【能登半島地震】家族4人を失った男性 「生きていた証を残したい」 妻と子どもへのメッセージ
自分ももしね一緒に巻き込まれてたら辛い 辛くなかったのかなってやっぱり考える こともあるんです けど年は大啓介さん妻と3人の子供ととも に涼町にある妻はかさんの実家に帰省して いまし た親戚が集まり賑やかな正月の さ中最初に震度ご強の揺れが襲いました 今にみんないたもんですからみんな固まっ てま自分がこうやって大丈夫大丈夫大丈夫 っっていう感じでやってましたね うん鈴所の警察官である大さんは周囲の 状況を確認するため家の外に出まし たごめんねて お父さん仕事行かなく し仕事行かなくちゃいけない から っていうあの声を声がけはしたと思います うんこれが最後に家族にかけた言葉でし たその直後最大震度7の地震が 発生本当にその時のことってちょっと そのなんていうかはっきりと覚えてなくて もうただ本当に土砂が流れてきて あのなんていうかなもう本当にもう家族が 死んでしまうってどうしようっていう思い でほんでわって気づいたらもう本当に土砂 が本当にそのなんて言うんですか下の方 まで来てもう電柱も倒れてたりとかもう 本当に電線もこうななんて言うんですか こう垂れ下がったりとかっていうような 状況 もうたもうとにかく家族を助けに来て欲し いっていうのでなんか助けてくださいって なんか叫んでたような気します ねあとはなんか100番とかし て懸命の捜索が続けられましたが余震と寒 さで思うように進みませんでした 捜索から4日目妻はかさんと長女優香さん が土砂の中から遺体で発見されまし たごめんねってお父さん近くにあげられ なくてごめんねっていうのと本当にもう 怖かったねって うん怖かったし寒かったねってその時は声 をかけまし た 翌日には長男大輔さん次男蒼介君も発見さ れまし た改めてうんなんか自慢の子供たちだった なっていううんまそれ妻もそうですけど うん甘いものとあとなんかこう雑貨とか なんか好きだったのでま子供たちがすっ たらまたなんか一にデートしたり旅行し たりしたいねっていう話はうんして てスマホの中には家族が生きた証 が小さい頃からすごいなんかしっかりした 子でうんもなんか負けず嫌いでま勉強でも そうですし運動でももうとにかく負け づらいな性格でした ね 大輔は本当になんていうかなうーんま 男の子っていう感じでしたね本当にまあと は本当に優しい子でしたね本当にうんこれ も実はその去年の誕生日にそのえっと長男 が小遣いを使って買ってくれたうんとれな んです よなんだろうすごい嬉しかったですねだ から結構ずっと ボロボロになるまで切るんじゃないかなと 思います うん あですお願いします うんお母さん子でお母さんにくっついてる ことが多かったんです けどうん なんか歌歌も大好きて写真 なんか同様とかうんそのカメライダの歌と かうんすごい元気に歌って たり活発 なこでした ね子供たちの大きくなる姿っていうのは 本当 に見ていかったという かどんな大人になったんかなと か大人になっ たらどんな仕事についてたのかなと かみんな大人にだったら妻 と2人で何してるのかなと かなんかそういうのが全て叶えられなく なっ てとても悲しい です 土砂の中から一緒に見つかったのは最後に 家族が身につけていたもの です娘があの紙につけてたうんやつでこれ が妻がしてた指輪とネックレスですね 最後これが下の子のあの人生ゲームのカド うんでこれが遺体のとこに置いてあったん でおそらく 多分そのこたつに潜っとる時に手に持っ とったんかなって思うんですけどうん太 さんの太輔のが何もなかったんですけど うんまでも大輔は本当にいっぱいあの 思い出もあるので うんやっぱ人間やったんでなんか急に自分 1人でここ でご飯食べてたらすごい涙が出てきてああ なんかみんないなくなったんだなと思って すごい辛かったですね うん家族を失って3週間 あまりなぜ今胸のうを明かしてくれたの でしょう か自分がこう話すことによってなんかこう うんなんか周りからもなんかこと言われる のかなって思いもあったんですけど本当に ね妻と子供たち私にとっては本当に自慢の 妻と子供たちだったので本当にこの子たち がこの世の中であこのあの一生懸命生きて たんだよとかうん あの最後はなくなってしまった けどここんなんだったんだよっていうのを 少しでも生きていた証として残してあげ られればこの子たちも 少しはうんなんかうん生きてた意味ま意味 があるという か
楽しいはずの団らんが一転、地震による土砂崩れにより愛する家族が奪われました。残された男性・・・。地震により奪われた日常・・・。発生から3週間以上が経ち、男性が家族との思い出や現在の胸の内を明かしてくれました。

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