丸く収めたステランティスの思惑

今回のトポリーノ差し押さえを受け、ステランティスは「三色旗ステッカーは、創業ゆかりの地を示す目的しかない」と声明するとともに「トポリーノは、トリノにあるステランティス欧州スタイリングセンターのチームによって開発された」と強調している。加えて車両を発表以来、常にモロッコ製であると明らかにしてきたとし、「私たちは、消費者への欺瞞(ぎまん)を意図することなく、法令を完全順守してきたと信じている」と締めくくっている。

そのいっぽうで同社は、トポリーノから三色旗ステッカーを取り外すことを決めた。アルファ・ロメオ・ミラノに次いでイタリア政府に譲歩したかたちだ。しかし判断の背景には、インターネットのみで受注という特殊な販売方法をとるトポリーノよりも、もっと重要な戦略への考慮があったことは明らかだ。

具体的には中国・杭州の電気自動車(EV)製造会社、リープモーター(零跑汽車)との協調関係である。

両社は2024年5月14日に合弁会社リープモーター・インターナショナルを設立。計画では、同年9月までに欧州で事業を開始し、年末までにリープモーター製EVを販売するため圏内に200の拠点を設けることとなっている。

いっぽうイタリア政府は、ステランティスの国内生産低下に過敏になっている。2024年4月には、「フィアット500e」や「マセラティ・グレカーレ」を製造するステランティス・ミラフィオーリ工場で、従業員約2200人を対象に事実上9月までのレイオフが決まった。トリノにおける協力会社の悲鳴も、イタリアの報道機関ではたびたび伝えられている。「FCAとグループPSAの合併で、イタリアの自動車業界はフランス主導になってしまった」という声が、実際の自動車関係者やインターネットの投稿などで目立つようになっている。

ジョルジャ・メローニ現政権が、目前に迫った2024年6月の欧州議会選挙を前に、スラテンティスをいわば批判対象として支持を獲得しようとしているのは明白だ。参考までに、アルファ・ロメオ・ミラノの件を指摘した「企業およびメイド・イン・イタリー省」はわずか1年半前の2022年11月、メローニ現政権によって改名されたもので、以前は「経済推進省」と称していた。

そうしたなか、スラテンティスとしては政府を刺激しないため、トポリーノ問題は限りなく穏便に済ませたかったというのが事実であろう。

個人的には、今回のトポリーノに対するイタリア当局による“介入”は行き過ぎの感がある。その三色旗は、言われなければ気づかないほど小さな面積である。

加えて本連載第856回で記したとおり、イタリア一般ユーザーの間では、もはや国内製であるか否かはさして関係がない。その証拠に、いずれもポーランド工場製の「フィアット500」と旧型「ランチア・イプシロン」は、ロングセラーかつ登録台数で常に上位に入り続けた。そうした意味でもステランティスは政治パフォーマンスに巻き込まれてしまっている。

生産国に関連したミラノの改名やトポリーノ問題に関して、カーエンスージアストとしての心情を吐露してくれたのは、「トナーレ」をはじめ新旧アルファ・ロメオを所有する知人である。

50歳台の彼は「アルファ・ロメオとランチアは、プレミアムブランドの地位を取り戻したいのであれば、イタリア国内生産が必須だと思う」と話す。ただし、フィアットに関しては「国外生産するのは許容できる」と語る。要は、ポピュラーブランドなら国外製でも許せる、ということだ。


2024年5月14日に行われた、ステランティスとリープモーターによる合弁会社設立の調印式の様子。ステランティスのカルロス・タバレスCEO(左)と、リープモーターの創業者で会長兼CEOの朱 江明氏(右)。


2024年5月14日に行われた、ステランティスとリープモーターによる合弁会社設立の調印式の様子。ステランティスのカルロス・タバレスCEO(左)と、リープモーターの創業者で会長兼CEOの朱 江明氏(右)。拡大


以下は筆者撮影。欧州に投入予定のリープモーター製EV「T03」は、AセグメントでありながらBセグメントに匹敵する室内空間と265kmの航続距離(WLTP)を売りにする。2023年ミュンヘンIAAで。


以下は筆者撮影。欧州に投入予定のリープモーター製EV「T03」は、AセグメントでありながらBセグメントに匹敵する室内空間と265kmの航続距離(WLTP)を売りにする。2023年ミュンヘンIAAで。拡大


同じく欧州に投入予定の「C10」はDセグメント車。満充電からの航続距離は420km(WLTP)で、ユーロNCAPの安全評価で5つ星を獲得している。「T03」とC10が最初に発売され、以降3年間は毎年少なくともひとつの新型車が投入される。


同じく欧州に投入予定の「C10」はDセグメント車。満充電からの航続距離は420km(WLTP)で、ユーロNCAPの安全評価で5つ星を獲得している。「T03」とC10が最初に発売され、以降3年間は毎年少なくともひとつの新型車が投入される。拡大

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