近年、ラトビアは欧州で注目を集めるテック国家の一つに浮上しつつある。背景には、NATO加盟国としてのデジタル・サイバー防衛政策の強化、人口約180万人ながらインターネット普及と行政のデジタル化への先行投資、そしてAI・ハードウェア分野へのスタートアップの台頭などがある。エストニアのデジタル行政の成功にならい、ラトビアは今、「実装力を備えた技術ハブ」として欧州で存在感を増そうとしている。
AI、ハードウェア、そしてそれを支える人材教育。ラトビアの最前線を走る3つの組織の取り組みを紹介する。

バルト三国のラトビアはスタートアップ支援に力を入れている
Case 1:Longenesisが挑む「データを動かさない」医療AI
医療分野において、データ活用は常に「プライバシー保護」という高い壁に阻まれてきた。新薬開発や研究に患者データは欠かせないが、その機密性の高さから、病院間や国境を越えたデータ共有は事実上不可能だった。
ラトビアのデジタルヘルス・スタートアップ「Longenesis(ロンジェネシス)」は、このパラドックスの技術的解決に挑んでいる。彼らの答えは、「データを動かさない」ことだ。

Longenesisのエミルス・シュンジュコフスCEO
同社が開発したプラットフォーム「Curator」は、患者データそのものではなく、データ構造を示す「メタデータ(データについてのデータ)」のみを研究者側に開示する。研究者はこのメタデータを見て分析に必要なクエリ(命令)を投げると、そのクエリが各病院のローカル環境に送られ、病院のファイアウォールの内側でAIが学習・分析を実行し、結果だけが匿名化されて研究者に返されるため、機密データが外部に出ることは一切ない。
この技術はすでに実装段階にあり、アラブ首長国連邦(UAE)政府と協力し、世界最大級のゲノムバンクプロジェクトにおいて同社の技術が公式の同意管理システムとして採用されている。ここではブロックチェーン技術も併用し、データアクセスの透明性と追跡可能性を担保しているという。
さらにLongenesisは、生成AIを活用し、患者向けの難解な医療ガイドを自動でわかりやすく生成したり、過去のデータから治療結果の将来予測を行ったりする機能の開発にも着手した。EUの厳格なGDPR(一般データ保護規則)下で磨かれたプライバシー技術が、グローバルな医療AIの発展を後押しするという。
Case 2:SAF Tehnikaが「ハードウェア製造」で示す強み
IoT業界において、多くのスタートアップがソフトウェアやプラットフォーム開発に注力する中、あえて「ハードウェア」の自社開発・国内製造にこだわる企業がラトビアにあるNASDAQ上場企業「SAF Tehnika(サフテクニカ)」だ。

SAF Technikaの本社兼工場
同社がハードウェアの内製にこだわる理由は、第一に品質管理(QC)が容易になること、第二にアイデアから製品化までの開発スピードが向上することにある。
その代表例が、IoTブランド「ARANET(アラネット)」の主力製品、CO2センサー「ARANET4」だ。この製品は、COVID-19パンデミック下で「換気の指標」として世界的に需要が爆発し、累計25万個を販売する大ヒットとなった。この成功の裏には、日本企業の技術があった。
ARANET4の核心部品であるCO2センサーエレメントには、旭化成の子会社が製造する「Sunrise」センサーが採用されている。取材に応じた担当者は「この旭化成のセンサーがなければ、これほど良い製品(ARANET4)は存在しなかった」と断言し、日本技術への絶対的な信頼を語った。

Aranetのセンサーは温度から放射性物質まで検出できる
さらに同社は、サプライチェーンの安定化とイノベーションの加速を目的に、これまで中国に依存していたプラスチック部品の製造を、ラトビア国内の自社合弁工場へ回帰させる戦略も進めている。ハードウェアを深く理解し、製造まで自社でコントロールする姿勢が、彼らの競争力の源泉である。
Case 3:Start Schoolが「CTO不足」を解決する実践的IT教育
革新的なサービスやプロダクトを生み出すには、優秀な技術者が欠かせない。ラトビアでは「アイデアは豊富だが、それを形にする技術者、特にCTO(最高技術責任者)が不足している」という深刻な課題があった。
この課題を正面から解決するために設立されたのが、NPOの教育機関「Start School」だ。
フランス発のエンジニア養成機関「42」のピア・ラーニング(生徒同士が教え合う)モデルに着想を得ているが、Start Schoolはさらにその先を行く。単なるコーディングスキルの習得に留まらず、「アントレプレナーシップ」の教育を融合させた点が独自の試みだ。

1年間のフルタイムコースでは、C言語やPythonといった基礎的なプログラミング言語に加え、AIアルゴリズム、プロンプトエンジニアリング、ノーコード/ローコードツールの活用、さらにはプロダクトのABテストや営業手法まで、ビジネス立ち上げに必要なすべてを実践形式で学ぶ。
その成果は劇的だ。2025年に卒業した第1期生100人(卒業77人)のうち、在学中から24ものスタートアップチームが立ち上がった。そのうち6チームが、卒業後わずか6か月で収益化を達成している。まさに「CTOを創出する」という目的に対し、最短距離で結果を出している。

StartSchoolに参加したある女性は17歳で通信高校に通いながら参加。1年後にアクセンチュア・ラトビアに就職しながら高校生を続けている。
実装力を強みに
今回取材した3社は、ラトビアの強みを象徴している。
EUの厳格なプライバシー基準をクリアするLongenesisのAI技術、あえてハードウェア製造にこだわり日本の部品で世界標準を作るSAF Tehnikaの品質への執念、そして即戦力となる技術系創業者を育てるStart Schoolの教育システムだ。
これらに共通するのは、アイデアを「どう実装し、どう市場に届けるか」という実践的な視点にあると言える。
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