2022年、ドイツのエネルギー供給会社Eonの役員とフォーテスキューの創業者アンドリュー・フォレスト (Andrew Forrest) 氏はオーストラリアからドイツへグリーン水素を供給する契約を締結した
(Michael Kappeler/picture alliance via Getty Images)

世界が気候変動対策を模索する中、オーストラリアはグリーン水素に多額の投資を行ってきた。

グリーン水素は、製鉄やアンモニア生産といった一部の産業の工程で炭素排出量を削減する最良の選択肢となってきている。しかし、オーストラリアでこの夢を実現するのは困難であることが分かってきた。

最近、そのことを示す2つの発表があった。今月、クイーンズランド州政府はセントラル・クイーンズランド・水素ハブへの財政支援を撤回した。これは、エネルギー会社であるフォーテスキュー(Fortescue)がクイーンズランド州と西オーストラリア州でグリーン水素関連の雇用を90人削減した数週間後のことであった。

筆者は以前、連邦公務員として2019年にオーストラリアの国家水素戦略の策定を主導していた。また、水素がオーストラリア経済の脱炭素化に与える影響をテーマとしたグラッタン研究所の報告書の共同執筆者でもあった。本記事では、水素産業の立ち上げにおける主な課題について説明したい。

そもそも、グリーン水素とは何か?

水素は宇宙で最も軽く、最も豊富に存在する元素である。通常は気体、あるいは他の元素と結合した状態で存在する。

水素は肥料、爆薬、プラスチックなどの製品の製造に使用される。将来的には、鉄鋼や化学製造などの産業において、化石燃料に代わるゼロエミッション燃料となり得る。

オーストラリアは現在、天然ガスを用いて、ごく少量の水素を製造しているが、その天然ガスは温室効果ガスを排出する。オーストラリアは、再生可能エネルギーを用いて水から水素を取り出すプロセスを通じて、「グリーン」水素、つまりゼロエミッション水素を生産する絶好の立場にある。

しかし、大規模なグリーン水素産業の構築は簡単なことではない。以下に、5つの主な課題を挙げる。

1. 学習曲線は急峻

現在、オーストラリアでは約15の施設でグリーン水素が生産されているが、いずれも1日あたり8キログラムから1トンという少量生産である(下図参照)。

対照的に、最近中止されたプロジェクトのほとんどは、1日あたり数百トンのグリーン水素を生産するはずだった。例えば、セントラル・クイーンズランド・水素ハブは、当初は1日あたり約200トンの生産量であったが、2030年代には800トンにまで拡大する予定であった。

これらの大規模プロジェクトが失敗したことは、オーストラリアは大規模なグリーン水素施設の計画、建設、試運転、運用について知るべきことが数多くあることを示す。

現在オーストラリアで稼働している水素プロジェクトは、提案されているものよりも桁違いに小規模である
(Grattan Insitute, CC BY-NC-SA)

2. 需要が限られている

現在、オーストラリアで使用される水素は年間約50万トンである。これは国内のエネルギー消費量の1%未満であり、大した量ではない。

使用される水素のほとんどは天然ガスを原料として生産されており、石油精製所やアンモニア工場など、水素を必要とする既存の産業施設で生産されている。別の原料から水素を生産するには、これらの施設で設備変更が必要であるが、それは大規模なものであり、コストがかかる。

では、新たなグリーン水素製造業者はどうすれば需要を作り出せるのか?

第一の選択肢は、企業がコストをかけて事業運営の形を変更してグリーン水素を導入するよう、外部から働きかけることである。だが、これは簡単なことではない。第二の選択肢は、新たに大きな市場を見つけることであるが、これは次の課題につながる。

3. 鶏が先か卵が先か

再生可能水素は、そのままで従来の燃料に取って代わることはできない。

家の中の配管やコンロのバーナーを変えなければ、ガスコンロで水素を燃焼させることはできない。同様に、製錬工程を変えなければ、石炭の代わりに水素を使うことはできない。

これは鶏が先か卵が先かという問題を引き起こす。グリーン水素の推進者であっても、製品を購入する多くのユーザーがいなければ、大量生産に投資することはない。しかし、多くのユーザーも、供給が確実なものでなければ、生産工程に投資することはない。

4. グリーン水素は高価である

グリーン水素は従来の水素よりもはるかに高価である。そして今のところ、人々がグリーン水素のために喜んで高い金を支払おうという様子は見られない。

そのため、グリーン水素が従来の水素と競争するには、政府の補助金が必要である。

グリーン水素の費用が莫大になるのは、その製造に使用される電力によるところが大きく、現在その価格は高騰している。

再生可能エネルギーが拡大すれば、オーストラリアの電力価格は低下すると予想されている。しかし、オーストラリアで大規模な再生可能エネルギー発電所を建設することそのものが困難なのである。

5. 経済と政治の混乱

近年の世界市場の混乱により、企業は中核事業以外への投資に慎重になっている。また、世界的なインフレにより、グリーン水素の製造に必要な電力費用は上昇している。

世界各国政府は自国の経済の維持に必死であり、そのため、グリーン水素を削減している国がいくつもある。

オーストラリアでは、グリーン水素は依然としてアルバニージー政権の「フューチャー・メイド・イン・オーストラリア」政策の中心である。また、水素は連邦レベルでも州レベルでも二大政党が合意できる数少ない分野である。

しかし、変化の兆候が見られる。昨年、連邦野党は政府の水素税額控除に反対し、昨年10月に政権を獲得したクイーンズランド州自由国民党(LNP)政権はセントラル・クイーンズランド水素ハブへの支援を撤回した。

次は何か?

オーストラリアがグリーン水素を使い、2050年までにネットゼロエミッション目標達成に貢献するには、まだ長い道のりが待ち受けている。

では、これまでに何を学んできたのか?

中止された多くのプロジェクトは、「ハブ」モデルの導入を試みていた。ハブモデルでは、複数のユーザーを一つにまとめ、サプライヤーにとって魅力的なモデルとなるよう設計されていた。しかし、これは調整が難しく、世界情勢の変化に影響されやすかった。

グリーン水素産業は、その製品の最も有望な用途に注力すべきである。例えば、アンモニア製造に十分な量のグリーン水素を製造することに成功すれば、それを基盤として、最終的には製鉄など、さらに大きな産業を支えることができる。

また、産業により投資効果が異なるという事実を反映させるために、補助金の構造を見直すタイミングでもある。現在、連邦政府の水素ヘッドスタート・プログラムと水素税額控除は、水素の使用方法についてはっきりしたことを定めていないため、適切な場所で需要を生み出すことにほとんど役に立たない。

最後に、政治的結束を更新する必要がある。水素プロジェクトには多額の資本が必要であるため、超党派がグリーン水素産業を支援しなければ、投資家は不安に駆られる。

オーストラリアでは、グリーン水素への期待は薄れつつある。希望を抱かせる要素はいくつかあるものの、成功には多大な努力が必要である。

(2025年8月7日公開)

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