がん克服 焼き鳥店復活 「50周年まで妻と共に」/青森市

厨房に立つ棟方さん(右)と、妻春美さん。二人の声のかけ合いに客の心は和む=4月19日夜、青森市新町の鳥糸

 がんを克服し、一度はのれんを下ろした焼き鳥店を再開させ、前に進む男性がいる。青森市新町の焼き鳥店「鳥糸」の棟方滝雄さん(73)は常連の声に背中を押され、再度厨房(ちゅうぼう)に立つことを決めた。週末の2日間限りの営業だが、にぎわいが続いている。目標は節目の50周年。「あと3年、続けてみせる」

 1978年、中古の愛車売却代で同市古川の居酒屋空き店舗を借り、念願の焼き鳥店を開いた。空き店舗で以前営業していた店の名前から「糸」という字をもらって店名を決めた。

 夕方から未明まで、1本30円の串を手狭な店内で焼き続ける日々。こつこつためた資金を元手に2002年、新町の4階建てビル一棟を買い、1階部分を店にした。

 開業当初から継ぎ足しを重ねているたれは命。焼き台の下のかめに大切に蓄えている。塩も自分が気に入った3種類を、独自の比率で混ぜ合わせている。山形県から仕入れた備長炭も欠かせない。

 会社帰りのサラリーマンが集まる憩いの場として愛される一方、新型コロナウイルスの感染拡大により客が1日3人という苦しい時も過ごした。そんな棟方さんが体調に異変をきたしたのが、23年。便通が悪くなり腹部が張っているのが気になった。診察を受けたところ大腸がんが進行していたことが判明。体力に自信があっただけにショックは大きく、現実を受け止めきれなかった。「ここが潮時なのか」と思って昨年3月、周囲に病状を明かさないまま閉店することにした。

 この年の7月。22センチに及ぶ患部を切除し、手術は無事成功した。大きな痛みはなく執刀医には感謝しかない。入院中、寝ていたベッドで天井を眺めているうち、今までの思い出が脳裏をよぎった。人に恵まれ、松葉づえをついて駆けつける熱烈な店のファンの顔も浮かんだ。「切れのいい半世紀、50年までやってみようじゃないか」と誰かが励ますような声が聞こえてきた。

 退院して体力が回復した11月、ビルの1階から2階へと場所を移し再出発に踏み切った。営業日は金、土の2日間限定。「社長、早く来ちゃったよ」。午後5時半の開店を待ちきれない客が香ばしい匂いに誘われ、カウンターを埋めていく。すぐ満席となるのが恒例だ。

 実は、手術後の精密検査で肺に小さな影が見つかった。担当医からは強い薬を飲む投薬治療を促されたが体への負担が大きく、完治する保証もないため断りを入れた。「ここまで来たら、もうあなたの好きなようにして」。来年、結婚50周年の金婚式を迎える妻春美さん(70)は夫を気遣い、温かく見守る。

 「店名に、糸という字を選んでよかった」と棟方さん。「いろんな『縁』という糸が伸び、広がり、ここまで来ることができた。春美と共に、もう一踏ん張りしたい」。焼きたての串を頰張る人の顔を眺め、かみしめるように言った。

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