福島県をホームタウンとするプロサッカークラブ「福島ユナイテッドFC」(運営:スポーツX)は、秋𠮷浩気氏が率いるVUILDの設計により、福島市内に木造のホームスタジアムを建設する。小断面の木材を束ねたHP(双曲放物面)シェルを主とする純木造で、すべて福島県産の製材を使う。構造設計はArupの金田充弘氏が担当する。2025年8月30日18時に計画案の情報が解禁された。
俯瞰のイメージ図(資料提供:VUILD、以下も)
コンセプトスケッチ
当サイトをよくご覧になる方はご存じのとおり、秋吉氏は「第1回みんなの建築大賞」(2024年)を東京学芸大学内の「学ぶ、学び舎」で受賞している。今回の福島のプロジェクトは、ヴェネチア・ビエンナーレの関連展会場で8月29日16時に先行して発表するとのことだ(Xの投稿より)。設計内容や施工方法はもちろん、発信の仕方も実に秋吉氏らしい。
ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展2025とタイミングを合わせて開催されている「TIME SPACE EXISTENCE 2025」でのVUILDの展示エリア。今回のスタジアムのコンセプトスケッチが予告的に展示されていた
展示風景。同展は11月23日まで開催中。現地リポートはこちら
第1回みんなの建築大賞発表時の秋吉浩気氏(2024年2月)。記事はこちら
以下、プレスリリースを引用しつつ(太字部)、公表されたビジュアルを見ていこう。
スポーツXとVUILD、循環型木造スタジアムの構想を公開
スポーツXの運営するサッカークラブ「福島ユナイテッドFC」は、建築系スタートアップVUILD株式会社(ヴィルド。代表取締役:秋𠮷 浩気、以下VUILD)と共に、福島県に建つホームスタジアムの計画案を公開しました。本スタジアムは、地域住民の参加によって復興の象徴として建設され、世界に誇れる「リジェネラティブ(再生型)」なスタジアムの実現を目指します。
■復興の象徴としての木造スタジアム
福島ユナイテッドFCは、2011年の東日本大震災以前に発足し、地域の復興と共に歩みを進めてまいりました。このたび、さらなるクラブの発展を見据え、ホームスタジアムの構想を公開する運びとなりました。新スタジアムは、クラブのエンブレムに刻まれた「不死鳥」の精神を体現し、希望と再生の象徴として建設される予定です。また、震災と原発事故により大きな被害を受けた福島だからこそ、世界に誇れるリジェネラティブなスタジアムの在り方を追求し、この地から未来への力強いメッセージを世界へ発信してまいります。
■福島の木を用いて市民参加で建てる
日本発のサステナブル建築を模索するにあたり、日本の伝統である「式年遷宮」から着想を得ています。そこでは、資源循環・地域参加・技術伝承という「モノ・コト・ヒト」の3つの循環が実現されています。この理念を踏まえ、スタジアムの構造は木造を採用し、福島県産の製材を積層することで全体を形成します。
各部材は分解・再利用が可能な設計とし、地域資源の循環を推進します。また、建築の部材を作る過程でクラブ関係者や地域住民が「お祭り」のように製作に参加できる仕組みを導入。さらに植林や木工教育を通じて、次世代へ技術を継承してまいります。こうして、資源・文化・技術の持続的な循環に挑戦してまいります。
■盆地型気候を活かしたエネルギー循環
エネルギーの循環に関しては、福島の盆地型気候を活かし、自然エネルギーを最大限に利用したパッシブデザインを導入します。屋根の形状により夏は日射を遮り、冬は冷風を防ぐ設計とします。また、外壁の形状変化によって夏は卓越風を取り込み、冬は風を遮断します。さらに、集水した雨水を再利用し、冬季に蓄えた冷熱を夏季の冷房に活用します。
このような自然エネルギー循環の取り組みによって消費エネルギーを削減するとともに、敷地内で生産した再生可能エネルギーを貯蔵することで、エネルギーの自給自足を実現してまいります。最終的には、持続可能性と再生デザインを評価する世界最高水準の環境指標「Living Building Challenge」の取得に挑戦してまいります。
これらの挑戦を通して、私たちは福島の人々と共に、夢と勇気、そして未来への希望をつくりあげたいと考えております。引き続き、皆さまからのご支援とご声援を賜りますようお願い申し上げます。
建設地の詳細はリリースに書かれていないが、「福島民報」の記事によると福島市内とのこと
HPシェルと懸垂曲面を組み合わせる─建築計画の詳細について
■意匠設計について
5000席規模のスタジアムを考えるにあたり、最初に重視したのは「小断面を周回させる」という考え方です。小規模スタジアムでは拡張性を考慮し、メインスタンドに席数を集中させる計画が多く見られます。しかし、その場合メガストラクチャーになりやすく、コスト高を招きます。本計画では、2階建て住宅規模の断面を一周させることで全体を構成。これによりコストを抑制しつつ、施工性を高め、人の手による建設が可能な「ヒューマンスケールのスタジアム」を実現します。
平面計画においては、建物を3000m2以下に分割し、断面は2階建・高さ16m以下に抑えることで準耐火建築物としました。4棟の境界部をエントランスとし、動線と分節を兼ねています。1階には更衣室や控室、トイレ、売店等を配置。メインスタンド側2階にはVIP席・実況席など主要機能を設け、バックスタンド側には収益性を考慮しホテル機能を導入しています。
これらの計画を成立させるためには約6mのスパンを飛ばす必要がありました。そこで本計画では、小断面材を束ねることで形成するHPシェル構造を採用。これにより短手方向の屋根の跳ね出しと、長手方向の大スパンの両立を可能にしました。更にシェル上にはトラスを載せ、そこから懸垂曲面状に木材を吊り下げることで屋根を形成。
HPシェルと懸垂曲面という二つの構造形式を組み合わせることで、スタジアムとして合理的かつ象徴性の高い架構を実現しています。結果として、福島の伝統的建築景観「大内宿」の茅葺きの三角屋根が連続するような外観を生み出し、地域性との調和を図ります。
また、建設方法にも特徴を持たせています。構成部材を地域参加者が運び、引き起こすことでシェルや懸垂屋根を組み上げる方式を計画。祭礼における神輿や巨木建てに倣った祝祭的な建設プロセスとすることで、単なる工事を超えた「復興的建設の象徴」として位置づけています。
■構造設計について
本計画では、半屋外型スタジアムの屋根を、直線の製材によってHP曲面と懸垂曲面で構成し、複雑な形態をシンプルな構造システムで解くことを目指しています。直線の製材を用いることで、加工や施工の容易さ、コストの抑制、地域材の活用による持続可能性の確保といった利点が得られるとともに、HPシェルと懸垂型シェルのそれぞれの特徴を活かした構造計画とします。
HPシェルは高い剛性があり、大スパンを柱なしで成立させることができる合理的な構造形態です。本計画では、直線の製材をずらしながら捻じることでHP曲面を構成し、HPシェルの対角を着地させることでアーチ効果を生み出し剛性を確保します。また、HPシェルのエッジ部分は屋根を支える柱としても機能し、屋根を支える面としての機能と、柱としての線としての機能する役割を兼ね備えています。さらに、HP曲面の四周および対角方向には製材によるトラスを組み込み、面剛性を高めることで、構造の安全性を高めるとともに、施工時のガイドとなります。
HPシェルの上部には、懸垂面状に直線材を敷き並べて懸垂曲面を構成しパーツごとにビス止めを行い、現場施工時にプレストレスを導入することで形状の安定性と構造的性能を確保します。これにより、軽量でありながら高い耐力を持つ、合理的な構造体の実現が可能となります。
使用するすべての材には福島県産の製材を用い、これらのシェルは、構造用ビスを用いて、NLT(Nail-Laminated Timber)のように製材同士を接合し、連続的なシェル曲面を形成します。これらのシェルはオフサイトで人々の手によってユニットを製作し、現地でアッセンブルします。そのようにすることで、地域資源の活用と参加型の建設プロセスを推進します。構造的合理性と地域参加の仕組みを融合させたこの計画は、福島の木材と人々の手によって形づくられる、地域に開かれた建築の提案となります。
■環境設計について
本計画では、敷地の特性と気象条件を最大限に生かし、自然エネルギーを取り込むパッシブデザインにより、サステナブルで快適なスタジアムを実現します。
屋根面は、南側屋根の長さを短く抑えることで、太陽光をフィールドの芝生面まで十分に届け、光合成を促進して芝生の生育環境を整えます。北側屋根はフィールド側に延伸し、夏期の高い日射角の直達日射を遮蔽することで、観客席の快適性を確保します。
屋根面に降った雨水は客席下の雨水貯留槽に貯め、芝生への散水やトイレの洗浄水に再利用します。これにより上水の使用量を削減し、環境負荷とコストの削減を図ります。
外壁はウインドキャッチャーとして機能し、夏期・中間期に吹く北西からの卓越風を効率的に室内・観客席に導入します。これにより暑熱環境を緩和するとともに、空調・換気の稼働を抑えて省エネルギーに貢献します。また、観客席下部に通風スリットを設け、全方位からフィールドに風が流れる環境を作り、芝生の成長を促します。
さらに、敷地の厳しい冬の寒さを活用し、低温空気で氷を生成してそれを客席下の氷室に貯蔵します。夏期にこの氷を融解し、その冷気を冷房に活用することで、空調負荷を削減します。
これらの計画により、自然と建築が呼応し、エネルギー消費を最小限に抑えながら、観客・選手・芝生すべてにとって快適でサステナブルな環境を実現します。
FEM解析で変形量を、年積算照度解析で芝生の生育環境を、CFD解析で風の効果を検証
■多目的最適化について
本計画では、建物の形状を数値化されたパラメーターとして扱い、スタジアムの観客席のSET*(気温、湿度、気流、放射、着衣量、代謝量から求まる温熱環境体感温度)、構造材の使用量によるカーボンニュートラルへの貢献、ピッチ面での風速や、芝生の育成に適した環境条件など、複数の要素を同時に検討するオプショニアリングを行います。これにより、建物の形や構造、環境性能の関係を定量的に把握し、スタジアム全体の空間の質や環境への配慮を最大限に高めることを目指します。構造合理性のみならず、環境への応答性や人とのつながり、地域資源との関係性を含んだ、持続可能な空間として構築していきます。
複数パラメーターの検討結果を元に、最適なモデルを選択
このような意匠・構造・環境・施工を同時に扱う統合的な設計手法を実現できるのは、デジタル設計からデジタルファブリケーション(デジタルデータをもとに直接部材を加工・施工する手法)まで一貫して担うVUILDと、世界的なエンジニアリング・コンサルティング会社Arup(英国ロンドン、東京オフィス:東京千代田区)との協働によるものです。両者の持つ高度なデジタル技術を組み合わせることで、リジェネラティブな建築設計の在り方を模索していきます。
ここまではリリースの引用である。これに関連して、いくつか秋吉氏に質問したので参考まで。
──設計者はどのように決まったのですか?
小山(淳)CEOからの指名で僕に突然連絡がきました。まれびとの家なども泊まられて、メタアーキテクトも読まれて、この人ならということみたいです。
──木造は与件ですか? VUILDからの提案?
こちらも先方からの依頼です。混構造の方が楽なところもあったのですが、純粋に木造でいきたいという意向でした。
──完成時期は?
現時点で公表できるところまで確定できてないのですが、最速で進めていきます。
筆者(宮沢)は、3年前から福島県の建築サイト「ふくしま建築探訪」に協力しており、福島には特別な思いがある。完成をリポートできるのを楽しみにしている。
■福島ユナイテッドFCホームスタジアム計画案
クライアント:スポーツX、福島ユナイテッドFC
意匠設計:VUILD(秋吉浩気Koki Akiyoshi、中澤宏行Hiroyuki Nakazawa、伊勢坊健太Kenta Isebo、山中歩Ayumu Yamanaka)、ボーダレス総合計画事務所(鈴木勇人Hayato Suzuki)
構造設計:Arup(金田充弘Mitsuhiro Kanada、 後藤一真Kazuma Goto、中村優太Yuta Nakamura)
環境設計:Arup(菅健太郎Kentaro Suga、竹中大史Takeshi Takenaka、 銅木彩人Ayato Doki)
スポーツ照明コンサル:Arup(井元純子Junko Inomoto、トレス・サンティアゴSantiago Torres)
CG製作:LITdesign(植村明斗Akito Uemura、坂本翔吾Shogo Sakamoto、チャンコンヴィンクイTran Cong Vinh Quy
)
イラスト製作:VUILD(沼田 汐里Shiori Numada)
■VUILD会社概要
代表者:秋吉浩気(代表取締役CEO)
創業:2017年11月21日
資本金:1億円
本社:神奈川県川崎市川崎区日進町3-4 unico1F-A
事業内容:建築設計、木製品開発及び製造、CNCルーターの販売、デジタル人材育成、事業開発支援、ITサービス開発
Corporate URL:https://vuild.co.jp/
記事中で触れた「ふくしま建築探訪」はこちら↓から。
WACOCA: People, Life, Style.