宇佐美定行はデタラメ!?

 著者自らあとがきで言うように、『軍師の日本史』と題しながら「軍師はいなかった」という内容の、文字どおり「看板に偽りあり」の本だが、歴史小説や大河ドラマで大人気の「軍師」の実像を、実証的歴史学者がこれでもかと追い詰めるそのプロセスが、ややマニアックではあるがたまらなく面白い。実際の黒田官兵衛は現地指揮官に過ぎないし、本多正信は行政官僚で、山本勘助は足軽大将クラスだ。その軍師の虚像を剥ぎ取っていく著者の手つきが実に巧みで、370ページ超えの新書だが一気に読ませる。

 個人的には一番面白かったのは上杉謙信の軍師とされる宇佐美定行をめぐる話だった。筆者の少年時代、大河ドラマで『天と地と』が放映され、石坂浩二演じる上杉謙信の軍師である宇野重吉演じる宇佐美定行の姿が脳裏に焼き付いている。ところがこれがほぼすべてデタラメなのだ。原作の海音寺潮五郎の『天と地と』がタネ本にした軍学者宇佐美定祐の『北越軍記』がほぼ完全なでっち上げだからだ。

 軍記モノの真偽が問題となった有名な事例が、本書でも紹介する『甲陽軍鑑』だ。戦前田中義成が偽書と断定し、そこに描かれた山本勘助も架空の存在とされてきたのだが、近年各地で発見された史料から、武田信玄の家臣に確かに山本「菅」助というのがいて、軍師や側近ではないが、足軽大将クラスとしては活躍していたらしいと分かってきた。もちろんそれでは絵にならないので、大河ドラマでは山本「勘」助が軍師として活躍し続けている。

 こうして『甲陽軍鑑』が復権してきたのに対し、『北越軍記』はそもそも上杉ゆかりの越後や米沢ではまったく伝えられておらず、紀伊徳川家に仕えた宇佐美定祐が偽造した古文書に過ぎない。そもそも宇佐美定行という人物はいないが、似た名前の宇佐美定満は、謙信がまだ長尾景虎であった頃に敵から帰順したが冷遇され、知行も与えられないまま境界警備を命じられ、その後の消息も定かではない。要するに、軍師どころか家臣とすら言い難いような人物だ。それがその子孫と称する定祐の手によって、山本勘助ばりの軍師に仕立て上げられたのだが、実はこの定祐、『甲陽軍艦』を筆写した稲垣摂津守の小姓三木之助改め宇佐美勝興の息子で、自分の先祖と称する宇佐美氏を顕彰するために、武田側の軍記を基にでっち上げ、刃物で虫食いの穴を開け、柿渋に浸して古色を装い、しわを作りコテをかけ裏打ちをした代物だというのだ。いやはや。

 こういう面白い歴史書を続々と書き続ける呉座勇一は、数年前国際日本文化研究センターの任期付助教時代、非公開SNSで北村紗衣氏らを揶揄ったことに対して、人文系知識人数百人によるオープンレター「女性差別的な文化を脱するために」で糾弾された。任期のない無期雇用に内定していたものの、日文研から雇止めされてしまい、地位確認の訴えを提起し、和解して現在は准教授になっている。当時筆者は、無期雇用に内定している有期雇用者の雇止めの効力如何との観点から注目していたが、その結論が出る前に決着したのは幸いであった。

(呉座 勇一 著、角川新書 刊、税込1430円)

選者:JIL―PT労働政策研究所長 濱口 桂一郎

労働新聞

令和8年11月2日第3567号7面 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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