楽天は、ウクライナの防衛技術イノベーションを支援する政府機関「Brave1」と協力し、ウクライナのスタートアップ企業と日本政府や日本の防衛産業企業などとの連携を支援する取り組みを開始した。記者会見では、ウクライナの戦線を支えている技術が日進月歩でイノベーションを繰りかえしている現状や、日本と連携する意味、楽天の防衛市場参入の可能性などについて語られた。

活動の一環として、楽天は日本で唯一の防衛・安全保障総合展示会「DSEI Japan 2025」にウクライナのスタートアップ企業6社の出展を支援し、日本市場への進出を後押しする。

楽天はこれまで、ウクライナへの人道支援として、2022年2月に楽天クラッチ募金の寄付金額12.9億円、三木谷氏の個人寄付10億円、チャリティTシャツ募金5,136万円のほか、同年12月には発電機500台を寄贈。2023年8月にはウクライナのインフラ再構築に向けた取り組みとして、Open RANとデジタルサービス分野での協業について基本合意を締結。同年9月には三木谷氏本人がゼレンスキー大統領との直接会談も行なっている。

また、楽天のサービスとしては、チャットアプリ「Rakuten Viber」を提供し、現在普及率は98%という。

記者会見では、楽天グループ 執行役員 社長室 室長の向井秀明氏が登壇し、「ウクライナは民間防衛産業が非常に発達しており、同国で発達したスタートアップ技術を日本にもってくることは国益になる」とコメント。「DSEIに出展してもらうことで、旬で力のあるウクライナのスタートアップをみてもらい、日本が遅れていると言われる防衛産業へのスタートアップ活用を後押ししたい」と語った。また、こうした支援が戦後のウクライナの経済成長にも繋がるとしている。

Brave1との取り組み

Brave1は、ウクライナ政府が民間スタートアップ企業を支援するために作った防衛技術クラスターで、設立は2023年。防衛技術の開発と実装を促進し、イノベーターとリソース、専門知識、機会を結び付けて、ウクライナの防衛能力に貢献している組織。Brave1を通じて、数多くのスタートアップ企業がウクライナ軍に先進技術を提供しており、戦場でその有効性を実証したという。

Brave1にはウクライナの国防省、デジタル変革省(DX省)、戦略産業省、内務省、経済省、国家安全保障・国防会議らが関与して運営されている。

記者会見に登壇した、Brave1 CEOのナタリア・クシュネルスカ氏は、「Brave1はディフェンステックの国家組織であり、急速なイノベーションを実現して、前線で活用するのがその使命になる」と紹介。現在のウクライナでは「人では無くロボット(ドローン含む)に戦わせるのが重要」であり、1,500の防衛企業と連携しながら3,600の新規技術、300のNATO規格準拠製品を開発してきたという。

特に重点技術とされるのは、下記のとおり。

ミサイルドローンによるスウォーミング(群体制御)次世代型防空システム水上ドローン指向性エネルギー兵器無人ドローン空母精密誘導兵器国産による「Mavic」代替機
※Mavicは中国DJI製のドローンで、戦争初期からウクライナが大量に調達を行なったものCRPA(アンチジャミング技術)

クシュネルスカ氏は、「戦場では悲しみもあるが、実験場ではできない専門知識も得ることができた」とし、「驚異的なテクノロジーを生み出すことで、防衛だけでなく平和な世界を作ることにも貢献できる。日本企業と連携して力を合わせていきたい」などとした。

今回、DSEIに出展するウクライナのスタートアップ企業は下記の6社

Dwarf Engineering(ドワーフエンジニアリング)

ドローン向けの電波妨害を克服する耐障害性に優れたソフトウェア、ハードウェアシステムを専門とする防衛技術企業。独自のソリューションである「Narsil」は、手動で操作するドローンをオペレーターからの指示に基づき、画像認識技術を組み合わせることで、半自律的に動作するプラットフォームとし、電波妨害が多発する現代の戦場での作戦遂行を可能にする

FarsightVision

防衛およびセキュリティ向けAIを搭載した地理空間インテリジェンスを提供するスタートアップ。同社の製品である「FSV Mapper」「 FSV Platform」「FSV Navigator」は、ドローンで撮影した映像を、GNSS(全球測位衛星システム)が利用できない環境下でも自動で物体や変化を検出できる機能を備えた2D/3Dマップに変換する。マップレイヤー間の異常を検出し、優先順位の高い目標を検知するとアラートを発することが可能。

ウクライナ、NATOの標準化されたBMS(戦場管理システム)や状況認識ツールと統合され、タブレットやスマートフォン、VRグラスを通じて利用することもできる。

Griselda(グリセルダ)

ミッションクリティカルな環境でリアルタイムな状況認識と迅速な対応機能を提供するように設計された防衛技術プラットフォーム。現代戦や災害などの非常事態向けに設計され、部隊が脅威を検出し、情報検証とリスクを評価することで、より迅速に情報に基づいた意思決定を行なえるようにする。戦場での連携から人道支援活動まで、断片化されたデータをリアルタイムな作戦遂行のための洞察へつなげていく。

LifesaverSIM

ゲーミングとテクノロジーを活用することで、現実世界における重要なスキル習得を支援するツールを提供するスタートアップ。主力製品は、没入型ゲームのような本格的シミュレーションで、救命スキルを学び、実践することを可能にするトレーニングプラットフォーム。モバイルデバイス向けに設計され、ウクライナ軍部隊のトレーニングツールとして活用されており、医療知識を持たない人でも応急処置を可能にする。

Skyfall Industries

ウクライナ最大のUAV(無人航空機)メーカー。2022年に設立され、ドローン運用において、すでに100万回以上の実績を誇る。汎用ドローンの「Vampire」やFPV(First Person View)ドローン「Shrike」などを展開する。SkyFallは今後、技術的能力を向上させながら製品範囲を拡大し、ウクライナ国内外のニーズを満たすための新しいソリューションを革新することを目指すとしている。

Swarmer

2023年に設立され、複数領域の無人機やロボットが自律的に動作し、大規模な協調で連携できるようにするソフトウェアシステムを提供する。ドローン運用における課題は、ドローン1機に対して1人の操縦士が必要で、ドローン運用を拡大するボトルネックとなっていたが同社のソフトウェアにより、1人の操縦士により数百台のドローンを同時に制御する「スウォーミング(群体制御)」を可能にする。また、異なるメーカーのドローンも同時に制御できる。

楽天の防衛市場参入もありえる?

質疑応答では、楽天の防衛産業とのかかわりや、ウクライナが日本へ期待することなどについて質問が飛んだ。

今回の取り組みが、これまでの楽天の方向性とは異なるように見える点について、楽天の向井氏は、「まずはウクライナを支援したい。現在の戦争が平和的に解決することを後押ししたい」という思いを語り、「その後の復興フェイズで、スタートアップは重要な位置をしめることになる。これを支援することで、戦後の日本のような急速な経済発展を起こしてほしい」と期待を語った。

楽天グループ 執行役員 社長室 室長 向井秀明氏

また、「本気のスタートアップのやりかたを我々が学び、日本に紹介し、楽天のテクノロジーの輪の中にも加えることでプラスにしていきたい。一方で、ウクライナはスタートアップでエコシステムを作る仕組みに成功している。これを学ぶことで楽天の通常業務にも活かせる」とした。

「日本の防衛産業は重厚長大で歴史がある。ここに新たなスタートアップが参入することで、速い速度で開発が進む文化をいかに浸透させるか。ウクライナではこれが成功しており、我々が学べることはある」(向井氏)

Brave1のクシュネルスカ氏は、「日本には特有の科学基盤があり、高度な技術がある。ウクライナは技術を前線で活用したいが、その他のユースケースでも活用したい。楽天はユニークなパートナーであり、協力して日本のマーケットの一部にもなれるし、日本の市場にも貢献したい」などとし、「絆を強化していっしょにやっていきたい。ウクライナに大事なのはそういうした協力だ」などと語った。

Brave1 CEO ナタリア・クシュネルスカ氏

また、ウクライナで活用されているスターリンクなど通信技術の活用について問われると、クシュネルスカ氏は、「現代の戦争はテクノロジーの戦争だ。前線の状況は頻繁に変わり、通信の問題は非常に重要になる。さまざまな通信手段はあるが、ロシアにも強い電子戦ソリューションがあり、お互いに激しい電子戦を繰り広げている。

ドローンについては、ロシアも大量に運用しており、これに対抗するソリューションが必要になる。無線のドローンは通信妨害を受けて運用が難しくなっているが、現在は両軍とも光ファイバーのドローンを使い始めた。

また、スターリンクによる通信は非常に重要で、衛星の活用は戦闘や偵察に欠かせないものになっている。今後もスターリンクは活用するが、その他の通信手段についても開発を行なっている」などとした。

クシュネルスカ氏は、「ウクライナは多くのドローンを開発し国内製造をしているが、ロシアも同じようにやっている。ウクライナが新しい技術を投入すれば、ロシアはその技術を模倣し、無限の資源で開発をしてくる。対抗するにはさらなるイノベーションが必要になる。今後はAI技術の応用も重要で、AIをウクライナのために活用していきたい」などとも語った。

また、楽天モバイルとAST SpaceMobileによる衛星通信サービスをウクライナへ展開する予定について向井氏は、「まずは日本で100%展開することを目指す。しかし、今後は間違いなくウクライナとのコミュニケーションも増え、その中で通信は必要不可欠な要素になる。例えばドローンのような積載量の限られたものに直接スマホ通信を可能にする機能を搭載すれば、ASTの技術をさらに活かすことができる。こうした技術をウクライナのスタートアップに紹介していくなかで、ビジネスに繋がっていく可能性は否定できない」とした。

最後に、楽天は防衛市場に参入するのか、という質問に対して向井氏は「現時点ではウクライナのスタートアップを支援する、ということに限る。しかし、民生製品と防衛技術の垣根は曖昧になっているという現状もある。以前は防衛技術から民間へ、という流れが当たり前だったが、民間のスタートアップの技術が防衛産業に活用されるようになってきた。Brave1と協業するなかで技術を学び民生利用をしつつ、これは間違いなく日本の防衛産業の役に立つ、というものがあれば、そういうところを支援する形で関わることはあるかもしれない」とした。

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