波紋が広がる高知の県立文化施設の公募化。9月19日からはじまる9月議会を前に、特集で考えます。後編の今回は、現場で働く学芸員たちの思いにスポットをあてます。
■濵田高知県知事
「今の指定している団体以上に良い団体がないんだということを公募というプロセスを通じて、テストを通じて、客観的に担保したい」
2か月前、県が突如示した県立文化施設の公募化。
対象は利用者数が年間5万人以上の美術館や高知城歴史博物館など、5つの施設です。県は施設を管理・運営する外郭団体を「自律性向上団体」と位置づけ、各団体の事業の実施や利益の使い方の自由度を上げて創意工夫を促そうとしています。そして税金が投入される施設である以上、公平性の観点から管理・運営団体を広く公募することにしたのです。
しかし「公募化」という点に現場からは不安の声が上がっています。
■高知城歴史博物館 田井東浩平保存修理室長
「こちらが城博の収蔵庫。収蔵している博物館資料を保存管理している部屋です」
高知城歴史博物館で資料の保存と修理を担当する田井東浩平さんです。
■田井東 保存修理室長
「裏方の仕事だと思ってやっている。でも、博物館の活動っていうのは資料の保存。資料をきちんと保存して守ってコンディション(状態)を整えていくことで、いろんな博物館活動を支える。それが保存の役割ではないかなと思っている」
館内には土佐山内家伝来の6万7000点あまりの資料が保存され、田井東さんはほぼ1人で保存管理や状態のチェックをしています。
■田井東 保存修理室長
「例えばこういうところがほつれていたりする。こういうのを展示すると、ここに負荷がかかってきて、だんだんほつれが広がってきたりする。こういうところをきちんとチェックして展示の仕方に活かしたりとか、今後修理をするときの判断(材料)になってくる」
兵庫県出身の田井東さんは、京都の大学院で歴史資料の保存や修理方法を学び土佐山内記念財団に就職。高知へ移住し、以来20年以上、山内家伝来の宝物資料や県民から寄贈された歴史資料の保存や修復に努めてきました。
■田井東 保存修理室長
「資料というか文化財の保存に直結する仕事。100年先とか未来の人が見たときに、よくこの文化財・資料を守ってくれたという風に思われるような仕事をやっていきたい。博物館の仕事っていうのは継続性がすごく大事だというところを理解してもらいたい」
高知城歴史博物館は現在の指定管理期間が2025年度いっぱいで終了し、2026年4月から新たな指定管理期間に入ります。
公募の募集期間は60日以上と決まっているため、標準的なスケジュールでは7月下旬に始まり9月下旬には終了します。ところが高知城歴史博物館の公募は9月に入っても始まらず、それどころか、県は大きな変更に踏み切ったのです。
■濵田知事
「先方の関係者とよくよくひざ詰めで議論をしていくなかで、宝物資料の学芸業務とか整理とか調査・研究にあたる部分は公募から外すという枠組みでやるのがより適切ではないかと」
県は宝物資料を寄贈した山内家と県の合意のもとで、土佐山内記念財団が設立された経緯を踏まえ、高知城歴史博物館については事業の企画や施設管理のみを公募の対象とする部分指定方式に急遽変更。9月議会で条例議案を提出すると発表しました。
田井東さんが担ってきた資料の保存や修復を含む学芸部門は引き続き財団が担う予定です。しかし、そのほかの団体については。
■田井東 保存修理室長
「正直いまそこまで事実関係の調査が及んでいないが、これらの団体はまだ次の指定管理の期限が来るまで数年間あるので、今回の例も参考にしながら過去の経緯がどうか(調査する)」
牧野植物園は…
■牧野植物園 植物研究課長 藤川和美さん
「ここ2点が牧野博士が採集した標本。(牧野博士の標本は)5500点ほど牧野植物園にもらった。そのうちの2点をここで紹介している」
牧野植物園・植物研究課長の藤川和美さんです。神奈川県出身で専門は研究職ですが、これまで教育普及課長や広報課長なども務めてきました。藤川さんは県からの評価が入園者数を重視するようになってから園内の雰囲気が変わったといいます。
■牧野植物園 植物研究課長 藤川和美さん
「じゃあ入園者数をどこで稼ぐかといった場合、オオシマ標本1点の名前をつけました。高知県で何点の植物標本とってきました。ボランティアと協働して仕事をしています。外にでてボランティアさんに人材育成をしているスタッフもいる。そういった活動が園の目標に何ら数値化されない。そういったときに職員のやりがいはどこで見出すのかというところは変わってきた」
牧野植物園は1958年に開園し、1999年から牧野記念財団の管理運営となりました。現在35万点の植物標本を保管し、植物に関する研究と教育普及の拠点として60年以上の歴史がありますが、近年は観光施設としての役割を求められることも増えています。
藤川さんは県が文化施設のことをどう考えているのかを気にしていました。
■牧野植物園 植物研究課長 藤川和美さん
「直指定から公募になるということは私はそれほど違和感はない。ついに来たかなと考えていて、そこを心配するよりも予算というか、県が学術であったり文化施設に対して本当にどう思っているんだろうかって。今回の自律性向上団体というのを聞いて私はもうあきらめた、あきらめます 。だってこんなに信用されてなかったっていうのをはっきり言われたようなもの 。(提案前に)まったく説明もなく、やっぱり県の見方は、文化施設に対しての見方っていうのはこうだったんだなって思った」
県の文化に対する姿勢は、これからの学芸員たちと文化施設全体の活動を左右すると藤川さんは考えています。
■牧野植物園 植物研究課長 藤川和美さん
「『5年で変わるから人材が来なくなる』ではなくて、これを高知県として言ってしまったということで、若い人が来ても『やっぱりここ違うよね』ってステップアップして、長くいる人がいなくなるんじゃないかなって。学術資料の価値とか地域での調査って長くしていると分かることもあるし、コレクション(収集)というのはそういうもの。学芸員の力で集めてくるものが多い。これからどんどん落ちて落ち込んでいくのかなって、活動がね」
公立の文化施設の役割とは何か。
美術館や坂本龍馬記念館を運営する県文化財団の鎌倉理事長は、「文化施設はそもそも収益を上げられるものではない」といいます。
■県文化財団 鎌倉昭浩理事長
「収益というのは言い換えると利益。利益というのは一般的には収入が費用を上回った差額分、これは文化施設としてはなかなかありえない」
鎌倉さんがその根拠として挙げるのが、博物館法の第26条です。
■県文化財団 鎌倉昭浩理事長
「運営している博物館・美術館に適用される博物館法という法律がある。この法律のなかでは『公立博物館は入場料・その他博物館資料の利用に対する対価を徴収してはならない』と『ただし運営上必要な経費のやむを得ない部分については徴収することはできる』と、そのいただく入館料をはるかに上回る費用がかかっているというのが実態。一般的に言う収益・利益というものが生まれる構造ではない」
また、美術館の学芸員は全員が県外の出身。美術館だけでなく学芸員の多くは研究ができる環境を求めて県外から移住してきた人々で、鎌倉さんはそんな学芸員たちが長期間研究に取り組める環境作りが県民のためにもなるはずだと考えています。
■県文化財団 鎌倉昭浩理事長
「みんな思いを持って、ここで働きたいと愛情をもって仕事をしていただいている。こうした組織なので、できたら直指定の長期間、より腰を据えてじっくりと取り組めるという体制が団体にとってももちろんだが、ひいては県民のみなさんのきっとお役に立てる組織になっていくだろうという思いを持っている」
わたしたちが文化に触れる機会を身近で提供している県立の文化施設。
県は文化施設を長年運用してきた団体の自律性を上げることも、それにともなって公募を行うことも「県民のため」だと主張します。
●濵田知事
「文化というのも『ただ』ではできないと思っている。文化で稼ぐ収益主義になってしまうというのは問題だというのはその通り。そこは県民に適正な手頃な対価で良質な文化を楽しんでもらう。その環境作りは県の仕事だと思っているが、付加的なサービスというものにも挑戦してもらいたいというのが私の思い」
より良い文化施設のあり方とはどのようなものなのか。先人たちから継承した県民の財産を次の世代につなぐためにも、いま一度立ち止まって考える必要があるのではないでしょうか。
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