SENNHEISER 80年の軌跡と未来へのアプローチ 〜ドイツで行われたプレス・ツアーから、歴史と最新技術に迫る

2025年10月初旬、ドイツの音響機器ブランドSENNHEISERの80周年を記念したプレス・ツアーが開催された。世界各国の30以上のメディアを招待するという、SENNHEISERにとってもこれまでになかった規模という今回のツアーに、日本から編集部も参加することができた。本稿ではツアーで主に解説していただいた、ブランド・ヒストリーや生産体制、独自のイマーシブ・オーディオ技術AMBEOを取り入れた車載オーディオ、広帯域双方向デジタル・ワイヤレス・システムSpecteraの3つを中心に、レポートをお届けしよう。

Topic 1|ブランド・ヒストリー 〜マイクから出発し音響の世界をリード

 SENNHEISERが設立されたのは1945年。創業者のフリッツ・ゼンハイザー氏はドイツ北部の都市ハノーファー出身で、ハノーファー大学の研究者だった。創業時はLaboratorium Wennebostelという社名で、測定機器の製造からスタートした後、ドイツの音響機器メーカーSIEMENSからの依頼を受けてマイク製造に着手。研究者であるフリッツ氏を中心に新たなアイディアを取り入れた独自のダイナミック・マイク、DM 2を開発した。

本社敷地内には、創業者のフリッツ・ゼンハイザー氏が起業した家が現存している。もともと周辺は畑や農場であったが、この場所を起点に周辺の土地へと会社を拡大していった

本社敷地内には、創業者のフリッツ・ゼンハイザー氏が起業した家が現存している。もともと周辺は畑や農場であったが、この場所を起点に周辺の土地へと会社を拡大していった

ブランド初の自社開発ダイナミック・マイクDM 2。後に発表されるさまざまな製品の礎となったマイクだ

ブランド初の自社開発ダイナミック・マイクDM 2。後に発表されるさまざまな製品の礎となったマイクだ

 その後、テレビをはじめとする放送メディアが発達するとともに、放送用音響機器の開発にも着手した。1956年に世界初のショットガン・マイクMD 82を発表し、さらに1957年にはワイヤレス・マイクを開発。実際にドイツの放送局で使用され始めると、ケーブルという束縛から解放され、これまでにない新たな表現が可能となったという。

 1960年代に発表した“クジラ”としてもおなじみのMD 421や1971年発売のMD 441といったダイナミック・マイク、1988年発売のヘッドホンHD 25など、現在に至るまで愛用される製品をリリースし続けてきたSENNHEISER。また1991年にはNEUMANNを、2005年にはKLEIN+HUMMELを傘下とするなど、より幅広い音響分野の製品をグループ全体で取り扱うようになった。

工場には、SENNHEISERグループであるNEUMANNのマイクU 87のカプセルを製造する機械も。製造工程の自動化を進めているが、人間の手作業も両立し、正確さを重視しているとのこと

工場には、SENNHEISERグループであるNEUMANNのマイクU 87のカプセルを製造する機械も。製造工程の自動化を進めているが、人間の手作業も両立し、正確さを重視しているとのこと

 1986年に息子のイェルク・ゼンハイザー氏が引き継ぎ、2013年からは3代目のダニエル・ゼンハイザー氏とアンドレアス・ゼンハイザー氏の兄弟で代表を務めてきた(2026年1月からはダニエル氏がグループの取締役会会長に、アンドレアス氏が引き続きCEOを務めることが先日発表された)。

SENNHEISERのCEOを務めるアンドレアス・ゼンハイザー氏。今回のツアーでは、アンドレアス氏自らプレゼンテーションを行っていた

SENNHEISERのCEOを務めるアンドレアス・ゼンハイザー氏。今回のツアーでは、アンドレアス氏自らプレゼンテーションを行っていた

 アンドレアス氏は今回のツアーのオープニングで、フリッツ氏のイノベーションの精神は今も健在で、それは世界中の2,200人の従業員にも受け継がれていると語った。

 「すべての製品におけるアイディアやソリューションは、2,200人の情熱的な人々によって生み出されています。彼らはオーディオの世界で次に求められるものが何であるかを理解しており、オーディオの未来を探求し続ける限り新たなフォーマットが出来上がる。我々ができることに限界はないと信じています」

Topic 2|Mobility ~車内にイマーシブ・オーディオを構築

Topic 2|Mobility ~車内にイマーシブ・オーディオを構築

 続いては、SENNHEISERが2019年から取り組むMobility=車載オーディオを見ていこう。イマーシブ・オーディオ技術のAMBEOが活用されていて、今回は参加者がそのサウンドを実際に体験することができた。

 採用されている車は、イギリスのMorgan Motor、スペインのCUPRA Tavascan、ドイツのMERCEDES-BENZと中国のGEELYが 共同開発するsmartの3ブランド。車種によってスピーカー構成、チューニングはさまざまで、AMBEOのソフトウェア技術が可能にしているとのことだ。

 編集部もそれぞれの車種におけるサウンドを体験したところ、低域の迫力、ボーカルの表現力やオケの解像度の高さ、そして定位や動きが明瞭なイマーシブ・サウンドに、レコーディング・スタジオで聴いているかのような錯覚を覚えるほどの体験だった。人によってどの車の音が好みか分かれるほどに、繊細なチューニングが施されているように思えた。

 残念ながら現在採用されているのは、国内ではあまりお目にかかれない車種ではあるが、SENNHEISERの技術を尽くした先進的な取り組みを感じていただきたい。

Morgan Motor

Morgan Motor

 イギリスのスポーツ・カー・ブランドで、Plus Four、Plus Sixといった車種に低音再生技術AMBEO Contrabassを採用。スピーカーは8基で構成され、シートの下に配置し低域の振動を感覚的に与える“ベース・キッカー”など、窓や天井が開け放たれたオープン・カーという特殊な状況に対応する音響設計となっている。

運転席の様子。一見してスピーカーは見当たらないが、ダッシュボードの中にスピーカーが埋め込まれた2基の“インビジブル・スピーカー”が、フロントから再生される

運転席の様子。一見してスピーカーは見当たらないが、ダッシュボードの中にスピーカーが埋め込まれた2基の“インビジブル・スピーカー”が、フロントから再生される

CUPRA Tavascan

CUPRA Tavascan

 スペインのCUPRAが手掛けた初の完全EV車=Tavascan。12基のスピーカーを搭載しており、オーディオ・アルゴリズムAMBEO Concertoによって音響制御を行っている。

車内では、イマーシブ・オーディオの広がり度合いの段階的な調節や、どのシートに音の焦点を合わせるかといった設定を、ソフトウェア上からコントロールできる

車内では、イマーシブ・オーディオの広がり度合いの段階的な調節や、どのシートに音の焦点を合わせるかといった設定を、ソフトウェア上からコントロールできる

smart

smart

 ドイツのMERCEDES-BENZと中国のGEELYが共同開発したEV車。smart #5には、AMBEO ConcertoとAMBEO Contrabassの両方が搭載されている。

ドアに設置されたスピーカー。smart #5は20基のスピーカーを装備し、2,000Wの出力を誇る

ドアに設置されたスピーカー。smart #5は20基のスピーカーを装備し、2,000Wの出力を誇る

What is AMBEO?

 AMBEOは、SENNHEISERが独自に開発したイマーシブ・オーディオ技術/ブランドの総称。新次元の音響体験として、“真の没入感”(True Immersion)の実現を掲げている。車載オーディオ向けのオーディオ・アルゴリズムAMBEO Concerto、低音再生技術AMBEO Contrabassや、プロ・オーディオ向けのハードウェア/ソフトウェアにシステムを展開。1本にマイク・カプセルを4つ内蔵するAMBEO VR Micといった製品のほか、2021年にスイスのSONOVAに譲渡した、サウンド・バーなどのホーム・オーディオ向け製品にも技術を搭載している。

ツアーでは、2ch再生環境下でイマーシブ・オーディオを再現するAMBEO 2-Channel Spatial Audioの体験会も行われた

ツアーでは、2ch再生環境下でイマーシブ・オーディオを再現するAMBEO 2-Channel Spatial Audioの体験会も行われた

NEUMANNのヘッドホン環境でイマーシブ・モニタリングを可能にするDAWプラグイン、RIMEにもAMBEOのアルゴリズムが活用されている

NEUMANNのヘッドホン環境でイマーシブ・モニタリングを可能にするDAWプラグイン、RIMEにもAMBEOのアルゴリズムが活用されている

Topic 3|Spectera ~広帯域双方向デジタル・ワイヤレス・システム

Topic 3|Spectera ~広帯域双方向デジタル・ワイヤレス・システム

 最後に取り上げるのは、デジタル・ワイヤレス・システムのSpecteraだ。新たなワイヤレス伝送規格のWMAS(Wireless Multi-channel Audio Systems)により広帯域双方向送受信が可能となり、470~698MHzのA型ホワイトスペース帯を用いることで、最大64ch(送信32ch、受信32ch)を同時に扱うことができる。日本ではまだ認可が降りていないが、一部の国や地域では既に運用が開始されている。その開発の経緯を、プロ・オーディオ部門マネージャーのフォルカー・シュミット氏が話してくれた。

 「最初に私たちが広帯域双方向送受信という“Crazy Idea”を考えたのは約13年前です。世界最高のワイヤレス・マイクを開発するために、これだけの長い時間と費用がかかりました。SENNHEISERができるだけみんなの意見を聞こうという“Family Company”だからこそ開発できました。もしトップダウン経営だったら実現していなかったでしょう」

フォルカー・シュミット氏。日本の滞在経験があり、時に日本語を交えながら話してくれた

フォルカー・シュミット氏。日本の滞在経験があり、時に日本語を交えながら話してくれた

 同じ帯域を送受信に使えるというだけでなく、最小0.7msの超低遅延、最高24ビット/96kHzの非圧縮音声での伝送という、スタジオ・クオリティ並の高いスペックも持ち合わせている。イヤモニのレイテンシー、音質はアーティストのパフォーマンスに直結するもので、その点でも安心して使用できるシステムと言えるだろう。

 さらに、ラックが1Uサイズ、ボディ・パック1台でマイク/イヤモニ両方の送受信を兼ねるという省スペース性と、使用するすべての機能をコンピューターからコントロールできるという点が、ライブ現場のエンジニア/スタッフにとって大きなアドバンテージにもなった。

 「オーストリアで行われるヨーロッパ最大のブラス・ミュージックの音楽祭、Woodstock of Brass MusicでSpecteraのテストを行ったときのことです。初日の開幕前に大雨と雷のため、すべて機材を覆って会場から避難しなければなりませんでした。雨が収まり、2時間後には7つのステージでライブが始まるという状況で、通常であれば間に合わせることは不可能です。しかし、セットアップが短時間で済み、ソフトウェアで操作可能なSpecteraだからこそ問題なく対応することができました。また、ベルリンでのミュージカル公演において、48本のマイク/イヤモニを同時に使用していますが、トラブルなく運用できています。そのような極めて過酷とも言える環境においても、高い信頼を獲得できています。Specteraは今後の音楽業界に革命をもたらす、ゲーム・チェンジャーなのです」

 今回のプレス・ツアーにおいて、案内や説明をしてくれた方々が、自らの会社、製品を誇りに思っているということが一貫して感じられた。また、その魅力を楽しみながら知ってほしいという思いも随所から垣間見えた。シュミット氏やアンドレアス氏も口にしていた“Family”という言葉は、文字通り社員という関係性を超えた、より強い結束力の現れかもしれない。今後もSENNHEISERが生み出す新たなオーディオ技術に期待し続けよう。

Spectera Base Station

Specteraの送受信システムSpectera Base Station。1Uサイズでありながら、1台で最大64ch(送信32ch、受信32ch)の送受信が可能。アンテナ・ポートはRJ45コネクタを装備し最大4台のアンテナを接続でき、PoE給電での動作が可能となっている

Specteraの送受信システムSpectera Base Station。1Uサイズでありながら、1台で最大64ch(送信32ch、受信32ch)の送受信が可能。アンテナ・ポートはRJ45コネクタを装備し最大4台のアンテナを接続でき、PoE給電での動作が可能となっている

Specteraのボディ・パック。470~698MHzの同じ周波数帯域を利用することで、1台でマイクとイヤモニの両方の送受信を行うことができる。専用充電池にて、最長7時間駆動する

Specteraのボディ・パック。470~698MHzの同じ周波数帯域を利用することで、1台でマイクとイヤモニの両方の送受信を行うことができる。専用充電池にて、最長7時間駆動する

Specteraの専用ソフトウェアを立ち上げたコンピューターの画面。周波数帯域の確認や制御、オーディオの入出力チャンネル、ボディ・パックの電池残量表示、イヤモニの音量調節など、Specteraのあらゆる機能をコンピューターからコントロールできる

Specteraの専用ソフトウェアを立ち上げたコンピューターの画面。周波数帯域の確認や制御、オーディオの入出力チャンネル、ボディ・パックの電池残量表示、イヤモニの音量調節など、Specteraのあらゆる機能をコンピューターからコントロールできる

SENNHEISER提供の資料。左が従来のナローバンド(狭帯域)システム、右がSpecteraにおいて16ch分の入出力を使用した際の機材の比較。Specteraのほうが圧倒的に少ないことが見て取れる

SENNHEISER提供の資料。左が従来のナローバンド(狭帯域)システム、右がSpecteraにおいて16ch分の入出力を使用した際の機材の比較。Specteraのほうが圧倒的に少ないことが見て取れる

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