米国の追加関税はスイス経済に大きな影響を与えている
Keystone / Christian Beutler
米国のトランプ大統領がスイスに対し異例の相互関税率39%を発動し1カ月が経った。国内では影響が徐々に現れ始めている。
このコンテンツが公開されたのは、
2025/09/07 10:03
Mavris Giannis
スイスは世界の中でどのような位置にあるのか?そしてどこへ向かっているのか?現在、そして将来起こりうる展開に焦点を当てる。
学業(歴史、法律、ヨーロッパ研究)を終えた後、アテネのスイス大使館で勤務。国内外を問わず、地方レベルでも国内レベルでも、フリーランスとしてもスタッフ・ジャーナリストとしても活動。現在は外交に重点を置く。
筆者の記事について
ドイツ語編集部
他の言語(3言語)
おすすめの記事
おすすめの記事
「スイスのメディアが報じた日本のニュース」ニュースレター登録
スイスの主要メディアが報じた日本関連ニュースの要約をメールでお届けします。日本の国内報道からは得られにくい、国際的な視点も含んでいます。登録無料。
もっと読む 「スイスのメディアが報じた日本のニュース」ニュースレター登録
米国の相互関税率で、スイスよりも税率が高いのは5カ国だけ。全ての先進国および欧州諸国の中で、スイスが最も高い。米国はスイスの主要貿易相手国であるため、一部の業界は打撃となった。
これまでの経緯は?
トランプ米大統領は4月2日、いわゆる「解放の日」と位置付け多くの国々に対し輸入関税の一括引き上げを発表した。スイスは31%で、国内に大きな不安が広がった。しかし、スイス連邦政府と経済界は、交渉で引き下げは可能だと楽観した。政府は交渉が成功したとして、夏には英国並みの10%になると確信していた。
だが、スイスの建国記念日である8月1日、トランプ氏は4月の31%をさらに上回る39%をスイスに突きつけた。スイス国内には衝撃が走った。
どの業界が最も大きな影響を受けている?
具体的な影響がどの規模になるかはまだ明らかでない。しかし、すでに一定の結論は導き出せる。スイス連邦経済省経済事務局(SECO)は、スイスの輸出全体で影響を受けるのは約 10% と予測する。これは医薬品と金は「相互関税」の対象外だからだ。しかし、これら 2 業界は、対米貿易黒字額約390億フラン(約7兆円)の最大要因でもある。おそらくトランプ氏は、対スイスの貿易赤字を元に関税率を弾き出したとみられる。
時計業界とスイス技術産業(機械、電気、金属を含む)は、相互関税の影響を最も強く受けることが予想される。精密機器、時計、宝飾品、機械は医薬品と並び、スイスの主要な対米輸出品だからだ。
関税の影響は地域ごとに大きく異なる。スイス西部のいくつかの州では、全労働者の 30% 近くがハイテク産業や時計産業に従事する。一部の州は、対米輸出の割合が特に高い。多くの企業はトランプ氏の施策を予想し、関税発表前に対米輸出を前倒しした。このため現時点では正確な影響を図ることは難しい。
さらに、米ドルが対フランで下落していることも、輸出業者にとっては製品の価格上昇という二重の負担を強いている。
スイス経済全体にとってどのような意味があるのか?
スイスの第 2 四半期の 国内総生産(GDP) 成長率は、前年同期の 0.7% から 0.1% に低下した。トランプ政権が強硬な貿易政策をとることは織り込み済みで、この数値は予想の範囲内だった。景気低迷は一つの問題だが、むしろ不確実性の方が問題だと、SECO は述べている。
とはいえ、SECOは深刻な景気後退が起こるとは予想していない。いずれにせよ、米国市場はスイス経済にとって最も重要な販売市場ではない。
しかし、経済的な打撃は確実に発生する。スイス企業は95億ドルの売上高減、40億ドルの利益減が見込まれる。これは主に、米国への輸出が4分の1減少すると予想される、高品質の製品を取り扱う産業で発生する。連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)の経済調査機関 KOF の最初の予測では、GDPは年間最大 0.6% 減少する。製薬業界にも関税が課せられた場合、その減少幅はさらに大きくなる。
現在の失業率は約 2.7% で、過去 20 年間のスイスと比較すると、かなり低い。SECO は、緩やかな失業率の上昇を見込む。2026 年の予想失業率は 3%〜最大 3.5%だ。スイス経済団体エコノミースイスは、 10 万人の労働者が直接影響を受けるとしている。間接的な影響を受ける可能性のあるサプライヤーやサービスプロバイダーは含まれない。そのため、政府は、パンデミック中に有効性が実証された短縮労働制度を拡大する方針だ。
連邦内閣は関税の引き下げに積極的に取り組むことを早々に明らかにした。その一環として、トランプ氏に「改善された提案」を行う意向だ。その内容については、交渉上の理由から公表していない(スイス側は、対抗関税はすでに排除している)。
しかし、欧州連合(EU)などと比較すると、スイスが米国に提供できるものは限られる。スイスのGDPや購買力は非常に高いが、人口はわずか900万人だ。米国の輸出産業にとって、スイスは特に魅力的な市場ではない。
おすすめの記事
トランプ関税発動 暮らしにどう影響する?
新しい関税率は、みなさんの暮らしにどのような影響を与えると思いますか?ご意見をお待ちしています。
議論を表示する
米国にとってどのような意味があるのか?
スイスは米国における第6位の外国投資国だ。他の国々とは異なり、すべての州に投資しているとSECOは述べている。さらに、スイスの投資下で、米国の労働者が高賃金で働いている。投資家が米国から資金を引き上げた場合、米国経済の一部分野にも影響が及ぶことは必至だ。
中期的には、米国市場からの部分的な撤退が予想される。SECOの目標は、貿易協定を通じてスイスの輸出先を多様化することだ。これは、スイスの対外経済政策の重要な柱として長い間位置付けられてきたが、現在ではその重要性が高まっている。
医薬品と金は今後どうなる?
関税が免除されるこの 2 つの分野は、大きな議論の対象となっている。トランプ氏にとって、これらは経済政策上、極めて重要な分野だ。米大統領選では、医薬品価格の引き下げを公約し、スイス企業に対して継続的な圧力をかけることでそれを実現しようとしている。また、トランプ氏は金に個人的な親近感を抱いていると言われ、それが理由で対象から外れたとも憶される。
スイスの製薬大手(スイスの付加価値に大きく貢献)の製品も対象外だが、これらの企業は生産を米国に移転するよう強い圧力を受けている。医薬品価格は大部分が米国で決定されているにもかかわらず、間接的な方法で価格に影響を与え、さらに新たな雇用を創出するよう求められている。
金に関しては状況が異なる。スイスには大規模な金精製所がある。国内経済での重要性は低いとはいえ、国際取引される貴金属は輸出入統計で顕著な存在となっている。スイス政界では、対米貿易赤字をいかに増やさないか、あらゆる策が公然と議論されている。
編集:Benjamin von Wyl、独語からの翻訳:宇田薫
おすすめの記事
おすすめの記事
外交
外交
絶えず変化する世界の一員であるスイスは、どのような外交政策を進めているのか?その最新動向を解説します。
もっと読む 外交
このストーリーで紹介した記事
続きを読む
次
前
おすすめの記事
アフリカの影響力拡大 各国が関係強化を模索
このコンテンツが公開されたのは、
2025/07/21
今世紀末には、世界の3人に1人がアフリカに住むとされる。それに伴い、アフリカ連合(AU)の重要性も高まる。スイスはすでに外交的接近を進めている。
もっと読む アフリカの影響力拡大 各国が関係強化を模索
おすすめの記事
「民主主義は富をもたらす」時代は終わったのか
このコンテンツが公開されたのは、
2025/08/26
民主主義は経済的繁栄を約束するという論理は、過去数十年の民主制の世界展開で重要な役割を担ってきた。しかし、スイスのようなわかりやすい成功例があるにもかかわらず、このナラティブ(物語)の効力は弱まっている。
もっと読む 「民主主義は富をもたらす」時代は終わったのか
おすすめの記事
スイス経済展望2025 輸出産業を取り巻く雲
このコンテンツが公開されたのは、
2024/12/27
隣国ドイツの景気減速やインフレといった逆風に負けず、2025年のスイス経済は底力を発揮しそうだ。だが業界別の課題を見渡すと、その先行きは必ずしもバラ色ではない。
もっと読む スイス経済展望2025 輸出産業を取り巻く雲
おすすめの記事
よく分かるスイスの対EU外交 高賃金と主権を死守
このコンテンツが公開されたのは、
2025/02/12
2024年12月、スイスと欧州連合(EU)の関係は歴史的な節目を迎えた。貿易や労働・人の移動の自由などに関する二国間協定を更新するための交渉が大筋合意したのだ。合意のポイントをまとめた。
もっと読む よく分かるスイスの対EU外交 高賃金と主権を死守
WACOCA: People, Life, Style.