令和5年度 東日本大震災追悼復興祈念式(福島県主催)

令和5年度 東日本大震災追悼復興祈念式(福島県主催)

東日本大震災追復興記念式はまもなく開会 となります繰り返しご案内申し上げます 東日本大震災追復興記念式はまもなく開会 となり [音楽] ます [音楽] 皆様本日は東日本大震災追悼復興記念式に ご参列いただき誠にありがとうござい ますここでご来場の皆様にお願いを 申し上げ ます報道及び歓迎者を除きまして撮影録画 録音並びに機材の持ち込みは禁止とさせて いただいておりますのであらかじめご了承 くさい携帯電話をお持ちの方は電源をお 切りいただくかマナーモードに設定 いただき通話はお控えくださいますようお 願いいたし ます会場内での飲食はご遠慮いただくと ともに施設内は全て禁煙となっております 大変恐れ入りますがおタバコはご遠慮 いただきますようお願いいたし ます式典の最中に大きな地震や火災が発生 した場合は式典を一時中断させていただく 場合がござい [音楽] ますその後揺れが収まりましたら係員及び 放送の指示により避難して ください皆様がおいでのこちらのホール ですが地上2階となっております従いまし て避難いただく際にはデリのある1階へ 誘導させていただくようになり ます避難の際には階段を駆け降りられます と点灯の可能性もあり大変危険 です階段を駆け降りるようなことがない よう焦らずに落ち着いて階段を降りて いただきますようお願いいたし ますまた出入り口に人が殺しますと大変 危険です係員の指示に従い落ち着いて行動 して くださいその他不足の事態が発生した場合 は主催者の誘導に従っていただきますよう 重ねてお願いいたし ます以上ご来場の皆様へのお願いでし たそれでは間もなく開会となり [音楽] ます 皆様本日は東日本大 追悼復興記念式にご参列いただき誠に ありがとうございます私は本日の司会を 務めさせていただきます深野健二と申し ますどうぞ皆様よろしくお願い申し上げ ますそれではここで本日のプログラムをご 紹介させていただき ますまず会式の時として福島県市長会理事

よりご挨拶いただき ます続いて国家斉唱の後午後2時46分の 時報に合わせて黙祷のご協力をいただき たいと存じ ます引き続き福島県知事の 式事福島県議会議長の追悼の 時内閣総理大臣の後来品の言葉 鍋島優介さんによるご遺族代表の言葉と 続き ますその後主催者来賓の皆様による代表者 見福島県立郡山高等学校合唱部の皆さんに よります検証と続き ますその後福島県立総馬等学校2 年さん草野さん佐々木あさんらによります 若者の言葉と 続き福島県町村会会長による正式の字を 持って東日本大震災追悼復興記念式が正式 となり ます式の終了は午後3時40分頃を予定し ており ますその後ご列の皆様にもますので よろしくお願いいたし ます以上が本日のプログラムとなり ますなお本日の 東日本大震災水筒復興記念式の模様につき ましては同時にインターネットにて動画 配信させていただいておりますので動画を 通じて犠牲となられた方々を痛み復興への 思いを共有させていただきたいと思います ここで会式に先立ちまして未来への手紙に ついて紹介させていただき ます中学生が震災を学んで感じた素直な 思いを未来への手紙として募集しまし た将来へ伝えたい教訓将来の自分への メッセージ将来の福島県への願いの3つの テーマで 合計729通の未来への手紙が寄せられ まし た本日はその中から3つの手紙をご紹介し ますまず南相馬市立原町第一中学校2年 鈴木真さんの将来へ伝えたい教訓 です震災当時私はまだ1歳半で歩き始めた ばかりだっ た震災後はすぐに町を離れ2年間の避難 生活を経て生まれた町に帰ってき た生まれ育ったこの町は他の町とは 違う復興に向けて整備されてはいるが今も 震災の爪跡は残って いるそれは形として目で見えるものだけで はなく人の心にも刻まれ残っ い私は東日本大震災や原子力発電の事故を 学んだそして学んだことを発信する活動を 行って いる震災を経験した人の思い今の福島の姿 を伝えることでこれから起こるかもしれ

ない災害に対して知識を増やし備えて ほしいと強く願って いる福島に住む私たちは当たり前の毎日が 明日も来ることではないと知って いる福島に住む私たちは故郷がいつも 帰れる場所じゃないことを知って いる忘れたい記憶も忘れてはいけない記憶 も全て伝えていくべき こと今を生きる私たちがこの思いを つなげるバトを受け取り生かしていこう 次に白川市立白川第2中学校3年小張メル さんの将来の自分へのメッセージ です将来の私元気にしてます か東日本大震災が起きた3月11日あなた はまだ2歳でした ね2時46分母と兄とお出かけに行った あなたは生まれて初めての大きな地震に 動けなくなってしまいまし た母と兄の手を強く握り建物の外へと 飛び出したあの時外はいつもの光景とは 全く違っていまし たあれから12年私は震災のことを色々 学んだ よ震災のことその後に起きた原子力災害の ことそして現在でも震災や力での被害で 苦しんでいる人たちの ことあの時分からなかったことが12年を 通して理解することができまし たこれからの福島には乗り越えなくては いけないことがたくさんあり ますそれでも前を向いて未来のために私が できることを精一杯取り組んでいき ますおしまいに白立白川第2中学校2年 鈴木さの将来の福島県への願い です東北地方に大きな被害をもたらした 東日本大震災から12年が経って いるしかしまだ被害が残っている場所が あるのも事実 だ夏休み私は家族で浜通りにに行っ たその時に車で双葉町を通っ たふと外を覗いたら見えたのは雑草が追い しげっているだけの何もない広い土地だっ た神から10年以上経ってだいぶ復興して いるなと思っていたのだが実際に大きな 被害が出ていた場所を見てああまだまだな んだなと感じた 風評被害は完全になくなったわけでは ないこれから福島をもっと宣伝して支援に 力を入れてあの寂しい土地がたくさんの 建物で溢れて賑やかになっていて ほしい本日ご紹介した作品は大学生や 社会人の若者がしました選定の家庭も含め 会場入り口に展示しておりますので後ほど ご覧 くださいそれではこれより

東日本大震災追悼復興記念式を取り行っ ます会式の 時菅田行福島県視聴会理事ご登壇願い ますただいまより 東日本大震災追悼復興記念式を解しいたし ます 国家聖書を行いますそれでは皆様ご起立 願い ます [音楽] [音楽] OG [音楽] ご着席願い ます続きまして東日本大震災によって犠牲 となられた方々に対し黙祷を捧げ ます日本大震災は被災地域が広範囲に及び 極めて多くの尊い命を奪うとともに県民 生活に多大な影響を及ぼした未の大災害 でし たしかしながら記憶があまりにも鮮明な ため13年という時間の流れをどこかに どこか現実のものと受け止めることができ ないそんな方々もいらっしゃるかと思い ますえ皆様ステージ上の裁断をご覧 くださいませ今回の会談にも震災から復興 に向けて進んでおられる地域で栽培されて いる花を使用しており ます飯館村さんの連行や須川市さんの ゆり川又町さんのアンスリウムなどを使用 しており ますこれらを通じて犠牲となられた方々を 痛み復興への思いを共有させていただき たいと思い ますそれではお時間までご着席のまま しばらくお待ちください ませ [音楽] それでは皆様ご起立願い ます東日本大震災の発から13年が経過 いたし ます皆様表中の方をお向き くださいここに東日本大震災によって犠牲 となられた方々に対し追悼の意を表する ため午後2時46分の時報に合わせて 黙祷を捧げ ます 黙祷 黙祷終わりますご着席願い ます 敷地内堀正夫福島県知事ご登壇願い ます 本日ここに福島県 東日本大震災追悼復興記念式を取り行うに あたり県民の皆様と共に犠牲となられた

方々のの三とそのご遺族の皆様に対し中心 から追悼の誠を捧げ ます平成23年3月11日巨大地震と 大津波に加え原子力発電所事故が重なった みの複合災害は4000人を超える尊い命 と 私たちの美しい故郷を奪いそれまで 当たり前だと思っていた日々の生活を一変 させまし たあの日から13年今もなお多くの方々が 避難生活を続けておられるほ避難地域の 復興 再生廃炉と汚染水処理水 対策風評と風化の 問題急激に進む人口現象など本件は多くの 困難な課題を抱えており ます一方で県民の皆様の懸命なご努力と 国内外からの温かいご支援さらには本日ご 林を賜りました岸田文男内閣総理大臣を 政府の方々のご尽力により昨年は創造的 復興の中核拠点を目指す福島国際研究教育 機構が指導した 他県内6町村に設定されていた特定復興 再生拠点区域の避難指示 解除さらには特定機関居住区域が創設さ れ困難区域全体の避難指示解除に向けた 大切な一歩を踏み出しまし たそうした動きにこするかのように避難 指示が解除された地域では故郷の再生に 向けた確かな光が見え始めてい ます昨年10月大町では12年ぶりに町内 で再開した学校ににおいて地元住民の皆 さんや移住された方々も参加して運動会が 行われまし たテーマは始まりと 繋がり学校の再会を景気として住民同士の 繋がりを大切にしていこうとの思いを込め たそう です震災前大く町では毎年町民運動会が 開催され大変な盛り上がりを見せていまし たそれだけに今回開催された運動会は住民 の皆さんの心を再び1つにし故郷復興への 思いも一層強固なものにしてくれまし た子供たちの元気な声が当たり前の暮らし を思い出させてくれ た町民の一体感を感じたそうした様々な 感想が聞かれる中で私が最も希望を感じた のは運動会で住民の皆さんと共に汗を流し た女の子が満面の笑味で語ってくれたこの 言葉でし た地域の人たちとどんな時でも助け合える ようになり たい故郷の再生はまだスタートしたばかり ですが住民同士のつながり絆の再生は着実 に進んでいますこの絆がある限り必ずや

かつてのような完成の響く賑やかな故郷の 姿を取り戻せる日が来ると私は確信してい ます本件の復興は今後も長く険しい道のり が続きますが 県民1人1人がそれぞれの 思い描く夢や希望に向かって挑戦を続けて いくことで必ず道は開け ます私たちは負けません福島に思いを寄せ てくださる全ての方々のお力をお借りし ながら果敢に挑戦を続け必ずや復興を 成し遂げることを震災の犠牲となられた見 の前で固くお誓い申し上げ ます結びに三玉のとに安らかならんことを 改めてお祈り申し上げますとともにご遺族 の皆様と福島県の将来にご加護を賜ります ようお願い申し上げ敷地といたし ます令和6年3月11日福島県知事内 さ 水筒の 寺西山直敏福島県議会議長ご登壇願い ます 追悼の 字本日ここに 東日本大震災追復興記念式が取りれるに あたり慎んで愛の言葉を申し上げ ます13年前の巨大地震と大 つなみその後の原子力発電所事故により 多くの尊い命とそれまで気づかそれまで 気づいてきた私たちの平穏な暮らしが一瞬 にして奪われてしまいまし た改めまして犠牲にになられました方々に 愛刀の意を捧げますとともに最愛の方を 亡くされたご意の皆様に中心よりお悔みを 申し上げ ます13年経った今もなお多くの県民の皆 様が避難生活を余儀なくされ本件は復興の 途上にあることに加えて震災後も愛つぐ 自然災害や急速に進む人口現象など 度重なる困難に直面しており ます一方でこの間国内外からの温かいご 支援と県民の皆様の懸命なご努力により 本件の復興は着実に前進しており昨年には 県内全ての特定復興再生拠点区域で避難が 解除された ほ創造的復興の中核拠点を目指す福島国際 研究教育機構が設立されるなどこれまでの 取り組みの成果が目に見える形で現れて まいりまし た震災を経験していない若い世代が増えて いく中で私たちは犠牲となられた方々の 思いにためにも 引き続き震災の記憶や教訓を厚生や世界の 人々に伝え続けていかなければなりませ んそして必ずや復興を 成し遂げ震災に強い犬作りはもより県民の

笑顔が輝く安心安全あれる故郷福島の創生 に向けて総力を上げて取り組んでまります ことをここに固くお誓い申し上げ ます結びに三玉のとに安らかならんことを おお祈りいたしますとともにご遺族の皆様 のご他を心から記念申し上げまして追悼の 言葉といたします令和6年3月11日福島 県議会議長西山 直 ご来品の 言葉内閣総理大臣岸田文男様ご登壇願い ます JA本日ここに 東日本大震災水頭復興記念式が取り行っ れるにあたりえ政府を代表してえ進んで 追悼の言葉を申し上げ ます東日本大震災の発生から13年のま 歳月が流れまし たえここ福島県においても影のない 多の命が失われ未だ行方不明の方々も いらっしゃい ます巨大地震と大津波そして東京電力福島 第一原子力発電所の事故は多くの県民の皆 様から日々の暮らしを奪いまし た幸愛のご家族やご 親族を失われた方々のお気持ちを思うと今 なお愛の念に絶えませ んここに改めて中心よい愛東の誠を捧げ ます また原発事故のま影響により未だ多くの 方々が避難生活を余儀なくされてい ます郷にすることのできない方々を始め 被災された全ての皆様に改めて心からお 見舞いを押し上げ ます震災から13年が経ち地震津波被災 地域の復興は着実に進展してい ます福島の原子力災害被災地域においても 避難指示が解除された地域で生活環境の 整備や産業なりわいの再生に向けた 取り組みが進められてい ます機関困難区域においてもえ昨年11月 までに全てのま特定復興再生拠点区域の 避難指示が解除されましたままた今年あ 失礼今年度創設された特定機関居住区域 制度に基づきえ本年2月までに大熊町双葉 町浪江町及び富岡町の特定機関居住区域 復興再生計画が認定されるなどえ復興に 向けた取り組みがま着実に進んでい ますそれが地元の皆様や福島県及び各市 町村をはめとする関係機関の皆様の絶え間 ないご努力ご尽力の賜物であることは言う までもありませ ん原子力災害からのま復興に向けては 中期的な対応が必要です引き続き国が全面 に立って復興のま前提となる東京電力福島

第一原子力発電所の安全かつ着実な廃炉と ともに機関に向けた生活環境の整備や産業 成りの再生支援に取り組んでまいります え昨年4月にはあ創造的復興のま中核拠点 を目指すえ福島国際研究教育機構レイがま 創立さ れ着実にその歩みを進めてい ます引き続き福島の本格的な復興再生東北 の復興に全力を尽くしてまり ます我が国は幾となく国難と言えるような 災害に見舞われてきましたがその度に力を 合わせて乗り越えてきまし た今年1月に発生した野半島自身ではここ 福島の方々からも東日本大震災の経験知見 を踏まえた温かく心強いえ支援をいいてい ます政府においても震災の大きな犠牲の上 に得られた教訓を風化させることなく野 半島自身をはめとする自然災害への対応に 生かし災害に強い国づくりを進めていく ことを改めてここに固くお誓いいたし ます三玉のとに安んことを改めてお祈り 申し上げるとともにご遺族の皆様のご平安 を心からま記念し私の追悼の言葉といたし ます令和6年3月11日内閣総理大臣岸田 文男 ご遺族代表の 言葉ご遺族を代表して鍋島裕介様ご登壇 願い ます 多くの方々の人生が変えられた日 東日本大震災から今日で13年が過ぎまし た私の両親と祖父母はあの巨大な津波の 犠牲となりまし た父はまだ行方不明のまま です13年経った今でも両親や祖父母の ぬくもりは忘れていませ んあの日小学1年生だ私は放課後に学童 施設で宿題をしている時に地震に襲われ ました学童の先生が私を載せて避難しまし たが車が渋滞しており後部座席から見えた 黒くて巨大な津波の恐ろしさは今も心に 強く残っています避難所で友人と遊んだり 学童の先生と話したりしていると共闘先生 に連れられていた小学6年生の姉と合流 することができました それから1ヶ月ぐらい福島県内を点々と 避難しその後父方の祖父に引き取られ 神奈川県平塚市に避難しまし た神奈川県の小学校に通うようになって 半年ほどが過ぎた時祖父が初めて両親や名 の祖父母のことを教えて くれ教えてくれました両親は受地区でも より海の近くに住んでいた祖父母を迎えに 行って津波に巻き込まれたのではないかと ことでし

た幼なかった私は事態がよく飲み込め なかったのか涙は出ませんでしたただ両親 が迎えに来ないことをずっと不思議に思っ ていた私は妙に冷静に受け止めた気がし ますこの避難から数年はなぜたか記憶が とても曖昧ですただ両親に休日に遊んで もらったこと父とサッカーをしたことや母 の手料理の美味しさなど不思議とな町での 家族との楽しい記憶は言わせていませ ん審査以降で請戸小学校が残ったのは 思い出のおかが残ったような気がして とても嬉しく思いまし た今後私たち家族が住んでいたところに 新しい家族が私たち家族のように楽しく 過ごしてもらえたらこんなに嬉しいことは ありませ ん今も国内外で様々な大大災害が発生して います先日のの半島自身の映像はあの当時 の記憶をまざまざと呼び起こしまし た私は避難先の学校で避難訓練の度にあの 強烈な津波の恐ろしさが蘇り訓練をする ことの意義や意味を再確認しまし た普段訓練をしていないとことは災害時も も行動できないと思うから ですまたこの震災を得て私は人と関わる ことがすごく大事なことに気づきました たくさんの友人や家族色々な方々の支えが あって今私はここに立っていますこの震災 の教訓を生かし決して忘れないようにして いかなければならないと思ってい ます普段から防災を意識し津波や台風が 近づいている時はまず逃げることが大切 です最後に震災当初から救助復興支援に 当たってくださった方々に御礼を申し上げ ますそして犠牲になられた方々のご明服を 祈りするとともにご参列者の皆様のご健康 とご多を心からお祈りして遺族代表の言葉 といたします令和6年3月11日遺族代表 島 優介 続きまして代表者による喧嘩を行いますお 名前をお呼びいたしますので をお願いいし ます内堀正福島県知事お進み ください西山直市福島県議会議長お進み [音楽] ください津田福島県会理事お進み [音楽] ください宮田秀俊福島県町村会長お進み くださいご遺族を代表して鍋島優介様お 進み ください来を代表して内閣総理大臣岸田男 様おすみ [音楽] [音楽]

ください [音楽] 続きまして国会議員の皆様喧嘩をお願い いたしますお名前をお呼びいたしますので 6箇所設けられた空いているところに順番 に喧嘩をお願いいたし ます 経済産業大臣斎藤健 様復興副大臣平木大作 様総務副大臣馬場誠司 様農林水産副大臣鈴木典和 様環境副大臣滝沢求め 様衆議院国家基本政策委員会委員長根本巧 様衆議議員現場高一郎 様参議議員若松金 様 森衆議議員金子 [音楽] 様衆議議員亀岡義 様衆議議員小慎二 様 衆議院議員官家一郎 様参議議員岩渕智 様衆議院議員上杉健太郎 様衆議議員馬場佑樹 様参議議員星北斗様 衆議議員赤葉和義 [音楽] 様衆議議員高木陽介 様衆議議員細野剛志 様衆議院議員井上慎二 様 [音楽] [音楽] 続きまして海外からの貧脚の皆様係員の 案内に従って順番に喧嘩をお願いいたし ます中日オーストラリア匿名全権大使 ジャスティンダウルヘイハースト 閣下中日カメルーン共和国匿名前使ピエル 閣同 婦 ブリジット 様中日フィジ共和国匿名全権大使フィモ 我が 閣下中日常時匿名全権 大使ティレジャバ 閣下 中日ガーナ共和国匿名前件大使 ジェネビーブエドナアル 閣下中日インド大使館主席 講師女子マヤク 様間3時間ママスファ総理 様中日ミクロネシア連邦匿名全権大使 ジョンフリッツ閣下同夫人フリッツもえ 様

中日ノルウェー王国匿名全権 大使クリスティンイグル閣下同君 ゴールダーズグリーン [音楽] 次期中日カタール国大使ジャベルジャララ アルマ 閣下中日モルドバ共和国大使館2等初 期間セルジコルコル 様ルンダ共和臨時 代理ボニーファノ 様中日シンガポール共和国大使館2等初期 官ベイウェイン [音楽] 様中日スイス匿名全権大使アンドレアス バオム 閣下中日東ティモール民主共和国匿名前 大使イディオメネスコスタ 次期中日チュニジア国大使アメッドシフラ 閣下中日アメリカ合衆国大使館政務担当 講師ジョンナリ 様中日ベネズエラボリバル共和国匿名全権 大使成功ルイス石川小林 閣下 続きましてEUの皆様になりますお名前 呼びいたしますのでご登壇の上3列にお 並び ください中日欧州連合代表部代表匿名全権 大使ジャンエリックパケ 閣下中日オーストリア共和国匿名前件大使 エリザベトベルタ 閣下中日ベルギー王国匿名前 使アントンエブラ 閣下中日ブルガリア共和国匿名全権大使 マエタペトロバアラバジエデ デスカルガ共和国匿名全権 大使ドラジェフラスピ 閣下中日キプロス共和国匿名全権 大使ヤニスミハイリリス 閣下中日チェコ共和国大使館自席行使3 時間浦ひ 様中日デンマーク王国匿名全権大使 ピータータソ沿線 閣下中日フィンランド臨時代理大使へな キテラ 様中日フランス匿名前使フリップセトン 中日ドイツ連邦共和国国名全権大使 クレメンスフォンゲッツ 閣下中日ギリシャ大使館自席一等3時間 ステアスフムシアリス 様中日ハンガリー臨時代理 大使センレイデポルチバ 様中日アイルランド匿名全権大使デミアン コール閣下 中日イタリア匿名全権 大使ジル1ベネデッティ

[音楽] 閣下中日ラトビア共和国匿名全権大使ジグ マールスジル ガルビネア共和国匿名全権大使オーレ リウスジーカス 閣下中日ルクセンブルク対抗国臨時代理 大使ダビッドゲベル 様中日マルタ共和国匿名全権大使アンドレ スピティ 閣下中日オランダ王国臨時代理大使テオ ペータース 様中日ポーランド共和国匿名全権大使バベ ミフ閣下 中日ポルトガル匿名全権大使 フットルームプラナ 共和国匿名全権大使 有利リフル 閣下中日スペイン王国匿名全権大使 フィデルセンダ ゴルタイ王国匿名全権大使ヘールエリック ヘイグベリ [音楽] 閣下それでは1列目の皆様喧嘩をお願い いたし ます [音楽] [音楽] 続いて2列目の皆様喧嘩をお願いいたし ます [音楽] [音楽] 続いて3列目の皆様喧嘩をお願いし ます [音楽] [音楽] [音楽] [音楽] [音楽] 続きまして検証を行い ます検証は福島県立郡山高等学校合唱部の 皆さんにお願いいたし ます郡山高等学校合部は今年度の全日本 合唱コンクール全国大会におきまして会度 目の 受賞NHK全国学校音楽コンクールでは銀 受賞しております曲はホネそして夜明け から日暮れまでです本日は合唱部29名に よる検証で式は顧問の佐藤智子共有奏は 石井孝太郎さん です [音楽] he 川は風と 語り合っているよ鳥は花と触れ合っている よ膝はひのとじれあっているは雨は帰ると

うき合っている よほらねフらは1人じゃ ない誰も1人じゃない1人じゃないそれで も 楽しい日があっ たら涙が止まらない日が あゆっくりしくり せ 思い出す が歌はあなたの大切な 友達いつもそにる大切な 友達だから [音楽] H [音楽] は波 といあっているよ山は雲と 呼び合っているよ窓はピアノと方へ見合っ ているよ雪は明りと 見つめてる よほらねらは1人じゃ [音楽] ない誰も1人じゃない1人じゃないそれで も寂しい夜があっ たらどうしても眠れない夜があっ たらゆっくりくぞ え [音楽] 歌はあなたの大切な 友達いつもそにいる大切な 友達 だ悲しい があっ たら涙が止まらない死があっ たら く 思い はご歌はあなたの大切な 友達のそに大切な 友達だ [音楽] から [音楽] 風が張か彼 から食いてきて今 勝ちの愛が 手ていくという不に山山がめされてあなた は風風のてあなたは 古い旅をして り周り まりまたとえまた とえあなたという場 はれあなたはそになたあたは戻ってこない しと う

う 私私 れ私 私はをしけ変せのさ の あ ですです よけ です命のはか体から湧いてきて [音楽] はという 不のが ける先て私は雲雲なて私は 古いたをして り回り 回りまたとへ戻る とと いうは 私も な私は戻ってこない1人と [音楽] る あなたあなた まれあなた あなた施をて 燃 [音楽] 続ける なり です よけ です よけ です道 をのびを求めるその先に夜明けがある 夜明けが ある神を ゆけ風を ゆけ手に れ空をって手をけ を ら歌 に そ [音楽] かげよ 私 私 れ 私 私 を 引け変光線の先 の 明

です よけ ですよ は です 郡山高等学校合唱部の皆さんありがとう ございまし た 続きまして若者の 言葉若者の言葉は福島県立相馬高等学校2 年山本咲さん草野沢さん佐々木あさんにお 願いいたします 東日本大震災以降相馬高校出版局は被災地 の現状そして学への歩みを取材し続けてき まし た震災38日後に発行された相馬校 新聞今日から学校 再開あの日から38日と書かれた大きな 見出しに続いてこう書かれていまし たようやく今日から仲間と同じ場所です 過ごすことが できる誰もが悲しみと苦しみを抱えて いる互いに声を 出そう励まし合おう そしてもう一度相馬高校での生活を 作り直そう学校が再開した時にみんなを 励まし応援することのできる記事にしよう という当時の部員の思いを私たち後輩も 感じてい ますそこから13 年相馬校新聞では震災を伝えるという特集 を続けてい ます震災後の復興の歩みを記録することで 着実に一歩ずつ進む地域の現状伝えてい ますまた毎年3月11日当日には震災特別 後を発行し記憶を記録し継承するお合言葉 に震災当時の先生方や生徒の様子などを 掲載してい ます昨年度は12年ぶりに復活を遂げた 松川の浜の様子をましたが今年の相馬校 新聞では相馬で水上げされたトラフグに ついて取材しました相馬の新しい冬の名物 としてブランド化された副トラを取り上げ 相馬の漁業の現状を記事にしました震災に ついての取材では1人1人の復興活動に 対する思いが伝わってき ますその中で自分の予想と違った答えが 返ってくると自分も潜入感を持って物事を 見ていたことに気づかされ ます私は昨年の3月に主題で実際に福島第 1原子力発電所の敷地内に入り原発の現状 と課題を知ることができまし たその中で区間の制限等はありますが私が 想像していた全身を覆うような防護服では ない衣服で中に入れるようになっている

ことにとても驚きまし た今年は語りべ活動として福島の現状を 取材し続けている滋賀県の高校や京都新聞 社を訪問し福島の今を発表しまし たこれらの交流を通して他県から見た福島 を知ることができまし た一方で日々の取材の中では島県民である 私もまだまだ知らなかったことがあり他県 の方々にも福島の状況を正しく知って もらうことがとても大切なのだと感じまし た私は他県の高校生との交流を通して今の 高校生は福島に震災についての偏見を持っ ていないと感じると同時に福島の現状を 知らない人も多く震災が風しめいと感じ ました自分たちが神聖の記憶がある最後の 世代ということは今後の相馬校新聞は震災 を知らない世代が作っていき同世代の震災 を知らない世代に伝えるという活動になっ ていきます昨年12月に津波に飲まれ9に 一生を得た語りべの方の話を聞きました 津波が来たら逃げて戻らないで自分の命を 優先にという言葉が心に残っています そしての半島自身が起こりまし たの半島自身のニュースを見ながら東日本 大震災の経験を伝え続けていくことの大切 さをより強く感じ出版局での活動を頑張っ ていきたいと思いまし たそ地方の高校生という立場の自分たちが 作る新聞だから こそ周囲の人たち特に県外の方々から関心 を寄せてもらえているように感じてい ます同じ早々に生きるものとし て大人も子供も手を 取り合いこの地域の復興に向けてできる ことに1つ1つ取り組んでいくことが未来 を気づくことにつながると思ってい ます令和6年3月11 日福島県立相馬高等学校山本咲草野沢佐々 あ山本さん草野さん佐々さんありがとう ございまし [拍手] た 兵式の 字宮田秀俊福島県町村会長ご登壇願い ます はいえ以上を持ちまして 東日本大震災追悼復興記念式を正式とさせ ていただきますこれ列席誠にありがとう ございまし た 以上で東日本大震災追悼復興記念式は終了 となりますがご参列の皆様にもこの後準備 が整い次第喧嘩を行っていただけますので そのままお席でお待ち願いますなお喧嘩が お住になられている皆様もご案内いたし

ますのでそのまま席でお待ち願い ますそれでは喧嘩がお住になられている皆 様はここでご退席お願いいたし ますただいま喧嘩の準備を行っております 準備が整い次第ご参列の皆様にも喧嘩 いただけますのでそのままお待ちください ませ それではステージ上この後は東日本震災追 復興記念式にご参列いただいた皆様の喧嘩 になります本日は誠にありがとうござい まし た [音楽] [音楽] それではご来品の方で喧嘩いただけます方 はスタッフがご案内いたしますので スタッフに続きまして左側の階段より段 まで順次お進みくださいなおご案内につい てはお手元の座席表の裏面に記載があり ますように1番のエリアの前列から1列 ごとにご案内させていただきますそれでは これよりご案内いたし ます [音楽] OG

東日本大震災の犠牲者へ哀悼の誠を捧げ、復興への想いを新たにするため、「東日本大震災追悼復興祈念式」を下記のとおり開催いたします。

○一般の方は祈念式へはご参加いただけません。
○祈念式終了後に同会場で行う献花(16:30~17:30)にはご参加いただけます。

○日時: 令和6年3月11日(月)14時30分~

○場所: パルセいいざか
福島市飯坂町字筑前27番地の11

○主催・配信:福島県

○共催:福島県市長会・福島県町村会

WACOCA: People, Life, Style.

Exit mobile version