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映画『遥かな町へ』大谷亮平&錦織良成監督インタビュー
漫画家・谷口ジローの名作コミックを錦織良成監督が実写映画化
映画『遥かな町へ』大谷亮平&錦織良成監督インタビュー
谷口ジローがオリジナルストーリーで描き上げた同名漫画を、錦織良成監督が実写映画化した『遥かな町へ』が、10月9日(金)より、京都シネマ、元町映画館、宝塚シネ・ピピアほか全国順次公開、10月10日(土)より、大阪・十三の第七藝術劇場にて公開される。
仕事帰りに故郷へ立ち寄った48歳の建築デザイナーが、大人の意識のまま14歳の自分の体に入り、家族と向き合う様子を、昭和30年代の風景が残る、鳥取県倉吉市でロケを行い、ノスタルジックに描く。
大谷亮平、及川桃利、磯谷萌々子、戸田菜穂、滝藤賢一らが共演している。そんな本作の公開を前に、48歳の主人公・中原博史を演じた大谷亮平と、錦織良成監督が作品について語った。
──まず、倉吉のノスタルジックな風景に驚かされましたが、倉吉での撮影はいかがでしたか?
大谷亮平(以下、大谷):撮影で初めて倉吉に行きましたが、非常に天気が良くて、青空が開けていて空気も澄んでいました。今、倉吉と考えて思い浮かぶのが、その景色なんですよね。川と山、澄んだ青空が今でも目に焼きついています。

──本作のポスターにも使われている町の風景も実在しているんですよね?
大谷:あれは、倉吉の名勝になっている白壁土蔵群ですね。
錦織良成監督(以下、錦織監督):実は、あの土蔵群の前の道は、大谷さんの撮影が終わった次の日から公共事業が入りまして、この映画のために全部アスファルトを剥いで、昭和38年の風景にしてくださったんです。
──映画のためにアスファルトを剥ぐというのは聞いたことがないですね。原作の舞台も倉吉でしたが、これは絶対に倉吉で撮らなければいけないと思われたのでしょうか。
錦織監督:そうですね。というか、倉吉でしか撮れないです。漫画に描かれていたあの世界が、そのまま現存しているんですから。
──現存しているというのがすごいですよね。
錦織監督:あそこまで現存しているところはないんじゃないかと思います。もちろん、観光地化されているところは、昭和の風景が残っている場所もあると思いますが、いい意味で倉吉は観光地化されていないので。

──監督は、倉吉市のある鳥取県のお隣の島根県出身ですが、倉吉に馴染みはあったのでしょうか。
錦織監督:土蔵群の前を通ったことはありましたが、そういう目では見ていませんでした。今回初めて、撮影を念頭に置いた視点で見て、あんなに赤瓦の建物がたくさんあるとは思わなかったですし、こんなに昭和の風景が残っているのかと驚きました。それに加えて、もちろん観光客を招き入れる体制は整っているんですが、まだ観光客がそんなに多くはないので、撮影しやすかったですね。
──大谷さんは脚本を読まれてどのように感じられましたか?昭和38年が舞台というのは、考え方によっては時代劇の感覚に近いのではないかと思いました。
大谷:僕は時代劇とまでは思いませんでしたが、あの当時の良さというのは絶対にあると思います。僕自身も今っぽいものより、こういう古き良き時代のものが好きなんです。この作品で描かれるノスタルジックな世界観は、もしかしたら時代関係なく男全員のロマンなのかもしれないと思いました。誰しもが一度は過去を振り返って考えたことがあると思うんですよね。あの時、勇気を出していれば、もっと能力があれば、と。この作品を観ると、また考えると思うんです。特に、そういうところに魅了されました。
──確かに、ノスタルジックな気持ちになる方は多いと思います。
大谷:中原の台詞にも「あの時、母親は幸せだったのか」と出てきますが、自分がこの歳になったからこそ、両親が今の自分と同じぐらいの歳の頃のことを考えたりしますよね。僕も、自分と同じ年の時に母はどういう気持ちで僕を見ていたんだろうと、この作品と出会う前からよく考えていました。
──主人公の気持ちに共感できたんですね。
大谷:そうですね。自分と同じ気持ちだと思って、すごく嬉しかったですし、これって自分だけじゃないんだと思いました。皆、口にしないだけで通る道なんだな、と。僕は今年46歳になるんですが、中年期を通過する時は、きっとこういう感情になるんだろうなとこの作品を観て感じました。
錦織監督:先ほど、時代劇だとおっしゃいましたが、今回、当時の洋服や着物を1000着以上持ってきて、エキストラの方に着てもらって、メイクや髪型も昭和38年当時のものにしないといけなかったので、この映画は時代劇です。履き物から着る物までエキストラ全員の装束を変えているので。
──今や時代劇ですよね。
錦織監督:下手すると、侍が出てくるものと同じです。
──20年前ぐらいに『ALWAYS 三丁目の夕日』が公開された時は、ちょっと懐かしいなと思う感覚だったと思います。
錦織監督:『ALWAYS 三丁目の夕日』の時も、ああいう風景はなかったのでCGで描いていたと思いますが、この映画はCGで描いてないので。20年も経っているのに、まだ昭和の風景そのままの街が残っていることに驚きますよね。
大谷:この映画を観られた方は絶対、倉吉に行きたくなるでしょうね。
錦織監督:先ほどお話した、アスファルトを剥いだ話は、鳥取県の平井伸治知事が、大阪・関西万博で一番盛り上がったとおっしゃってましたが、映画のためにアスファルトを剥いだと聞くと、確かにびっくりしますよね(笑)。大谷さんの撮影が終わった翌日には工事が始まってましたから(笑)。

──オープニングとエンディングに、電車に乗る主人公の表情が映し出されますが、全く違う表情に見えました。どのように感じながら演じられたのでしょうか。
大谷:僕も本当にあったかのような感覚で観てしまいましたが、あくまでもこれはファンタジーです。それでも、この世界は本当にあるんじゃないかと想像を膨らませることができました。14歳に戻って、もう一度家族と過ごしたからこそ、当たり前のようにいつも一緒にいた妻と娘たちに対しての気持ちも変化して、家族4人が共に過ごしていられることがどれだけ素晴らしいことなのか実感しながら演じました。短いシーンですが、娘たちのことをすごく愛しく感じて、この幸せを守らないといけないという気持ちにもなれました。
──14歳に戻った中原博史を演じた及川桃利さんと大谷さんに全く違和感を覚えませんでした。
錦織監督:及川くんはオーディションで決まったんですが、大谷さんと顔が似ているというのはポイントでした。
大谷:常に僕の声が入っているので、繋がらざるを得ない部分はありますよね。映っているは完全に彼で、もちろん彼の台詞もありますが、そこに僕の声も入ってくるので。
錦織監督:心の声はずっと大谷くんですから。
大谷:僕も試写で観た時に、彼の背中から僕の声が押しているように感じました。だからこそ、違和感がなかったんじゃないかと思います。
錦織監督:違和感なかったですか?ふたりに同じ台詞を言ってもらって、大谷さんにするのか、及川くんにするのか、すごく考えたので、うまくいってたとしたら嬉しいです。80%か90%は大谷さんに喋ってもらおうと最初から思っていたんですが、台本上では、「ナレーション:博史」と書いていて、14歳の博史なのか、48歳の博史なのかは書いてなかったんです。
──そうだったんですね。大谷さんはナレーションを入れる際にどんなことを意識されたのでしょうか?
大谷:スキルや声色、抑揚などではなく、そこに本当に放り込まれた気持ちになることを大事にしていました。だからこそ、感情が出すぎて少し抑えたこともありました。再び母親と会うシーンで、母親の姿を見るより先に母親の声が聞こえてくるので、たまらない気持ちになって、言葉では表現できないほど震えました。その気持ちが声に乗り過ぎてしまったので、監督と話して、もう少し抑えよう、と。感情的になりすぎると画の邪魔になってしまうので。それでも、声に嘘はつかなかいようにしました。小細工なしで素直に。僕は、それに勝るものはないと思っています。

──大谷さんは、映画以外でナレーションのお仕事も多いと思いますが、劇中のモノローグとはまた別の感覚なのでしょうか?
大谷:つい最近、ナレーションをやりましたが、綺麗なナレーションが必要であれば、その道のプロに頼めばいいと思うんです。僕の場合はスポーツ系が多いんですが、気持ちが乗ると全然違うんです。例えば、緊張したり、どう読もうかと考えてしまうと、声が浮いてくるんです。でも、その場面に入りこんで気持ちを動かされた時に一体感が生まれると、いいものになるんですよね。それに勝るものはないと思います。だから、今回もこの物語にしっかり入り込んで、母とのシーンでは自分の母を思い出しながらやっていました。
──大谷さんは、この作品に出会うべくして出会ったのかもしれないですね。
大谷:そうですね。僕はずっとバレーボールをやっていたので、自分の活動のせいで両親の休みを奪っていたんです。今、僕が忙しいサラリーマンで、月曜から金曜まで働いているのに土日を奪われたらと考えると、朝からため息をついてるんじゃないかと思うんです。この作品を観て、改めて親に対する感謝の気持ちが生まれましたし、そのように感じる方は多いと思います。
──監督もこの作品に惹かれたのは、そういうところだったのでしょうか。
錦織監督:『RAILWAYS 49 歳で電車の運転士になった男の物語』など、僕が今まで作った作品と似たところのある作品だという理由で監督の話をいただいて原作を読みました。この作品自体は今、おっしゃられた家族の物語で、すごく感動したので、やらせていただきたいとお返事しました。大谷さんをはじめ、すごく満足いくキャスティングができたと思っています。
この作品の舞台になっている昭和38年というのは、今より犯罪も多くて公害もあって、交通事故の死者数も急増していたんです。少なくとも、令和の今より多いんです。きっと、あの時代の良さというのは、家族や地域の人との距離が近かったからなんじゃないかと思うんです。それに加えて、すごくアナログ的なものを感じることが、この作品の魅力だと思います。
取材・文/華崎陽子
(2026年10月 6日更新)
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