで
※入館は閉館の30分前まで

休館日:祝日・振休を除く月曜日
(但し、開館記念日の4/6、トークフリーデー[2/23、3/30、4/27]、5/18は開館)

観覧料:一般 当日2,300円/大学生 当日1,300円/高校生 当日1,000円
※障害者手帳をお持ちの方は半額、付添1名まで無料(他割引と併用不可)
※毎月第2水曜「マジックアワーチケット」1,600円
(当日17時以降・窓口限定・他割引と併用不可)
※トワイライトカラーコーデ割(夕焼けオレンジ/黄昏パープル)実施
(窓口購入のみ・他割引と併用不可)

問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)

アクセス:
JR「東京駅」丸の内南口より徒歩約5分
東京メトロ千代田線「二重橋前〈丸の内〉駅」1番出口より徒歩約3分
JR「有楽町駅」国際フォーラム口より徒歩約6分 など

詳細は、三菱一号館美術館 公式サイトまで。

展覧会の見どころ
その1:アメリカ建国250周年記念の年に、スミソニアン国立アジア美術館のコレクションが里帰り

アメリカ合衆国の首都・ワシントンD.C.に位置するスミソニアン博物館群のひとつである国立アジア美術館から、選りすぐりの浮世絵・新版画・写真約130点を借用。アメリカ建国250周年という記念の年に、貴重な日本美術コレクションが、いまだかつてない規模で来日を果たします。

本展に出品される浮世絵・新版画は、ロバート・O・ミュラー(1911-2003)が蒐集し寄贈されたものです。彼はディーラーとして米国に新版画を広める役割を果たした一方で、約4,500点のコレクションを形成しました。吉田博(1876-1950)、伊東深水(1898-1972)、川瀬巴水(1883-1957)といった絵師たちを含むその新版画コレクションは世界最高峰と目されています。

川瀬 巴水《東京十二題 深川上の橋》大正9(1920)年 スミソニアン国立アジア美術館 © National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O.Muller Collection 版元:渡邊木版美術画舗
その2:「最後の浮世絵師」小林清親がみせた浮世絵最後の輝きとその継承
小林清親《東京新大橋雨中図》明治9(1876)年 スミソニアン国立アジア美術館 © National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O.Muller Collection

浮世絵は明治になると文明開化を伝えるジャーナリスティックな役割を得ますが、一方で新しい技術やメディアの台頭により徐々に衰退を迎えることになります。そのような浮世絵の黄昏の時代に、最後の浮世絵師のひとりとして活躍したのが小林清親(1847-1915)でした。彼の作品は薄暮や闇にきらめく光の繊細な表情を描いて「光線画」と呼ばれ、一世を風靡しました。

この時代に光についての注目は印象派と軌を一つにする先駆的な視点といえます。

その後失われゆく浮世絵の技術を継承し、新しい時代の版画を創造しようとしたのが版元の渡邊庄三郎(1885-1962)でした。彼は清親の見出した江戸東京にまつわる郷愁を引き継ぎ、絵師や来日した外国人画家たちと協働して新版画の活動を展開します。本展では彼らの手がけた伊東深水の『近江八景』、川瀬巴水の『旅みやげ第一集』、『東京十二題』といった初期のシリーズを取り上げます。

川瀬 巴水《東京十二題 五月雨ふる山王》大正8(1919)年 スミソニアン国立アジア美術館 © National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O.Muller Collection 版元:渡邊木版美術画舗
その3:明治の視覚を変革した写真と、伝統的な浮世絵との関わり

光と陰翳によって外界を映し込む写真は、明治の新しい視覚として人々の意識に多大な影響を及ぼします。浮世絵もそれを免れることはできず、写真を意識した表現が様々に試みられました。当時の日本人の姿や風俗を記録した写真は、それを持ち込んだ外国人たちにとっては好奇の視線の対象でもありましたが、同時に江戸の生活と情趣の貴重な記録でもあります。やがて文明開化によって失われゆく風景を惜しむノスタルジックな態度は、写真と浮世絵が共有していくことになりました。本展はこうした浮世絵と写真の織りなす複雑な関係を紐解くために、スミソニアン国立アジア美術館と三菱一号館美術館が共同で企画に取り組んだものです。

作者不詳《亀戸の藤》1890年代 スミソニアン国立アジア美術館 © National Museum of Asian Art Archives, Smithsonian Institution, The Gloria Katz and Willard M.Huyck Jr.Collection
「新版画」あれこれ~展覧会の予習に~
「トワイライト」、タイトルに込められた意味は?

浮世絵の最盛期といえば江戸時代後半のイメージが強いですが、明治時代に入ってそれがすぐに廃れてしまったわけではありません。文明開化の様相を描いた開化絵が盛んに制作され 、月岡芳年のような最後の浮世絵師と呼ばれる世代も明治期に活躍を続けていました。しかし、銅版画や石版画などの新しい印刷や、写真といった技術、新聞や雑誌といった新しいメディアの勃興により、従来の浮世絵は徐々に衰退し、「黄昏トワイライト」の時代を迎えることになります。

本展では、そうした浮世絵黄昏の時期にあって、黄昏に代表される陰翳のなかの光の繊細な変化を描いた絵師・小林清親に焦点を当てます。夜明けや夕暮れ、闇さらには雨や雪景色の光に注目することで、空気のみならず情緒まで捉えることができたのです。それによって彼が描いた東京風景は、それまでの浮世絵とは一線を画す新しさを獲得しました。彼の視線とその表現は後の新版画の絵師たちにも受け継がれ、彼らは清親の成果を踏まえながら、新しい日本の風景を再発見していったのです。

川瀬巴水《東京十二題 木場の夕暮》大正9(1920)年 スミソニアン国立アジア美術館 © National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O.Muller Collection 版元:渡邊木版美術画舗
光と奥行き

浮世絵といえば陰影を用いず、輪郭線を強調した平面的な描写が主流でしたが、小林清親が描いた東京風景は薄暗がりや闇に沈む街とそこにきらめく光を描いて、新しい時代の風景画を生み出しました。それにより季節、天気や時間によって表情を変貌させる景色を、自然に描き出しています。清親は浮世絵に由来する名所絵を描きながら、その景色の移ろいやすい表情を描くことで、近代化によって失われていく江戸の情緒を画面に漂わせることに成功したのです。

小林清親《大川岸一之橋遠景》明治13(1880)年 スミソニアン国立アジア美術館 © National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O.Muller Collection
スティーブ・ジョブズもコレクションしていた新版画

1984年にスティーブ・ジョブズが発表した「マッキントッシュ」の宣伝写真がありますが、その画面には新版画の美人画 、橋口五葉《髪梳ける女》が 映し出されていました。マッキントッシュの優れたグラフィック性能をアピールするためでしょう。分業による高度な技術の積み重ねがありつつも、画面をシンプルに見せる新版画の美意識をジョブズは愛して収集し、寝室の壁にも飾っていたそうです。とくに川瀬巴水がお気に入りでした。アメリカは新版画の最大の輸出先の一つであり、美しい日本の自然を平明な視線で描いた吉田博や川瀬巴水はとりわけ高い人気を誇ります。

川瀬巴水《三菱深川別邸の図 洋館より庭園を望む》大正9(1920)年 スミソニアン国立アジア美術館 © National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O.Muller Collection 版元:渡邊木版美術画舗
新版画の立役者!渡邊庄三郎

古美術商としてスタートした渡邊庄三郎は、海外流出によって過去の良質な浮世絵が払底し始めていたことや、浮世絵の技術が新しい技術やメディアの影響により衰退の道を辿っていたことを憂えて、浮世絵の復興を志しました。浮世絵にみられる版元、絵師、彫師、摺師らの協働による高い質を維持しながら、新しい時代の版画を生み出そうとしたのです。自ら版元となって、浮世絵に興味を持つカペラリやバートレットといった外国人画家 、吉田博といった洋画家や伊東深水らの日本画家たちに働きかけ、浮世絵研究に基づき、新しい技術も加えて世に出された「新版画」は国内外において人気を博することになります。

川瀬巴水《塩原しほがま》大正7(1918)年 スミソニアン国立アジア美術館 © National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O.Muller Collection 版元:渡邊木版美術画舗
主な出品作を紹介
小林清親《高輪牛町朧月景》明治12(1879)年 スミソニアン国立アジア美術館 © National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O.Muller Collection

高輪に築かれた堤のうえを、新橋横浜間を明治5(1872)年に開通した鉄道が走っています。当時の蒸気機関車は英国製だったが清親が描くのは米国製の形に近く、米国で刊行された石版画を参考にした可能性が指摘されています。傍らの電信線も明治2(1869)年に東京横浜間が敷かれ、全国へ広がっていきました。清親はこうした新しい文物を、かつて月見の名所だった高輪の夜景に見事に溶け込ませています。

小林清親《海運橋(第一銀行雪中)》明治9(1876)年頃 スミソニアン国立アジア美術館 © National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Gift of Kazuharu Ishida

明治8(1875)年に石造に架け替えられた海運橋の向こうに、明治6(1873)年に開業した第一国立銀行が見えます。同銀行は大蔵省を辞した渋沢栄一が設立し日本経済の中心となっていきました。和洋折衷の擬洋風建築は、目新しい都市の景観として当時の開化絵にしばしば取り上げられました。それを清親はどんよりとした空の雪景色に番傘をさす和装の女性を配することで、しっとりとした情景に仕上げています。

吉田博《穂高山》大正10(1921)年 スミソニアン国立アジア美術館 © National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O.Muller Collection

吉田の登山好きは多くの作品を生みました。とりわけ穂高山を愛し、油彩にもしばしば描き、次男に「穂高」と名付けたほどでした。山を描いた最初の木版が本図です。吉田と木版画を結びつけたのは渡邊庄三郎でした。大正9(1920)年に完成した明治神宮への寄付の返礼品としての木版画制作を依頼されたのが渡邊で、吉田はその下絵制作者に選ばれたのでした。本図はその後、大正10~11(1921-1922)年に制作された渡邊版8点のうちのひとつです。

小林清親《大川岸一之橋遠景》明治13(1880)年 スミソニアン国立アジア美術館 © National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O.Muller Collection

大川(隅田川下流)べりを女性を乗せた人力車が疾走しています。人力車は明治3(1870)年に発明された開化の乗り物でした。ここには通常より早く走れる二人引きで描かれています。堅川に架かる一之橋は、対岸に小さく影に潜んでいます。月明りが雲の端をきらめかせ、水面や濡れた地面を照らし、人物の影を浮かび上がらせる。川面に灯火が長く延びて揺らいでいます。光と影の繊細な描き分けが印象的な図です。

川瀬巴水《東京十二題 春のあたご山》大正10(1921)年 スミソニアン国立アジア美術館 © National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O.Muller Collection 版元:渡邊木版美術画舗

大正10(1921)年に完成する東京十二題の一図であり、大正7(1918)年に塩原三部作で新版画を手がけるようになってから、木版画に習熟し巴水様式の成立と評価されるシリーズとなりました。巴水はここで過去の名所絵に追随するのでなく、自らの視点で場所を選び写生して作品化しています。本図は愛宕神社の裏手の八重の桜を描いたもの。花の間に若葉がのぞき、散り始めた花びらは春の終わりを告げています。

「黄昏」という言葉に込められたのは、産業としての浮世絵が時代の変化のなかで役割を終えていく“黄昏”と、作品に描かれた夕景の“トワイライト”という二重の意味です。清親がとらえた闇の光、巴水が刻んだ旅の情景、吉田博らが切り拓いた新しい風景。写真の登場や近代化の波に揺れながらも、日本の版画は失われるのではなく、技術と美意識を受け継ぎながら、さらに遠くへと届いていきました。スミソニアンのコレクションが示すのは、まさにそのダイナミズムです。浮世絵が“トワイライト”を迎えたまさに同時代にルーツをもつレンガの美術館で、光と陰翳に彩られた数々の新版画の傑作に思う存分没入してみてはいかがでしょうか。(美術展ナビ)

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