コラム:始まった「トランプ・トレード」の反動、ドルはさらに売られるのか=上野泰也氏

 11月に行われた米大統領選で共和党のトランプ候補が勝利し、上下両院も共和党が過半数を制する「トリプルレッド」になったことを受けて、金融市場で米国株買い、米国債売り、ドル買いなどが進行した。いわゆる「トランプ・トレード」である。上野泰也氏のコラム。写真は米首都ワシントンで13日撮影(2024年 ロイター/Brian Snyder)

[東京 27日] – 11月に行われた米大統領選で共和党のトランプ候補が勝利し、上下両院も共和党が過半数を制する「トリプルレッド」になったことを受けて、金融市場で米国株買い、米国債売り、ドル買いなどが進行した。いわゆる「トランプ・トレード」である。

だが金利・為替市場については、そうした動きが息切れし、反対方向に動きつつある。

米株式市場では、ダウ工業株30種平均が11月22日以降、史上最高値を連日更新。S&P500種は6000の大台を26日に突破した。

だが、米債券市場では、米10年物国債利回りが11月15日に4.50%(6月3日以来の水準)まで一時上昇したものの、これが直近ピーク。この節目水準近辺ではかなり大きな買い需要が見えたようであり、その後は著名投資家のスコット・ベッセント氏の次期財務長官指名を好意的に受け止めつつ、4.2%台へと水準を切り下げた。

米10年債利回りの今年のピークは、4月25日に記録した4.73%である。11月15日に記録した4.50%からは、あと0.23%ポイント(通常の政策金利変更で約1回分)の売られる余地があったとも言える。けれども、押し目買いを狙う米国内外の投資家からすれば、仮に4.50%を超えて利回りが上がるなら、4.73%に向けて買い下がる(相場下落に応じて押し目買いを続ける)のが得策とみなされやすい状況だ。

米国のファンダメンタルズを見ると、連邦公開市場委員会(FOMC)がみる潜在成長率は1.8%である。また、連邦準備理事会(FRB)のインフレ目標としては25年も2%が維持されそうだ。

両者の合計である3.8%に、財政などのさまざまなリスクプレミアムを上乗せした数字が「出来上がり」の米10年債利回りになると考えられる。

<ベッセント氏の「3-3-3」>

米紙ウォール・ストリート・ジャーナルによると、トランプ次期大統領から財務長官に指名されたベッセント氏は、「3-3-3の経済政策」を提唱している。安倍元首相の「3本の矢」から着想を得たもので、2028年までに米国の財政赤字を国内総生産(GDP)の3%に抑制し、規制緩和を通じて3%の経済成長を促し、原油などを日量300万バレル増産する──というのが、その具体的内容だ。

仮にこの「3―3―3の経済政策」がうまくいく場合に、米10年債利回りに対してどのようなインプリケーションがあるかを考えてみよう。

先行きに見込まれる経済成長率は、3%にジャンプアップする。これは米10年債利回りを押し上げる要因である。その一方で、「トランプ減税」の延長・拡充にもかかわらず、トランプ政権2期目の最終年度までに、財政赤字をヨーロッパ流にGDP比3%に抑制するという。強い財政規律は、財政面のリスクプレミアムを縮小させる要因と考えられる。ユーロ圏が実態として3%への財政赤字抑え込みに失敗していることを考え合わせると、欧州の国債から米国の国債への資金シフトも、想定が可能である。

ベッセント氏はさらに、「準備通貨(基軸通貨)としてのドルの地位を守る」と表明しており、トランプ氏周辺の一部にある強引なドル切り下げ論から距離を置いた。これは欧州や日本など米国外の債券投資家に、米国債の買い安心感をある程度提供するものだと言える。

以上のように考えると、米10年債が4.50%を上回って売り込まれる可能性は、少なくとも現時点では、かなり小さいという見方になる。

また、FRBの当面の金融政策見通しとのリンクが強い米2年債は、早ければ次回12月FOMCで利下げが停止されるのではないかといった見方が広がる中、4.37%前後まで利回りが何度か上昇したものの、そこからさらに売り込まれることにはなっていない。

フェデラルファンド(FF)レートの現在の誘導目標は、4.5─4.75%である。この先2年以内に利下げが一度もない、あるいは利下げがあってもそれを打ち消す利上げが2年以内にあるというシナリオに強い自信が持てないと、4.5%以上の水準へと米2年債を売り続けるのは難しい。

米5年債利回りが11月15日に一時4.38%まで上昇したものの、その後はこの水準より低いところで推移している点についても、同様に考えることができる。

ドル/円相場は上記の通り、米10年債が4.50%、米5年債が4.38%をつけるなどした11月15日にドル高円安が加速し、一時156.76円をつけた。

しかしその後は、米長期金利が一段と上昇していく動きを見せないことや、日銀の12月利上げに対する警戒感から、一時153円を割るところで軟化する動きになっている。

筆者の見るところ、足元のドル高円安局面には、市場における盛り上がりのようなものが感じられない。理由は、(1)ドル/円がドル高円安の方向で「新値」をつけたわけではないこと、(2)パウエルFRB議長が利下げ路線を放棄したわけではないこと、(3)日銀の追加利上げ観測が一定の歯止めになっていること。以上3点に加えて、(4)「トランプ・トレード」には1期目の16─17年のケースのように「賞味期限」がありそうだという市場の見方──の4つだろう。

トランプ政権1期目では、始動する直前の16年終盤にドルは急上昇したものの、17年に入るあたりから失速し、ドルは下落基調に転じた。市場参加者の頭の中から、その記憶が消えてなくなったわけではあるまい。

「トランプ・トレード」の反動は、金利・為替市場では、なお続きそうである。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*上野泰也氏は、みずほ証券のチーフマーケットエコノミスト。会計検査院を経て、1988年富士銀行に入行。為替ディーラーとして勤務した後、為替、資金、債券各セクションにてマーケットエコノミストを歴任。2000年から現職。

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