オーストラリアは、長く堅調な経済成長を遂げてきたことから、「幸運な国」と言われてきました。しかし、その幸運の風向きが変わりつつあります。かつて「奇跡の経済」とまで言われたオーストラリア経済は、今、岐路に立たされているのです。

「外食は週に1回だけ」家計が直面する厳しい経済状況

一見すると、オーストラリア経済は依然として好調に見えるかもしれません。

しかし、その実態は異なります。

国の経済成長は確かに続いていますが、国民一人当たりの経済状況は後退しているのです。

これはつまり、国全体としては不況ではないものの、多くの国民は日々の生活の中で不況を感じている、という矛盾した状況を意味します。

ある人は「外食は週に1回だけと決めた」、「出費には気を配り、全て予算を立てている」と語るように、家計は厳しい局面に立たされています。

では、なぜ「幸運な国」オーストラリアはこのような状況に陥ってしまったのでしょうか?

そして、その幸運は尽きてしまったのでしょうか?

TBS CROSS DIG with Bloomberg資源と移民が支えた経済成長

オーストラリアは、世界でも稀に見る経済の安定性を誇ってきました。

パンデミック期を除けば、1990年代初頭から不況を回避し続けてきたのです。

この「奇跡」を支えてきた主な要因は、大きく分けて二つあります。
第一に、その豊富な天然資源です。

オーストラリアは、鉱業ブームの恩恵を立て続けに受けてきました。

オーストラリアは世界第2位の石炭輸出国であり、鉄鉱石、天然ガス、金の主要生産国でもあります。

天然資源が国の輸出全体のほぼ60%を占めるほどで、2023年6月から2024年6月までの1年間で、鉱業だけで2800億ドル(約40兆円)もの輸出収入がありました。

これは、ニュージーランドやギリシャのGDP全体を上回る規模です。

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第二に、活発な国際的な移民の受け入れです。

オーストラリアは長年にわたり、国際的な移住に大きく依存してきました。

過去20年間で、オーストラリアの移住による人口増加率は35%に達し、これは他のどの先進国よりもはるかに速いペースです。

この力強い人口増加が、経済成長を下支えする大きな原動力となってきました。

実際、オーストラリア経済は過去30年間、パンデミック期を除けば毎年、成長を続け、金融危機の最中でさえも成長を維持しました。

これは、同時期に不況に陥った米国、カナダ、英国といった他の主要国とは対照的な状況です。

TBS CROSS DIG with Bloomberg深刻な住宅危機と高インフレ

しかし、近年、オーストラリアは明らかに「悪い時期」を迎えています。

その兆候は、特に国民の日常生活に現れています。

ベトナム出身で小さなコーヒーショップを経営するキム・ダオさんは、30歳でオーストラリアに来て以来、その生活の変化を肌で感じています。

去年、パートナーと二人で住むためのワンベッドルームアパートメントを探すのに6ヶ月もかかり、内覧には常に長蛇の列ができていたと言います。

これは、キムさんだけの問題ではありません。

オーストラリアは今、深刻な住宅危機に直面しており、住宅価格は高騰し続け、需要が供給を大幅に上回っています。

特にシドニーの住宅価格は、収入に対する住宅価格の中央値で見ると、香港に次いで世界で2番目に高い水準です。

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さらに、物価上昇も国民生活を圧迫しています。

ブルームバーグが発表する「バーベキュー指数」(バーベキューに使う食材の価格を測る指数)を見ると、2020年の創設以来、豚肉、牛肉、アイスクリーム、チーズ、野菜などの価格は大幅に上昇しています。

キムさんのコーヒーショップでも、毎日焼きたてのパンを提供するために新鮮な食材を仕入れる必要があり、その価格変動が経営に大きな打撃を与えていると話します。

顧客への値上げをためらいながらも、近いうちにそうせざるを得ないだろうと苦しい胸の内を明かしました。

オーストラリアだけが高インフレに苦しんでいるわけではありませんが、より深刻なのは、物価の上昇に賃金が追いついていないことです。

国民は日用品により多くを支払っているにもかかわらず、収入はほとんど増えていないと感じています。

TBS CROSS DIG with Bloomberg 一人当たりGDPは21ヶ月連続で減少 

統計を見ると、オーストラリアのインフレ率は上昇していますが、インフレを考慮した実質賃金は2年以上もの間マイナスで推移しています。

そして、この状況はマクロ経済の数字にも表れています。

国全体のGDPは成長を続けている一方で、一人当たりGDPは減少に転じました。

実際、2023年3月から2024年12月までの21ヶ月連続で減少が続いています。

これにより、国民は以前よりも消費できなくなり、貯蓄も難しくなっています。

家計の可処分所得の成長率を見ると、パンデミック以前は比較的、堅調でしたが、パンデミック以降はOECD平均をはるかに下回る水準に落ち込んでいます。

この「幸運な国」に忍び寄る不運な状況の背景には、いくつかの要因が挙げられます。

TBS CROSS DIG with Bloomberg家計債務は家計所得の200%超 生産性はこの10年で横ばい

まず、住宅供給の不足です。

国は広く移民を受け入れ、人口が増加したにもかかわらず、人々の流入に対応できるほどの住宅供給を増やすことができませんでした。

パンデミック後に国境が再開されると、海外からの人の流入が大幅に増え、既存のものの価格、特に住宅に上昇圧力をかけ始めました。

土地の利用や供給が都市計画の規制によって制限されていること、そして手頃な価格の公営住宅が不足していることが、需要と供給の大きなギャップを生み出しています。

国民が家賃に割ける額は、少なくとも2008年以降で最低レベルとなっており、収入のかなりの部分が家賃や住宅ローン支払いに充てられているのが現状です。

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次に、家計債務の増大です。

経済の健全性は、収入と支出のバランスで測られますが、オーストラリアの家計債務は家計所得の200%を超えており、これは世界でも最も高いレベルの一つです。

対照的に、米国はその約半分に過ぎません。

そして最も根深い問題の一つが、生産性の低迷です。

過去10年間で見るとオーストラリア経済の時間当たりGDPは横ばいです。

これは、生産性の向上がほとんど見られない10年であったことを意味します。

この傾向は統計にも明確に表れており、長年、米国を上回っていたオーストラリアの生産性成長率が、パンデミックを境に逆転してしまいました。

オーストラリア経済がサービス産業への依存度が高いことも、生産性が低迷した一因と指摘されています。

介護・福祉はオーストラリア最大の分野であり、障害者向けや高齢者向けサービスが大幅に増加していますが、これらの一部は鉱業や製造業といった他の産業に比べて生産性が低い傾向にあります。

また、経済にダイナミズムを注入し、生産性を向上させるのに重要なスタートアップへの資金調達も、一人当たりの資金調達額で見ると他国に大きく遅れをとっています。

TBS CROSS DIG with Bloomberg「幸運な国」の未来への課題

オーストラリアは今、新たな不確実性の世界に直面しています。

米国の政策の不確実性、中国経済の減速といった外部からのショックに対し、経済をより強くする必要があります。

同時に、高騰する生活費に苦しむ国民を適切に支援することも喫緊の課題です。
一部の政治家は、経済改革の必要性を訴えています。

オーストラリアでは1990年代以降、大きな経済改革は行われていません。

製造業や鉱業の分野では、イノベーションを促進し、投資を奨励することで、競争力を維持できるよう支援することが求められています。

政府は、環境に配慮した製造業やハイテク産業の推進計画を導入するなど、この方向へ一歩踏み出しました。

しかし、アナリストは、投じられる資金が比較的、小さいことや、オーストラリアの潜在的な成長分野を探るために、さらなる努力が必要であると指摘しています。

各国が関税をかけ合う現在の貿易戦争の時代において、これは非常に重要な課題です。

また、住宅危機を解決することも、もう一つの大きな課題です。

これまで「世界の国々の中でも特に経済が好調で、高く評価されてきた」オーストラリア。

しかし、このまま生産性が上がらない状況が続けば、オーストラリア経済の力が相対的に弱まり、他の国に追い抜かれてしまうという懸念が高まっています。

果たして「幸運な国」は、この試練を乗り越え、再びその輝きを取り戻すことができるのでしょうか。

今後の政府の政策、そして国民一人ひとりの努力が、オーストラリアの未来を左右する鍵となるでしょう。

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