フランスのグラン・テスト地方のブドウ畑|Richard Semik / Shutterstock.com

 観光の集中に対する住民の反発が世界各地で表面化する中、フランスは異なる姿を見せている。インバウンドで長年世界首位を維持し、2024年も約1億人が訪れたにもかかわらず、パリなど主要都市で住民の強い抗議はほとんど見られない。背景には、政府が進める分散型観光政策によって、観光の恩恵と生活環境の両立を図る仕組みがある。

◆世界各国で募るオーバーツーリズムへの不満
 スペインのバルセロナでは、観光客の増加に伴う物価や家賃の高騰などに抗議し、数千人がデモに参加した。ほかにも、イタリア・ベネチアやギリシャなど、世界各地でオーバーツーリズムの弊害に不満を募らせる観光地は多い。

 日本も例外ではない。連日のように報じられるインバウンドの急増は、住民生活に悪影響を及ぼしている。京都では、交通渋滞や公共交通の混雑、観光マナーの悪化などが深刻化し、住民の日常生活に支障をきたしている。宿泊税の引き上げ、特急バスの導入、マナー啓発などの対策を進めてはいるものの、地域住民の生活環境と観光需要の両立を図るには、さらに踏み込んだ取り組みが求められている。

 一方、フランスは、世界中でオーバーツーリズムの問題が顕在化する以前から、環境と住民生活の共存を目指す持続可能な観光政策を推進してきた。パリ以外の地域に広がる自然景観や歴史的街並み、美食、文化体験などを巡る観光ルートを整備し、首都に集中しがちな観光客を地方へ誘導する取り組みを政府が主導してきた。

◆特定地域に集中しない観光ルートを開発
 2021年には19億ユーロの予算を計上し、「デスティネーション・フランス・プラン」の名のもと、10年をかけて観光客の関心やニーズに合わせたテーマ、食、文化、史跡など多様な観光コンテンツを創出する包括的な国家観光戦略を打ち出した。特定の地域に観光が集中しないよう、個性豊かな地域を巡る新しいルートを開発。地域の特色を生かしたプログラムを構築し、多言語で情報を発信している。一般旅行者やメディア、旅行会社を対象に、地方ごとの魅力を訴求する大規模キャンペーンも展開し、知られざる地域の認知拡大を図っている。

 その一例が、アルザス、ロレーヌ、シャンパーニュ・アルデンヌの3地方が合併して誕生した「グラン・テスト地方」だ。「大いなる東の地」を意味するこの地域では、アルザスとシャンパーニュのワイン産地をめぐるアクティビティや、現地の食文化を牽引(けんいん)するグルメを中心にPRを行っている。また、フランス南西部のヌーヴェル・アキテーヌ地方では、首府ボルドーを起点に銘醸地を訪ねるワインルートのほか、「今に生きる伝統」をテーマに地域の伝統産業に焦点を当てた旅を提案。ラスコー洞窟や陶磁器で知られるリモージュ、スタジオジブリ作品をタピスリーに織り上げる町オービュッソンなどを巡るプランもある。

ルーヴル美術館の分館|© 2024 Musée du Louvre-Lens Manuel Cohen2

 2026年に向けては、パリからの小旅行に最適な北部の「オー・ド・フランス地方」を重点的にプロモーションする。シャンティイ城、アミアン、リールなど、日帰りでも十分楽しめる地域だ。フランス最大規模の個人コレクションを誇るシャンティイ城内の「コンデ美術館」、アミアンのマティス美術館、リールの「宮殿美術館」や「近代美術館」、さらに近郊ランスの「ルーヴル美術館分館」など、美術館を巡る鑑賞ルートを推奨している。

 日本政府観光局によると、1〜9月の訪日外客数は前年同期比17.7%増の3165万500人で、過去最速で3000万人を突破した。目標を上回るペースに、インフラや受け入れ体制が追いついていないのが現状だ。他国のような観光税の導入は進まず、国は地方誘客を支援するパッケージを創設したものの、具体的な施策には課題が残る。

 文化、食、自然と、フランス同様に豊富な観光資源を持つ日本。それぞれの強みを生かした郷土プロモーションを進め、多様な魅力を発信していくことが今後の鍵となりそうだ。

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