「やっぱり社会の鏡としての学校というものにわたしの興味があったから、撮れるものであれば撮りたい」。そう心に決め、予定より1年遅れで撮影はスタートした。

『小学校 〜それは小さな社会〜 』のワンシーン。東京都内の公立小学校の教育現場を約1年間、700時間かけて撮影した。

『小学校 〜それは小さな社会〜 』のワンシーン。東京都内の公立小学校の教育現場を約1年間、700時間かけて撮影した。

Photograph: Cineric Creative / NHK / Pystymetsä / Point du Jour

どちらが正解だったのか、いまでも心に“引っかかり”がある。それでも山崎は、結果として「最大限に配慮もして撮影ができ、後悔はしていない」と言う。

作中ではマスクの下からピアニカを吹く子どもたちをカメラがとらえている。そんなパンデミックの時期でも休校しなかった日本の教育機関の様子に海外から驚きの声が届いていることも、山崎は心強く感じているという。

実体験に基づく言葉

『小学校』では、ドキュメンタリストとして山崎が積み重ねてきた経験も生かされている。強く意識しているのは、観客が没入感を感じられることだ。

「撮影した学校に行ったことがない人にも、その場にいるかのように感じてもらいたい。だから、凝縮した“真実”を99分にまとめています。自分がそこにいたときの感覚を忘れないようにしながら、カメラで収めた映像を取捨選択し、編集し、皆さんに提供できるかたちにしています」

長編版の『小学校』では、運動会に向けて縄跳びの練習を重ねる6年生の男児と、新1年生を迎える会に向けてシンバルの演奏に挑戦する1年生の女児のふたりの姿が印象に強く残る。できるようになるまで何度となく聞こえてくる縄跳びの風切り音やシンバルの響きが、最終的に自信に満ちたものに表情とともに変わる瞬間を捉えているからだ。

山崎は自分が「ベスト」だと思う音と映像しか使わないと決めている。「できるだけ多くのいろいろな子どもたちが何かを乗り越えている姿を映していますが、このふたりは音と映像で勝負できる瞬間を切り取ることができたと思っています」

山崎エマ|EMA RYAN YAMAZAKI 東京を拠点とするドキュメンタリー監督。日本と英国の血を引き、ニューヨークにもルーツをもつ。3本目の長編監督作品『小学校~それは小さな社会~』から生まれた短編版『Instruments of a...

山崎エマ|EMA RYAN YAMAZAKI
東京を拠点とするドキュメンタリー監督。日本と英国の血を引き、ニューヨークにもルーツをもつ。3本目の長編監督作品『小学校~それは小さな社会~』から生まれた短編版『Instruments of a Beating Heart』が、第97回アカデミー賞の短編ドキュメンタリー映画賞にノミネート。

Photograph: Cineric Creative / NHK / Pystymetsä / Point du Jour

制作者のメッセージ性に偏りがある作品ではないが、キャッチコピーにある「6歳児は世界のどこでも同じようだけれど、12歳になる頃には、日本の子どもは“日本人”になっている」というフレーズは、作品の見方を“指南”しているともいえる。そして、山崎自身の実体験に基づく言葉でもある。

英国人の父親と日本人の母親をもつ山崎は、大阪の公立小学校を卒業後、中高はインターナショナルスクールに通い、米国の大学に進学するという環境で育った。「自分の人生を振り返ったときに、小学校のときに日本人としての自分がつくられたと思っているんです」と、山崎は語る。なかでも準備に余念がない運動会や音楽会の体験が、その後の人生に大きな影響を与えているという。

「先生方に導かれ、友達と協力しながら、できないと思ったことができるようになり、しかもプレッシャーを乗り越えて本番で成功する。この達成感を味わえたから、『いまでもここまで頑張れば、あのとき見た景色が待っている』という感覚をもって、やり切っているんです」

一方で、山崎は日本人を俯瞰して見てもいる。「世界のどこに行っても5〜6歳児は自由奔放。だいたい似たような雰囲気をもっていて、それは日本の子どもたちも同じです」と、山崎は言う。「でも、小学校を卒業するころには海外と日本とでは違いが出てくると思っています。海外は多種多様な子どもが多いのに対して、日本はベースが一緒というか。何か質問したときの答え方が似てるところに、それが表れています」。この気づきが、作品づくりのきっかけにもなっている。

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