「ニューヨーク・タイムズは不誠実でゴミ。国民の敵だ」
トランプ大統領は3月、アメリカの有力紙を名指しでこう批判した。
就任以降、新聞やテレビなどに厳しい姿勢を見せる一方、SNSなどで情報発信する新興メディアとの距離を縮めている。
実はその傾向は、去年の大統領選挙の時から見え始め、いま、新たな局面を迎えつつある。
トランプ政権とメディアに何が起きているのか。その現場を半年にわたり追った。
(ワシントン支局記者 西河篤俊)
49席の記者会見場
ホワイトハウス西側の建物の1階。報道官などの会見が行われるジェームズ・ブレイディ記者会見場。
ジェームズ・ブレイディとは、レーガン政権時の報道官の名前だ。レーガン元大統領が1981年に暗殺未遂の被害にあった際、一緒にいたブレイディ氏も撃たれて大けがをしたことで知られる。
アメリカ政治の情報発信の中心だが、実は意外なほど狭い。
日本で言えば、学校の教室くらいの広さの部屋に、記者向けには床に固定された椅子が49あるだけだ。
固定されているのは椅子だけでなく、座る社もほぼ決められている。最前列はNBC、FOX、CBS、AP通信、ABC、ロイター通信、CNNと、名だたる大手メディアが並ぶ。
もちろん会見で質問者として指名されるのも前の方が確率が高い。残念ながら外国メディアであるNHKには席はなく、われわれはいつも立ち見だ。
“フラッド・ザ・ゾーン”戦略
そのホワイトハウスの会見場、トランプ政権の発足以降、記者であふれ、いつも熱気に包まれている。
就任以降、トランプ大統領が大統領令や政策を矢継ぎ早に打ち出し、日々、大きなニュースが生まれているからだ。
アメリカのメディアは、わざと大量の情報をあふれさせ、メディアや野党・民主党の批判をかわす戦略だと伝える。
洪水のように情報をあふれさせることから「フラッド・ザ・ゾーン戦略」(flood the zone)と呼ばれる。
アメリカンフットボールで相手チームが1人の選手で守るゾーンに、複数の選手を一気に投入して混乱させる戦術だ。トランプ大統領の1期目に一時、首席戦略官を務めた、スティーブ・バノン氏が主導したとされている。
50番目の席に座るのは…
あふれる情報への対応を迫られるメディアの記者たち。その顔ぶれにも変化が見られている。
きっかけは、ホワイトハウスの新しい大統領報道官、レビット氏の最初の会見での発言だった。
レビット報道官
「トランプ大統領のホワイトハウスは伝統的なメディアだけでなく、すべてのメディアや個人に向けて話をする。新しいメディアの声である、個人のジャーナリスト、ポッドキャスター、SNSのインフルエンサーなども歓迎する」
大統領選挙でトランプ陣営の広報をつとめ、史上最年少の27歳で報道官に抜てきされたレビット氏。
従来、会見に多く参加していたのは新聞、テレビ、通信社などの伝統的メディアの記者たちだった。そこに新興メディアの記者たちも積極的に招くと宣言したのだ。
この方針発表を受けて、新興メディアの記者たちも続々と会見に参加するようになった。
さらにレビット氏は、会見場の一角の、これまではホワイトハウスのスタッフが座ってきた席の1つを、こうした新興メディアの席にあてることも明らかにした。
新たに設けられた新興メディアの席の周辺、報道官から見て右側のエリアには、いつしか新興メディアの記者たちが集まるようになった。
彼らには指定席はないため、会見の1時間以上前から来て、立ち見をするための場所を確保するようになった。
バイデン前政権下では、報道官は質問する記者を指名する際、座っている伝統的メディアの記者にあてることが多かったが、レビット報道官は、立ち見の新興メディアの記者も次々とあてるようになっている。
ここに立つ新興メディアは保守系の、トランプ大統領寄りの立場のメディアが多く、政権を持ち上げるような質問も少なくない。
“トランプ支持”公言する新興メディア記者
会見場で1人の記者に話を聞いてみた。
ナタリー・ウィンターズさん(24歳)。保守派に人気のポッドキャスト番組の記者だ。
トランプ政権の誕生によって、今年1月、ホワイトハウスの記者証を初めて手に入れることができた。
会見場の指定席に座る大手メディアの記者も多くいるなかで、平然とこう話した。
ウィンターズ記者
「今はうそつきの伝統的メディアの記者で会見場の席は埋め尽くされているが、私も席に座れる日が来ることを願っている」
そのまま会見場を出て、ホワイトハウスを背景に、ネット配信番組の中継を始めたウィンターズさん。
日本でポッドキャストというと音声メディアというイメージがあるが、SNSなどを通じてネットで動画も配信する。
事前に原稿を用意することなく、よどみなく話し始めた。
「トランプ氏の大統領令は彼の素晴らしさを物語っている。ワシントンがあいまいに運営されてきたことを暴露している」
「伝統的なメディアは破綻し、国民にうそもついてきた」
彼女の出演する番組を立ち上げたのは、トランプ大統領の元側近のバノン氏。冒頭で紹介した“洪水戦略”をトランプ政権1期目で主導したとされる人物だ。
その後、政権から離れ、4年前に起きた連邦議会への乱入事件の調査をめぐって、議会の委員会の召喚を拒否した議会侮辱罪で有罪判決を受けた。
服役していたが去年10月、出所している。
バノン氏とウィンターズさんが司会をつとめる番組は、保守派の番組の中でランキングの上位に入るなど、トランプ大統領の支持者に大きな人気を集めているという。
みずからもトランプ大統領の支持者を公言しているウィンターズさん。目立つ論調は、不法移民対策や伝統的メディア批判など、トランプ大統領を擁護する内容だ。
こうした姿勢は、伝統的なメディアから「政権のプロパガンダだ」と批判されることも少なくない。
それについて尋ねると。
ウィンターズ記者
「伝統的なメディアは、トランプ大統領やその考え方に反対する非常に明確な信念とイデオロギーを持っている。しかし彼らは、自分たちは活動家ではなく中立だというふりをしたがる。
かたや私たちはトランプ大統領の勝利に貢献した市民の声を反映させている。偏見というと聞こえは悪いが、私たちは政治的な意見を隠していない。
MAGAメディアと自分たちを呼ぶことを誇りに思っている。視聴者数を見れば、アメリカ国民が好んでいるのは私たちのような番組だと分かる」
“レガシーメディア”には厳しい姿勢
勢いを見せる新興メディア。
一方、立場が揺らぎ始めているのが、トランプ政権が“レガシーメディア”と呼ぶ伝統的メディアだ。トランプ政権が厳しい姿勢を見せているからだ。
2月には、大統領執務室や大統領専用機でのAP通信の取材を禁止。
その理由は、メキシコ湾だった。
トランプ大統領は就任初日、メキシコ湾の名称を「アメリカ湾」に変更する大統領令に署名した。
これに対しAP通信は「世界中にニュースを発信する国際的な通信社として、すべての読者が地名を簡単に認識できるようにする必要がある」として、メキシコ湾の名称を使い続ける方針を示した。
トランプ政権はこれを問題視し、執務室の取材の禁止に踏み切ったのだ。
さらに、2月下旬、大手の新聞やテレビなど各社で作る「ホワイトハウス記者会」にも新たな方針を突きつけた。
これまで大統領専用機や執務室での代表取材を行うメディアは、記者会側が決め、各社が持ち回りで担当してきた。
それを今後は政権側が決めると表明した。
その理由について「“レガシーメディア”だけでなく、ネット配信など新興メディアにも広く機会を提供するため」と説明した。
トランプ氏勝利 新興メディアが後押し?
伝統的なメディアには厳しい姿勢をみせる一方、新興メディアとの距離を縮めるトランプ大統領。
実はこの傾向は、去年の大統領選挙の時から見え始めていた。
トランプ大統領は、選挙戦の終盤、ポッドキャストの番組に相次いで出演。
特に人気ポッドキャスターのジョー・ローガン氏の番組は、アメリカで最も人気のあるポッドキャスト番組の1つと呼ばれるほどだ。
この番組では、トランプ氏の発言を3時間近く流し続けた。
ポッドキャストは、自分の都合のよいときに、ほかのことをしながらの「ながら聞き」も可能だ。その様子は、YouTubeなどのプラットフォームで再生され、SNSで拡散され、若者の間でも利用者が増えているとされる。
まちで若者に話を聞いてみると。
20歳 大学生
「ポッドキャストは、テレビや新聞のようにシリアスでないので、エンターテインメントとして気楽に聞くことができるので好きだ」
21歳 大学生
「伝統的メディアのコンテンツは多く編集がされている。一方、ポッドキャストはそれに比べると編集がされておらず、出演者のことばをより長く聞くことができるので、信頼できると感じる」
去年の大統領選挙では、若い男性がハリス氏よりトランプ氏を多く支持したことが、トランプ氏勝利の一因となったと指摘されている。
選挙戦終盤にポッドキャストの番組に相次いで出演したことが、トランプ氏の勝利を後押しした可能性がある。
信頼度下がる伝統的メディア
では、なぜ、トランプ大統領は、選挙戦の行方を左右する終盤に伝統的メディアではなく、ポッドキャストなどの新興メディアに相次いで出演したのか。
その背景にあるとされるのが、伝統的メディアの信頼度の低下だ。
伝統的なメディアの信頼度を尋ねた調査会社ギャラップの調査。
「信頼できる」と答えた人は1970年代には70%を超えることもあった。しかし、年々低下傾向となり、去年は過去最低の31%。
さらに支持政党別に見ると、共和党支持者の信頼度は12%にまで落ち込んでいる。
レビット報道官は、最初の会見でこう言い放った。
レビット報道官
「大手メディアに対する信頼は記録的な水準に落ち込んだ。特に若者はニュースを入手する手段として、従来のテレビや新聞から、ポッドキャスト、ブログ、ソーシャルメディアなどに移行している」
“木を見て森を見ず”
去年の大統領選挙では、伝統的メディアの多くが「大接戦」と予想したものの、結果は7つの激戦州すべてでトランプ氏が勝利した。
これを受けて、「伝統的メディアは有権者の動向をつかめていなかった」としてSNS上で、批判を受ける事態にもなった。
大統領選挙の報道をめぐっては、伝統的メディアの関係者からも反省すべきだという声が出ている。その1人が取材に応じた。
リチャード・ステンゲル氏。アメリカの雑誌「タイム」の元編集長で、今はリベラル系の大手テレビ局でコメンテーターを務めている。
ステンゲル氏は、伝統的メディアが大統領選挙で突きつけられた課題をこう指摘する。
ステンゲル氏
「伝統的メディアはトランプ氏自身や過激な言動という“木”にとらわれすぎた。このために有権者のバイデン前政権への幻滅や不信感という全体像、いわば大きな“森”を見逃してしまった。記者たちは現場に出て有権者と直接対話することよりも、誰が1番にニュースを報じたかなど、ほかのメディアをチェックすることばかりに時間を費やしていた。読者や視聴者はそんなこと気にしていない」
一方で、ステンゲル氏は、新興メディアの台頭もあって、ネット上などに玉石混交の情報があふれているとして、危機感を示す。
「スマホによって人類の歴史上、最も多くの情報が瞬時に入手できるようになっている。“事実“と“事実でないこと”についての共通認識がなくなり、ある人にとっては“事実”でも、別の人にとっては“陰謀論”になっている。
みずからの意見を主張するメディアが多すぎる。そうではなく、メディアは現場取材を重視し、事実に基づいて報道するという原点に立ち返る必要がある。それが信頼の回復につながるだろう」
取材を通じて
私は1期目のトランプ政権も3年にわたり取材した。当時も、トランプ大統領は伝統的メディアの多くを「フェイクニュース」と呼んで、対立していた。
そのときはパフォーマンスの側面もあるだろうと感じていた。
トランプ大統領としては、メディアを「エスタブリッシュメント」と呼んで、それに立ち向かう姿勢を支持者にアピールする。一方、メディアの側もトランプ大統領を批判する報道を展開することで、視聴者や読者が増えたと言われるなど、対立することによる「うまみ」が双方にあったように感じた。
2期目の今回は雰囲気が少し異なっている。
AP通信の執務室での取材禁止問題に対し、記者会はAP通信に連帯するという声明を出しているものの、記者会側からはそれ以上の目立った動きは見られてない。
実際、AP通信は今、トランプ大統領の一挙手一投足を追いかけるという点で、他のアメリカメディアの後じんを拝している部分もある。
「自分たちも同じように取材を禁止されると困る」と漏らすアメリカメディアの記者もいる。メディアの“萎縮”を懸念する見方もここワシントンでは出ている。また、トランプ大統領がメディアに対して強気に出る背景には、大統領選挙での2度目の勝利によって、「国民の支持を受けた」と自信を深めていることもあるだろう。
そうした雰囲気の中で、トランプ大統領の記者会見や囲み取材では、厳しい質問は以前より減っているように感じる。
こうした変化が今後アメリカの政治や社会、そして日本も含む国際情勢にどういう影響をもたらすのか。情報の“洪水”の中で、何をどう伝えていくのか。
メディアの一員として、私自身にも重く突きつけられている課題だとあらためて痛感している。
(3月24日ニュースウオッチ9などで放送)
ワシントン支局記者
西河 篤俊
カイロ支局 国際部などを経て2017年から3年間トランプ政権を担当
2024年8月から2回目となるワシントン駐在
アメリカ政治のほか人種や格差、銃など社会問題を幅広く取材
WACOCA: People, Life, Style.