アングル:大量返還された兵士の遺体数千体、身元確認に苦慮するウクライナ DNA鑑定で完了に14カ月

 夫がウクライナ東部ポクロフスク近郊の前線でロシア軍と戦い、行方不明になってから1年以上が過ぎた。写真は、妻のアナスタシア・ツヴィエトコワさん(29)さんが示す夫の画像。8月6日、キーウで撮影(2025年 ロイター/Alina Smutko)

[キーウ 16日 ロイター] –  夫がウクライナ東部ポクロフスク近郊の前線でロシア軍と戦い、行方不明になってから1年以上が過ぎた。キーウに住む歯科医で妻のアナスタシア・ツヴィエトコワさん(29)は、今も夫の生死を知らない。

ロシア側からの捕虜や戦死者に関する情報提供は定期的には行われない。仲間の兵士からも、捕虜収容所を訪れることがある国際赤十字からの報告もない。

最近、ロシアから何千体もの遺体が送還された。もし夫のヤロスラフ・カチェマソフさん(37)が本当に前線で戦死しているのなら、ツヴィエトコワさんは少なくとも喪に服すことはできるかもしれない。

だが、それもかなわない願いのようだ。ウクライナの化学捜査研究所は、突如押し寄せた多数の遺体に圧倒されているうえ、焼かれたりバラバラになっていたりする遺体の確認作業は困難を極めるからだ。

<DNAで戦死者の身元を特定>

ツヴィエトコワさんは、夫のDNAサンプルを提出し、何十枚もの書類に記入し、手紙を書き、情報を求めてソーシャルメディアのグループに参加してきた。夫は、ロシアが攻勢を強めたポクロフスク近郊での2度目の任務中に行方不明になった。彼が姿を消した場所は、現在はロシアが占領している。

「何もわからない状況がいちばんつらい。愛する人と11年一緒にいたのに、今は彼の情報が何もない」とツヴィエトコワさんは語る。

ロシアが2022年にウクライナへ全面侵攻して以来、双方で数十万人が死傷した。行方不明と報告されたウクライナの兵士と民間人は少なくとも7万人にのぼる。

直近4カ月間で、身元不明なものが大半の遺体が7000体超、冷蔵列車や冷蔵トラックでウクライナに運び込まれた。白いビニール袋が積み上がる光景は、第2次世界大戦以降で最悪の紛争が欧州にもたらす犠牲の大きさを物語る。

<苛烈な作業>

ロイターは、警察捜査官、内務大臣、ウクライナと国外の法医学者、ボランティアなど8人の専門家に取材し、キーウのDNA研究所も訪ねた。多くの遺体は腐敗が進んだり断片になっているため、身元特定の要はこうした研究所だ。ただし、各遺体のDNAプロファイルを作成して照合するには数カ月を要する。

内務省科学捜査センターのルスラン・アバソフ副所長によると、2022年以降、内務省はDNA研究所を9カ所から20カ所へ拡充し、法医学遺伝学の研究者も2倍超の450人に増やした。それでも、遺体の大規模送還が始まったときの衝撃は大きかった。

「最初は1体、2体、3体、10体と、少しずつだった。それが100体になり、500体になった。500体でも多いと思ったのに、やがて900人、909人へと膨れ上がっていった」とアバソフ氏は語る。

防護服と使い捨てオーバーオールに身を包んだ専門家らがDNA鑑定を行い、行方不明者のプロフィールとの照合を進めている。複雑なケースもあり、DNAが一致するまでに30回ほど試すこともある。ウクライナではようやく最近、失踪または戦死した兵士のDNAサンプルを定期的に集める体制が整い始めたばかりだ。捜査官はしばしば、親族のDNAで照合するという、より厄介な作業に直面している。

<兵士の遺体が突きつける喪失の現実>

突如として大量の遺体を受け入れれば、搬送や身元特定作業の大きな負担が生じるだけでなく、それ自体がウクライナに喪失の大きさを否応なく突きつけることになる。ロシアとウクライナの両政府は、死傷者数の公表に消極的だ。米戦略国際問題研究所は6月、これまでの戦争でウクライナ側は約40万人、ロシア側は95万人以上が死傷したと推計している。

公式発表では、先月までにウクライナに返還された遺体は1万1744体にのぼる。うち6月だけで6060体、さらに8月には1000体が収容された。ウクライナ当局は、ロシアへ返還した遺体の数は公表していない。ロシア兵の遺体を回収できない事実は、ウクライナがどれほど領土を失っているかを示しかねないためだ。

ロシア当局によれば、6月に受け取った遺体はわずか78体だった。ロシアのウクライナ担当交渉官ウラジーミル・メディンスキー氏は、ウクライナ側が対応を引き延ばしているとの見方を示した。これに対し、ウクライナのクリメンコ内相は、ロシアが遺体の一部を乱雑に引き渡しており、それが身元確認プロセスを複雑にしていると非難した。

「1人の遺体を袋に入れ、次に2つ目の袋に入れ、さらに3つ目の袋に入れる。そんなケースがおそらく何百件もある」と同内相は述べ、これまでにウクライナに返還された遺体の中に、少なくとも20体のロシア軍人の遺体が確認されたと付け加えた。ロシア国防省はコメント要請に応じなかった。

<身元特定のかぎはDNAサンプル>

赤十字国際委員会(ICRC)によると、2022年6月以降、同委員会は50件以上の遺体送還に関与し、冷蔵トラックや遺体袋、防護服を提供してウクライナを支援してきた。ウクライナに到着した遺体は、冷蔵トラックで各都市の遺体安置所へ運ばれる。

6月末、キーウのある遺体安置所では、白い防護服を着た男性およそ12人が、約50体の遺体を載せた冷凍トラックの扉を開け、白い遺体袋を慎重に降ろしていた。袋が一つずつ開かれて確認が進むと、気分が悪くなるような甘くて鼻を刺す臭いがあたりに満ちた。続いて捜査員たちは、遺体やその一部が収められた小さな黒い袋をトラックから下した。

警察捜査官のオルハ・シドレンコ氏によれば、まず不発弾の有無、制服、書類、タグ、その他の所持品を確認する。「各遺体に固有の識別番号を付与し、遺体の返還先が特定できるまで同じ番号を使う」。彼女は「臭いには慣れた」と述べた。彼女と同僚は行方不明兵士の家族が最初に連絡を取る窓口も担っているという。

軍当局から夫が戦闘で行方不明になったと通知を受けたツヴィエトコワさんは、規定に従って国家警察に刑事事件として届け出て、「タトゥー、外見、傷跡、ほくろなど、彼の特定に役立つあらゆる情報」を提供したという。幸い、夫のDNAサンプルも提出できた。「彼が使っていたくしを持参した」と語った。

<停電下でも回り続けるラボ>

クリメンコ氏によれば、遺体安置所に並ぶ遺体は膨大で、全員の身元確認には14カ月を要する見通しだ。

チームは交代制で勤務し、限られたスペースと設備を最大限に活用して一日の大半を作業に当てている。行方不明の兵士本人のDNAが得られない場合は、遺体や行方不明者の親族からサンプルを採取して照合する。ロシアによる送電網への攻撃の影響で停電も頻発しているが、施設には自前の発電機や電池施設がある。

ICRCの科学捜査コーディネーター、アンドレス・ロドリゲス・ゾロ氏は「親族からのサンプルが1つでは不十分な場合がある。2つ、3つ、4つと採取し、何十万ものサンプル同士を比較しなければならない」と説明する。アバソフ氏によれば、最も難しいのは遺体が焼損してDNAが劣化しているケースだという。

ツヴィエトコワさんはそれでも、DNA鑑定で夫の遺体が特定されることは望んでいない。「生きて帰ってくるのを待っている。携帯電話番号が止まらないよう毎月料金を払い、今日一日をどう過ごしたかを書き送っている。彼が戻ったとき、彼なしで過ごした日々のことを伝えたい」

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