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マル激トーク・オン・ディマンド 第1190回(2024年1月27日)
ゲスト:田中秀和氏(元航空管制官)
司会:神保哲生 宮台真司

 起きてはならない事故が起きてしまった。

 1月2日、羽田空港の滑走路上で着陸してきた日本航空の大型旅客機と離陸しようとしていた海上保安庁の小型航空機が衝突してしまったのだ。日航機は衝突後炎上したが、乗員の機敏な判断で379人の乗客・乗員は全員が間一髪で脱出に成功した。しかし、海保機は完全に大破し乗っていた6人のうち機長を除く5人が亡くなった。5人が亡くなっただけでも十分に悲惨な重大事故であることは言うまでもないが、今回の衝突事故は一歩間違えば400人近い日航機の乗客・乗員が命を落としていてもまったく不思議でない、非常に深刻な事故だった。

 ここまで出てきた情報では、離陸準備をしていた海保機が何らかの理由で管制からの指示を誤認、もしくは指示通りに動かずに、日航機が着陸してくる滑走路に出てしまったことが、無線交信記録などから分かっている。しかし、人間であれば誤認や勘違いなどのヒューマンエラーは容易に起き得る。指示を誤認しても直ちに重大な航空機事故につながらないように、羽田空港では幾重ものセーフティーネットが設けられているはずだったが、今回はその全てが破られてしまった。

 元管制官の田中秀和氏は、今回の事故では事故を未然に防ぐために少なくとも3つのセーフティーネットがあったはずだが、それがいずれも機能しなかったと指摘する。破られた1つ目のセーフティーネットは、過って滑走路に出てしまった海保機の機長や他の乗員が、着陸のために接近してくる大型の日航機になぜ気付けなかったのか。通常のルーティンでは滑走路に入るときに目視で周囲を確認することになっている。今回海保機がC滑走路に入るために利用したC5誘導路は、滑走路への進入角度が直角なため、右側を見れば、近づいてくる大型機の機影が容易に視界に入っていてもおかしくなかった。海保機側が周囲をチェックしていなかったか、チェックはしたが見えなかったか、見えてはいたが滑走路に進入しても問題ないと考えたのかなどは、現時点では分からない。

 2つ目は、なぜ管制は海保機の誤進入に気付けなかったのかだ。田中氏は、管制が気付いていたとすれば、直ちに日航機、海保機双方に指示を出すはずで、それが無線の録音に残っているはずなので、今回は管制が誤進入に気付いていなかった可能性が高いとの見方を示す。管制官の前には滑走路占有監視支援機能という監視モニターが設置されており、進入してはいけない航空機が滑走路に入れば、警告のためにその機影が赤く表示されるようになっている。海保機は誤進入した滑走路上に40秒間停止していたことが分かっており、40秒もの間、管制官が監視モニターを1度も見ないということは通常では考えられないと田中氏は言う。単なる見落としだったのか、管制官が40秒以上もモニターを見られないような、何か別の事象が管制塔内で起きていたのか。これも調査結果を待つしかない。

 そして、3つ目のセーフティーネットは、着陸しようとするJAL機の機長や副操縦士が滑走路上に停止している海保機に気付けなかったのかということだ。今回、日航機のコックピット内には3人の操縦士がいたが、誰も海保機を視認することができなかったのか。今回の副操縦士が資格試験のための訓練中だったことと関係があるのか。また、このエアバスA350という最新機種はフロントガラス上に機体の高度、速度などがヘッドアップディスプレイによって映し出されるような仕様になっている。そもそも夜の滑走路上に停まっている小型機を目視することは容易ではないが、このヘッドアップディスプレイがどの程度、コックピットからの目視の妨げになったのかは、現時点では分からない。

 それぞれのセーフティーネットがなぜ機能しなかったのかについては軽々に判断すべきではないとしながらも、自身が17年間那覇空港や中部国際空港で航空管制官として勤務した経験を持つ田中氏は、他にどんな事情があったとしても、誤進入した海保機の存在に40秒以上管制官が気付けなかったことの責任は重いと言う。単なる見落としだったのか、それとも40秒間も滑走路や監視モニターを見ることが難しくなるような特殊な事象が起きていたのか、それも調査結果を待つしかない。

 ちなみにメディアでは盛んにストップバーライト(停止線灯)が稼働していれば事故が防げた可能性が取り沙汰されているが、それは的外れな指摘だと田中氏は指摘する。ストップバーライトは、全ての誘導路にあらかじめ赤信号を灯し、入るときには管制からの指示とともに赤信号が消える仕組みだが、それが一部故障していたことがメディア報道などで指摘されている。しかし、羽田空港ではこの機能は視程が600m以下の時のみ使用されることになっているため、仮に壊れていなかったとしても今回は使われていなかった。また、今回事故が起きた羽田空港のC滑走路には、C1からC14までの誘導路が順番に並んでいるが、両端を除くC3からC12は、そもそも管制から制御できるストップバーライトが設置されていない。

 ただし今後の改善点として、すべての誘導路にストップバーライトを設置し、天気や視界とは関係なくこれを常時稼働させるべきという議論はあり得るかもしれない。

 もう一つ気になる点は、過去10年にわたり、国土交通省の公務員の削減計画に合わせて、航空管制官の数も年々削減されている。数が減れば一人の管制官にかかる負担が大きくなることは間違いないが、しかし田中氏は単純に管制官の数が増えればいいという問題ではないと言う。今回なぜフェイルセーフが働かなかったのかを解明しない限り、人数だけ増やしたところで安全性は向上しないだろうと田中氏は言う。

 今回の事故で航空管制官という存在がクローズアップされているが、われわれは今まで管制というものについてあまりに知らず、任せきりで来てしまった。そもそも管制とはどのようなもので、今回の事故はなぜ避けられなかったのかなどについて、元航空管制官の田中秀和氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

【プロフィール】
田中 秀和 (たなか ひでたか)
元航空管制官
1983年愛知県生まれ。2001年国土交通省入省。03年航空保安大学校卒業。同年、那覇空港に管制官として赴任。08年、中部国際空港に赴任。主任管制官などを経て20年退職。

宮台 真司 (みやだい しんじ)
東京都立大学教授/社会学者
1959年宮城県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。社会学博士。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授を経て現職。専門は社会システム論。(博士論文は『権力の予期理論』。)著書に『日本の難点』、『14歳からの社会学』、『正義から享楽へ-映画は近代の幻を暴く-』、『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』、共著に『民主主義が一度もなかった国・日本』など。

神保 哲生 (じんぼう てつお)
ジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表 ・編集主幹
1961年東京都生まれ。87年コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。クリスチャン・サイエンス・モニター、AP通信など米国報道機関の記者を経て99年ニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を開局し代表に就任。著書に『地雷リポート』、『ツバル 地球温暖化に沈む国』、『PC遠隔操作事件』、訳書に『食の終焉』、『DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機』など。

【ビデオニュース・ドットコムについて】
ビデオニュース・ドットコムは真に公共的な報道のためには広告に依存しない経営基盤が不可欠との考えから、会員の皆様よりいただく視聴料(月額500円+消費税)によって運営されているニュース専門インターネット放送局です。(www.videonews.com)

(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)

#マル激 #田中秀和 氏 #飛行機事故 #管制官 #神保哲生 #宮台真司

7 Comments

  1. 本当に平成世代は機械を盲信している。信じられない。機械が指示したから、上司が指示したから、ではなく常に自分の頭で考える必要がある。

  2. 海保は羽田に執着する必要はない。こんなトラフィックが多い飛行場から移動し、例えば館山の自衛隊の基地に1500-2000Mの滑走路を造って移設、設備構築して移動するなどを国が考慮したほうがいい。
    羽田は民間航空機の発着枠がいっぱいで待ち行列ができているので移動できるトラフィックは移動させたい。
    自衛隊にとっても施設強化で諸々の運用の弾力性もでるのでメリットがある。
    基地の運用は省庁のつばぜり合いがあるだろうけど。

  3. 羽田の全体の発着数が減って、万が一、またダイバート起きても他空港での飛行機駐機数でパンクしちゃわないようにしたいです。

    羽田新ルート廃止したいです。

  4. まだよくわかりますせんのよねぇ。エアバス機が目視できなかったのはHUDがあったからとか言われてますが・・
    航空機に限らず今や機械なし、というよりコンピュータなしには何も動かせない状況でシステムに依存してるといえばそうですが、人間の負担軽減と機械ならではの精密さが社会を支えているところもあります。
    全く誤作動しない機械はないです、ですから機械が発するパラメータを読み解く能力が今は必要なんです。
    昭和の人間感覚ではたぶんもうおいつきません。

  5. 優先順位が1番だと海保側と管制塔のやり取りで誤解があったのでは

  6. 航空保安業務処理規程

    第5管制業務処理規程

    国空制第265号 5.9.28改正 5.11.2施行

    (Ⅲ) 飛行場管制方式
    2 管制許可等
    【インターセクション・デパーチャー】
    (3)c インターセクション•デパーチャーを指示又は許可する場合であって、直ちに当該機を滑

    走路に進入させられないときは、使用するインターセクションに係る滑走路停止位置まで

    の走行を指示するものとする。

    〔例〕JAL3051, taxi to holding point A10.

    JA001G, A2 intersection approved, taxi to holding point A2.

    【滑走路手前における待機】

    (7)a 交通状況により航空機を滑走路に進入させられない場合は、滑走路手前での待機を指示

    するものとする。この場合、必要に応じて交通情報を当該機に提供するものとする。

    ★滑走路〔番号〕手前で待機してください。(〔交通情報〕)

    HOLD SHORT OF RUNWAY〔number〕.(〔traffic information〕)

    b aにおいて具体的な復唱が得られない場合、又は復唱内容が不明確な場合は、パイロッ

    トに待機指示を復唱するよう指示するものとする。

    ★待機指示を復唱してください。

    READ BACK HOLD SHORT INSTRUCTIONS.

    注 具体的な復唱とは Holding short や Holding など待機を意味する用語であり、

    ROGER や WILCO では不十分である。

    〔例〕Controller:ANA2147, hold short of runway16R.Traffic 2 miles on final.

    Pilot: Roger.

    Controller: ANA2147, read back hold short instructions.

    Pilot: Roger, holding short of runway16R,ANA2147.

    4 地上走行
    (1) b 出発機に対しては、原則として出発滑走路の滑走路停止位置までの走行を指示するもの

    とする。

    ★(経路)を経由し(滑走路〔番号〕の)(〔停止位置名〕の)滑走路停止位置まで地上

    走行してください。

    TAXI TO HOLDING POINT(〔holding point designator〕)(RUNWAY〔number〕)

    (VIA〔route〕).

    TAXI (VIA〔route〕) TO HOLDING POINT(〔holding point designator〕)(RUNWAY

    〔number〕).

    〔例〕Controller : Japanair 3051, runway34L, taxi via B, hold short of S5, contact

    ground 121.95.

    Pilot : Japanair 3051, runway34L, taxi via B, hold short of S5, contact

    ground 121.95.

    Pilot :Narita Ground, Japanair 3051, taxiing on B, holding short of S5.

    Controller : Japanair 3051, Narita Ground, taxi to holding point A13, via B,

    W11, A.

    c 滑走路の横断を許可できない場合は、当該滑走路の滑走路停止位置までの走行を指示す

    るものとし、滑走路横断後の経路を指示しないものとする。ただし、到着機が着陸滑走路

    を離脱後、近接した滑走路手前で待機する必要がある場合であって、2(7)aの指示を発

    出するときはこの限りではない。

    〔例〕Japanair 91, runway16L, QNH 2984. Taxi to holding point L11 runway16R, via

    P6, L.

    国土交通省の、通達に、矛盾があることに気付いてほしい。
    4地上走行に、規則でないのに、例文で、hold shortが書かれていることに留意。

    国際条約を原文(英文)を読まず、訳文のみで理解するから、齟齬が生まれる。
    条約自体も、英語を母国語としない人として、解釈が異なることを、意識していない可能性がある。

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